8.大変でも頑張る話
2023年、世の中ではブルーモンキー団という強盗団が世間を騒がせていた。
彼らは金を奪い、奪った金をばら撒いたり、貧しい家に郵送したりしているそうだ。
ニシキはなぜ彼らがそんな事を始めたのかを知りもしない。なにしろニシキには、それと関係のない毎日がとても長く続いていた。その辛い日々にもそろそろ限界が来ていた。
ブルーモンキーはニシキを助けてはくれない。それよりは世の中は泥棒によって荒らされている。
彼らが知っているかいないかは知らないが、世の中は泥棒が許される世界に変わろうとしている。世の中はいつも何者かの力で変わってしまう。大きな出来事が起きて、世の人はそれに左右される。
ブルーモンキーは世を変えつつあった。世の変化とは全く関係なく、ニシキは苦しんでいた。
同じ生活が続けばその生活には慣れてゆくものだと信じていたニシキだけれど、それは違った。
工場に入りたての頃に田中という男が言っていた事の方が当たっていた。慣れるというのは難しい作業が上手になってゆくだけの話で、嫌な環境にいる事に慣れなんてものはない。
嫌な環境にいれば日々ただ嫌になってゆくだけだ。ニシキはもう耐えられそうにない。
「ニシキ君、やつれたね」
沙希はニシキの顔を見て言った。
ニシキは黙っていた。
「ご飯も進んでないし、わたしの話も聞こえてないみたい」
「いや、そんな事は」
その言葉には反応し、沙希の顔を見つめる。
「いいよ。無理しなくても。辞めちゃいなよ。もう」
沙希はそう言って、ニシキに笑顔を見せる。ニシキは何も答えられない。
「大丈夫だよ。その方がいいって」
その優しさを無視できなかった。その優しさはニシキが今まで感じたことのない優しさだった。
甘えたかった。とても柔らかい声のする方へ寄り付きたかった。
沙希は自分が辛かった時の事を知っているから、とてもニシキの辛さを理解している。そして自分を救ってくれたのがニシキであるのを、沙希は覚えている。だから今度は恩返しがしたかったのだ。
世の中ではブルーモンキー団が世間を騒がす。
ニシキはそれと関係なく、弁当工場を辞めた。
誰も止める者はいなかったし、誰も残念がる人もいなかった。そこには最初から最後まで希薄な関係しかなかったのだから。
大切なのは家庭だ。帰れる場所がある事が何より幸せだ。だからニシキの未来は明るい。




