4.不幸に落ちた者の物語③
「ニシキ君じゃない?どうしたの?」
段ボールの家で寝ていたニシキに誰かが話しかけてきた。ニシキは目を覚まし、光の射し込んできた空を見回す。
逆光で少し暗い男の顔が見える。知らない顔だ。
しかし相手はニシキを知っているようだ。ニシキは体を起こし男の顔をよく見る。瞬間はわからなかったが男はまだ若い。中学生くらいだ。
「わからない?僕」
「誰?」
「たかたこうき。カズおじさんの」
ニシキの記憶から、カズさんの家にいた少年の顔が浮かび、目の前にいる男と顔が重なる。
「あの、小僧か?」
「ああ、まあ何年かで、背が伸びたし、かなり鍛えたからな」
それだけでは無い。少年は声変わりもし、骨格も数年前よりごつくなった。同じ人間に見えないからニシキが気づかないのも当然だ。
ニシキはかける言葉が見つからない。
ふと思ったことは刑事と一緒に話していた男がこのコウキ少年だったんじゃないかという事だ。
コウキは黙っているニシキに話しかけてくる。
「ニシキ君、ここで何をしているの?」
「ああ、ただ行く場所が無くなっただけさ。君はまだあの家に住んでいるのか?」
「まあ、一度は柔術の先生の家に寝泊りしてたんだけど、今年に入って飛び出してきた。別に先生が嫌なわけじゃなかったんだけど、何となく居心地が悪くてね」
「そうか」
「ニシキ君さ、家においでよ」
「ところで、カズさんはどうしたんだ?」
「わからない。2年前から行方不明。どこへ行っちゃったのか、わからない。生きてればいいけどね」
「まあ、あの人を巻き込んだのは俺だからな」
「ニシキ君、悪気を感じているの?」
「ん、そうか、そうかもな」
コウキは少しにっこりする。
「ニシキ君、少し変わったね。前はそんな心配する人じゃなかったはずなのにね」
ニシキは少し考える。
「ああ、まあそうかもしれないな」
ニシキはこうしてコウキと再会した。2024年の桜が咲きそうな春だった。
それからニシキはベットの上で眠り続けた。ほぼ丸1日、目を覚まさなかった。
路上生活に酷く疲れていたようだ。コウキはニシキがどのような生活をしていたか知らないが、自分以上に酷い生活をしていたことだけは想像できた。
コウキにはカズおじさんが残してくれたお金がまだ残っていた。
誰もこんなところに金があるとは知らないから盗みに来るものもいない。それでもざっと数えて百万以上の金が残っている。だからコウキは悠々自適の生活を送れていた。
ガバッと目を覚ましたニシキは辺りを見回した。家具だらけの部屋の中にいる。
少し考え、自分がなぜここにいるかを理解する。
コウキが玄関から入ってきた。彼はカップラーメンを手に持っていた。
「やあ、目が覚めた。これ喰いなよ」
3分待って、ラーメンを啜る。ただのカップラーメンとはいえ、久々の残飯以外の温かい食事だ。
とてもうまい。ニシキが一気にそれを平らげる。コウキはその姿をじっと眺めて待っていた。
「いろいろあったみたいだね」
コウキはニシキに尋ねる。
「そうだな。いろいろあった」
「僕、実はカズさんとか、ニシキ君が何をやっていたのか、よくわかってないんだ。いろいろ悪い事やってたことは知ってるけど、それがどう悪いのか、何がどうなのか、よく知らないんだ」
「そうか、俺らは、女を騙して、金を稼いでいたんだ。結婚詐欺ってやつだよ。わかるか?結婚詐欺」
コウキは頷く。
「最初は俺の提案で、カズさんがいろいろアドバイスしてくれた。それで何となくうまく行って、いい儲けをしていた。でも、それをあの男に見られたんだ。おまえも知っているだろ?左の男を」
コウキはこくりと頷く。
「その後、俺たちはあいつの紹介する女を騙すことになった。そして稼いだ金の半分をあいつに渡した。まあ、騙す女の数が増えたからそれはそれでよかったんだ。金の持っている女もあの男はよく知っていた。でもやがて、カズさんと俺は別々になっていった。左の男を通して、俺は俺の仕事を続け、カズさんは何か別の事をやらされ始めた。俺もそれが何なのかは知らない」
「それで、ニシキ君はある日、その悪い仕事を辞めた。足を洗った。そうでしょ?」
「ああ、そうだな」
「そうか、なんとなくわかった。やっぱしわかってきた気がする」と、コウキは少し興奮気味に言う。
「何が?」
「僕、思うんだけど、その左の男がブルーモンキー団の偉い奴だと思う」
「どうしてそう思うのさ。確かに左の男は金を集めていた。でも悪い事をやって金を集める奴らなんて、この世に数え切れないほどいるぜ」
「僕の所に、馬込っていう刑事がよく訪れてくる。そいつが言うんだ。ここにブルーモンキー団の手がかりになる何かがあるってね」
「ああ、あの刑事か」
「知ってるの?」
「まあ、あいつがちょくちょくここに来るのを俺も見ていたよ」
「ニシキ君、ずっとこの傍で、ここを見ていたの?」
ニシキは少し申し訳ない気分になる。
「俺もよくわからないが、ここにいるしか思いつかなかったんだ。どうしてか、俺もカズさんに会いたいと思っていた。その理由はよくわからないけど」
「そうか。じゃあ、話は早いかもしれない。僕のところにいつも刑事がやってくる。そいつはブルーモンキー団を追っている。そいつはここにその手がかりとなるものがあるって言う。ここで何かが起こるって言っている。僕も最近思うんだ。それがここで起こるんじゃないかって。きっとカズおじさんさんも巻き込まれている。僕はあの人が悪い事をやっていたとしても、あの人に世話になった。だからあの人が酷い目に遭うような事は避けさせたいんだ。ニシキ君、もしカズおじさんに悪気を感じているなら、あの人を助けてやってほしい。いいかな。しばらくここに住んでても構わないし」
ニシキは複雑な気分だった。コウキにはまだ沙希の話を何もしてないが、ニシキは確かにブルーモンキーを恨んでいる。拳銃は今もポケットの中に仕舞われている。
殺すべき相手は左の男だったのかもしれない。
そう思うとニシキは自分が何をするべきかがはっきりしてきた。恨みを晴らすのは遠くの話だと諦めかけていた。
でも遠い相手ではない。もっと身近な相手だったのだ。
「ああ、いいさ。カズさんを救おう。そして左の男を退治するのさ」
そう言って、ニシキは微笑んだ。コウキもそれに対して、にこりと微笑んだ。




