9.犯罪集団の夢
2023年8月、蒸し風呂のように暑い一日だ。
ブルーモンキーが世を変えて、もうすぐ一年が経とうとしている。
私は変わらず毛皮に囲まれた部屋の中にいる。世の中の大悪党のボスなのに、こんなボロッちく汚い部屋にずっと居続ける。
そんな理由はこれといって無い。ただこの場を離れる気にならないだけだ。どうしてもその理由を答えなくてはならないのなら、それはただこの場に安全を感じているためだろう。
ブルーモンキーと誰かが名づけた強盗団は日本中に広がった。
警察は各県に対策本部を置いて対応している。それなのに警察はこの場がいまだ見つけられずにいる。なぜなら私はもうそのブルーモンキー団という集団とはまるで関係のないように生活をしているからだ。
ブルーモンキー団がいつどれだけの事をやり、どれだけの稼ぎを得て、どれだけの金をばら撒いたのか、私は知らない。
本当に知っている団員は今もボスになる前だった頃と変わらない。左の男、右の男、顔黒男に、黒縁眼鏡、オタク、じいさん、細い男、だけだ。
人前に出たのはいつかの集会の時だけだ。そしてあの集会を機に集団は異様なまでに広がった。
広がりすぎて何が何だかわからなくなった。
「ボス!」
右の男が声をあげ、部屋に入ってくる。大量の新聞紙を手に持っている。
私は毛皮の上で横になってダラダラ過ごしていた。その目の前にその新聞紙を落とす。
何枚かに目をやる。
『放火』『殺人』『破壊』『爆発』などなど、様々なよろしくない言葉が踊っている。
「これを見ても、何とも思いませんか?我々は破壊の集団じゃない。放火もしない。破壊も爆発もしない。まあ、多少穴を開けるのに爆発する事はあっても、まして殺人などという行為には絶対に及ばない。でもこれら全てが我らの仕業になっている」
溜息をつく気にもならない。
「だからなんだ?それで、おまえは何がしたい?」
そして右の男の四角い顔を見上げる。
「規制をすべきだ!我々が我々であるための線を引く。それを破るものは我々の仲間ではない!」
「その必要はない」
「なぜ?」
「俺らは最初から仲間だのなんだのあったのか?俺らはただ一つの目的を基に集まっただけだ。ルールなんてものは必要ない。金を奪い、分け与える。あるとしたらそれだけだ」
「しかし!我らは人殺しの集団と思われるのは、許せない」
「ブルーモンキーとは誰が名づけた?」
「それは、ボスじゃないんですか?」
「いや、俺じゃない。俺はこの集団に名前をつけた覚えはない。俺らは強盗集団だ。世の中に金をばら撒くといった前提を持った強盗集団だ」
「では、ブルーモンキーとは誰が名づけたのですか?それからボスは人殺しを許すのですか?」
右の男は強張った顔で尋ねる。
「今の世の中は理由もなく新しい造語が生まれる。ブルーモンキーは誰かが生み出した誰かの造語だ。それが世の中の一般となった。いつしか金持ちから金を奪い貧乏人ばらまく集団とブルーモンキーがイコールとなった。ただそれだけだ。そして俺はその集団のボスでもない。ただ俺は金をばら撒く集団、数人の強盗団だ。ブルーモンキーはあくまで集団の名前じゃない。『金持ちから金を奪い、貧乏人が金持ちになるための行為をする集団』という造語に過ぎない」
「しかし、あなたは会館で…」
「まあ聞け。いいか。世の中を変える事は数人でできることじゃない。一つの集団じゃない。世の中を変えるのは、一つの同一思想を持った人間たちの集まりだ。その集まりが現在ある常識の全てを打ち破った時に世界は変わる。
ただ同一思想を持った人間にも、そうでない人間にも、極悪非道な奴はいる。わかるか?必要なのは善か悪かじゃない。一部の金持ちと貧乏人の世の中を壊そうと考えている意志を持っているかどうかってだけだ。俺は集団の頂点に立つ者じゃない。俺は同一意志の頂点に立つ者だ」
右の男は全てに納得しているようではなかった。それでも堅く握った拳を緩め、頷いた。
「わかりました。しかし、この先どうなるか、私には責任が持てない」
私はにやりと笑った。
「そうだな。そりゃ大変な事になるだろうな。しかし火消しをしていたら、火は弱まっちまうんだ。悪さする火でも燃やさねえと、火は弱まっちまうんだよ」
私の口から出てきた言葉はそんな言葉だった。
狂っている。我ながら狂っている。
それでも夢の私は身勝手で無責任な存在だ。それが人間の強さには必要なのかもしれないが。




