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夢と物語と泥棒と不幸  作者: こころも りょうち
4.夢と物語のその先
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3.不幸に落ちた者の物語②

 ニシキの耳には沙希の声が聞こえていた。現実のものではない。それでもその声がニシキに微かな希望を与えていた。

 奇跡や偶然を信じくなっていた。叶わなくても、何もせずに終りにしたくはなかった。銃口の向く先がどこにあるか確かめるかまでは、死ぬ選択はできなかった。

 答えのないまま何日もさまよい歩いた。行き場の決まらないままさまよい続けた。

 そこに希望と呼ぶものがあるのかどうかもわからない。ただずっと未来に光があって、その光のある場所に行かなくちゃいけないという想いがある。

 できるのはひたすら歩くだけだ。何も思い付くものはない。それでもニシキは何かを探していた。


 残りの有り金は僅かだった。なるべく使いたくなかった。腹は減ってもなるべく使わず、ゴミだって漁って、喰える物を喰った。

『こんな姿を天国から沙希が見ていたら幻滅するだろうか?』とニシキは考える。

『俺はこんな人間だ。どうして君は俺を愛してくれたのだろう?』

 心の中で叫ぶ。たくさんの怒りに溢れている。たくさんの人間を嫌う自分がいる。世の中が大嫌いだと叫びたい想いが喉に詰まる。

『金持ちは嫌いだ!金を奪う奴も嫌いだ!金のために生きる奴らは全て嫌いだ!あれやこれやと欲望に溢れた人間どもが嫌いだ!』

 殺したい人間は山ほどいた。殺していい人間はこの世界に山ほど溢れていた。生きていい人間は、ニシキにとって沙希だけだった。

『どうして生きていい人間が死に、死んでもいいような、ろくでもない人間が山ほど生きている?』

 でもニシキが殺してもいいと思っている人間は、ニシキにとって殺していい人間であっても、他の誰かにとって殺してもいい人間ではない。それだってわかっている。

『誰かにとって、生きていい人間は、きっと山ほどいるにちがいない。俺は誰を殺せばいい?』

 銃口の向かう先はまだ見えていない。


 歩きに歩いて、かつてゴミの山で共に過ごしたカズという友人が住んでいたビルの側まで来ていた。

 なぜここに来たのかはわからなかった。他に行く宛てがなかったと言えばそれまでだ。

 ニシキはどうしてここに来たのか、少し考えてみた。

 たとえば、かつて左の男と呼ばれた男がいた。ここに来れば会えると思えたのか、それは無い。彼にはいろいろな住処を紹介してもらったが、危険な男だ。彼には会いたいとは思わない。

 だけどカズという友人には会ってもいい気がした。

 ここは数日前にも訪れていた。そしてその時は会えなかった。ここに来たかった理由があるのかもしれないと、ニシキは思う。

 彼は今日もここには居そうにない。もうここに彼は住んでいないかもしれない。そう考えるのが自然だ。

 ひょっとしたら彼は死んでしまってこの世にはいないのかもしれない。この国では毎日数え切れないほどの人間が死んでいっている。それでも人はどこからともなく溢れて生きているわけだが、それでも年間の死者は年々増えている。

 この戦争の中でさらに増えている。かといってあちこちで爆弾が落ちてきて、死体が転がっているほどの酷い状況じゃない。ただあちこちに警察が溢れ、あちこちで救急車やパトカーのサイレンが響くようになっただけだ。

 だから彼は死んでいないと考えるべきだろう。

 それでニシキは少し離れた場所から、カズという男が帰ってこないか待ってみようとした。

 前に来た時には変な刑事がいたから隠れることにした。

 路上の脇に落ちてた大きな四角い椅子に腰掛けて、ただぼぉっとしている浮浪者を装った。


 時間は経ち続けた。

 やがて一人の若い男が玄関前にやってきた。男は鍵を開け、その中に入っていった。

 ニシキの知らない男だった。誰かがその場に住むようになったのだ。住んでいた男はどこかへ越したのか、やはり死んでしまったのか。

 その男に聞けば何かがわかるかもしれないが、もう少しだけ様子を見てみようとした。

 時間はまた同じように過ぎていった。いくらでも時間はある。


 夕陽が沈み、夜が来た。

 今度はスーツ姿の男がそこを訪れた。外灯の明かりしかなかったが、ニシキの目にはその男が誰であるかわかった。この前会った刑事だ。

 刑事は0.5階にある家具屋への階段を下り、入口のドアをノックする。

 ニシキは視界から消えた刑事を追い、刑事の姿が見えるギリギリの位置へ移動した。しばらくすると若者が中からドアを開けて、出てきた。

「またあなたですか?」

「またおまえか?」と、馬込刑事は若者に答える。

「何ですか?何か用ですか?」

「おまえは本当に一人でここに住んでるのか?」

「そうだよ。何度言ったらわかるのさ。僕はここに一人で住んでいるんだよ!」

「そうか。何か話が違うんだよな?」

「何が違うんだよ。刑事さん、ブルーモンキー団を捕まえるために動いているんでしょ?それならこんな所にいたって捕まえられないよ。もっと別の場所を調べた方がいいんじゃない。ほら、あの問屋街の方とか、あそこブルーモンキー団の金が降ってくるって有名な場所なんでしょ?」

「ああ、あそこはたくさんの刑事がいるよ。俺みたいな刑事の(はし)くれはあんな中心地を攻めたっていい仕事はできやしねえさ。あそこは警官のお偉いさんがこぞって首謀者逮捕に躍起(やっき)になってるんだからな」

「それはそうとしても、この家にブルーモンキー団はいないよ。どうしてここへ来るのさ?」

「しょうがねえな。ちょっとだけ教えてやるよ。俺の先輩に夢見警部っておじさんがいてね。そのおじさんがいう事は結構当たるんだよ」

「そのおじさんが何を言ったの?」

『夢はここで始まって、ここで終る』

「ここで始まって、ここで終る?」

「そう。夢見警部がさ、犯人を挙げたいならここにいるのがいいってよ」

「夢が始まって、終るって何の事?」

「知らねえよ。そんなの。俺はそんな言葉の意味になんて興味がないんだ。ただ犯人を捕まえればいいのさ。俺がやる仕事はそれだけだ」

「でも、ここにはその犯人は来ないさ。筋違いなんじゃないの?勘がよくたって、いつも当たるとは限らないだろ?」

「んん、わかったよ。悪かったな」


 ニシキは少し離れたところから見ていて、二人の会話は聞こえていない。ただ長い話が終ったようだ。

 馬込刑事は諦めて、0.5階からの階段を上がってくる。ニシキは即座に刑事の目に入らない場所に身を隠す。

 しばらくして辺りを見回してみた。刑事の姿はどこにもない。きっとどこかへ去っていったのだろう。

 次にどうするかを考えるが、いまひとつどうするかは思い付かない。だからとりあえず、どこか夜の寒さを(しの)げる場所に移り、一日を明かそうと決めた。

 話はニシキの耳元には届いていなかった。何を話していたかはわからない。彼らがカズとどういう関係かもニシキは知らない。

 ただ言えるのはどこへ行っても、もう彼の知っている人はいないし、どこにも何も無いって事実だけだった。

 ニシキには行く場がない。もう行く場など無くなってしまったのだ。後は終りが来るのを待つだけだ。

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