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夢と物語と泥棒と不幸  作者: こころも りょうち
3.続く物語と夢
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4.ボスである夢

 私たちは右の男の隠れ家にいる。ボスが住んでいたマンションから川を二つ越えた場所にある小さな一軒家だ。

 ここには盗み取って貯めた金が眠っている。ここが見つかれば、前ボスが立てていた計画の全てはおじゃんだ。

 世界を変えることはできるのか。もしできないというのなら、私の生まれた意味はない。恐れに苛立つ。かつてない苛立ちが心の奥底から溢れてくる。脳の芯に訴えかけてくる強い想いが勝手に膨らんでくる。


 右の男が私の所にやってきた。

「ボス、これからどうするつもりですか?」

「君はそんなくだらないことを俺に聞くのか?少しは自分の頭が使えないのか?小さい事に悩んでいる暇があったら次にどう動くかを考えろ!それができないんならここを去るんだな」

 私が毅然(きぜん)としてそう言うと、右の男は私の声に震えた。

「はあ、しかし、今、我々はサツに追われている。このままここにいても、奴らはやがて押し寄せてくる」

 誰かが通報したのだ。今、私たちはそのせいで追い詰められている。

 いつ誰が私たちを見つけたのかはわからない。しかし何者かに見つかり、何者かが警察の力を借りて迫ってきている。

「俺には未来が見える。それは確かな夢だ。もうすぐ俺らは大金を世界にばら撒く。その時、多くの人間が我らの仲間となる。俺はその力を借りて、城を築く。俺の存在を知っていようが、俺はサツに捕まらない。もちろんおまえもだ。俺らは警察に負けない大勢の力を味方につける。そうなったら俺らを通報した奴も探してぶっ殺してやればいいさ」

 右の男は唖然とした表情をしている。

「俺の事が信じられないのか?いいから、信じろ!おまえがすべきことは唯一つだ。左の奴がもうすぐ金を持って帰ってくる。それが俺らの最終資金だ。ヘリを買え。そしたら俺らは残りの金をヘリからばら撒く。世の中に金の雨を降らせるんだ。いいな」

「ボス!本気で言ってるんですか?」

「おまえはまだ俺を信じていない。信じろ!俺がなぜこの立場に就いたか」

 右の男は私をまだボスとは認めきっていないようだ。左の男とは正反対だ。左の男は前ボスが消えた瞬間、私をボスと認めた。しかし右の男はまだ認めていない。そして前ボスがいなくなったことで守られていた安全が無くなったように怯えるようになった。

『右の男よ。恐れることはない。なぜならこれは俺の夢なのだから』

 私は彼にそう言ってやりたい。私は夢の中で、ボスを演じている。


 人は誰もが自分の立場を演じているのかもしれない。

 この場に立ってみて、私は別人になった気がする。

 偉い人間を見事に演じきっていて、それはこれが夢で、何が起きても夢に過ぎないと知っているからできるのかもしれない。

 やるだけの事はやっている。そう考える。余計な事を考えるのはもう止めたのだ。


 ※


 2022年10月2日になっていた。私はまだ右の男のアジトにいる。

 通報された情報は誤りだったようだ。ここにサツはやってこなかった。それとも私が見る夢だから、情報は吹き飛ばされたのかもしれない。


 しかし今朝は悪い夢を見た。夢の中で見る悪夢。

 コウキ少年が火事で死んでしまう夢だった。彼は苦しみの中で私の名前を叫び続けていた。助けをずっと求めていた。でも助けられないまま、私は目を覚ました。

 ずいぶん長い間、コウキ少年については会っていない。もうずっと夢に彼は出てこないのかもしれない。

 夢の中の夢には出てきたが、ここには現れない。夢なのに私は自由にあの場に行くことができない。

 ボスとなって自由を失った。今は右の男とボスの世話係であった細い男が私の身の回りの事をやっている。

 ここは自由のない生活だ。警察に捕まるわけにはいかない。

「自家用ヘリを持っている山本の家を狙う計画は進んでいるのか?」

 私は右の男に尋ねる。

「ええ、屋敷内はおおよそ確認が取れました。私立学校みたいな造りをしていて、塀の中に入るのがなかなか手間なんですが、裏の森側からカメラを一つ壊せば入れることが確認できました。後は一気に乗り込んで、ヘリを盗んでしまえばいいだけです」

「なら、もうすぐ実行だな。実行日はいつだ?」

「それなんですが、まだ一つ問題がありまして、ヘリを操縦する者が決まっていないんです」

 やれやれ、わかっていない。これは夢だ。だから誰だってヘリは簡単に操縦できる。右の男はわかっていない。

「大丈夫だ。ヘリなんてきっと簡単に操縦できる。何なら俺がやってやる」

「いや、しかしそういうわけにはいきません。ヘリを奪い、集めた金を積んだコンテナをここで回収して、また夜空に飛び立ち、街中に金をばら撒くんです。結構な技術が必要です。俺たちはいつだってそういった細かいチェックをしてきました。その事を簡単に大丈夫だと言われると困ります」

「しょうがない奴だ。ならば待とう。ただし1週間だ。それ以内に答えを出せ」

「わかりました」

 右の男にははっきりした指示を出してやればいい。そうすれば何でもやってくれる。こいつは本当に動きがいい。

 左の男もそうだが、実に動きがいい。私とは大違いだ。今はボスとなり、偉そうなふりをしているが、正直ボスでなければこの二人にはどうあっても敵わないだろう。


 右の男がヘリを操縦できる人間を探しに出て、

 それから数日後操縦士は結構簡単なところで見つかった。

 それは自家用ヘリを持つ山本という男の息子だった。二番目の息子で、大学卒業までは山本家でおとなしく過ごしていたが、成人してから親の山本と衝突して今は勘当され一人暮らしをしている。

 山本の次男は親にかなり恨みを持っているらしく、ヘリの強奪をむしろ望んでやってくれそうだということもわかった。

 話はいつもよく出来ている。

 山本の次男を連れ出し、ついに世の中に現金を還元する日が来る。もうすぐその日が近づいている。


 ※


 2022年10月22日だった。秋晴れに若干の雲が浮かぶ一日、午後三時。天から紙切れが降ってきた。

 紙切れは一万円札だった。

 街には多くの人がいた。

 最初、降り落ちてくる一万円札に大きな関心を注ぐ人はいなかった。

 誰もがその不可解な出来事をすぐに飲み込むことができなかった。

 ただ天を仰ぎ見る人たちがたくさんいて、それに見向きもしない人たちも多くいて、地上に落ちた一万円札を拾い上げて、ただじっと眺めているものも何人かはいた。


 私はそんな街の真っ只中にいた。

 やがて誰よりも早く理解した街の浮浪者が一万円札を拾い集め始めた。そして街を歩く人たちがざわつき出して一万円札を拾い出した。

 やがて車に乗っていた人たちが車を降りて路上や車の上にある一万円札を拾い出した。

 私はショーウインドウに背を持たれて、じっと変わり行く街の光景を眺めていた。

 警官やパトカーがやってきたのはそれから数十分後だった。一万円札はまだあちこちに落ちているが、だんだん取りにくいところにしか残らなくなってしまった。

 一部の人間がそれらを取ろうと必死になっていたが、大半の一般人は飽きられてただの野次馬と変わっていた。

 浮浪者たちはいち早く姿を消していた。一部の善人は拾った一万円札を警官に渡していた。

「落ちてきた一万円札を拾った方は、速やかに交番にお届けください。金銭の拾得は犯罪です。拾った物は速やかに交番へお届けください」

 パトカーからスピーカー音でそんな説明が街中に響き渡る。

 でも素直に警官に届け出るものはわずかしかいない。たいていの人間はどこかに一万円札を隠し持っている。

 いや、金を取った奴らはきっとほとんどこの場から立ち去ってしまったのだろう。知らん顔をしてそそくさとどこかに去っていってしまったのだ。

 街は貧乏人に溢れている。貧乏人にも種類はいくつかある。


 種類1.見た目そのままの貧乏人。

 種類2.見た目は金持ちそうだが借金まみれの貧乏人。

 種類3.見た目は普通だが生活は厳しい貧乏人。


 2022年の日本はそんな貧乏人ばかりの世の中だ。素直に拾った金を返す奴なんて本当に一部の金持ちだけだ。

 私はそんな貧乏人の集まる場所を掻い潜り、その場を後にした。


 2時間後のニュースでその出来事は大々的に放送されていた。

 電気屋のテレビコーナーでそのニュースを眺める。金額は1億とも、10憶とも、100億とも言われている。中には1兆以上と報道するニュースもある。

 正解は100億程度だ。私はその金額を知っている。なぜなら金を撒き散らした首謀者自身だからだ。

 今はまだ誰も、なぜこんな事件が起きたか気づいていない。しかしやがて報道は詳細を探り出してゆくだろう。

 そのうち空にヘリを見たという目撃情報が駆け巡り、そのうちその日の午前中に山本邸からヘリが盗まれた話題が語られるだろう。そしていつかの我々の存在に行き着く。

 報道よりは警察が先に探り出すだろう。彼らは私らの存在をすでに追い始めている。

 でも恐れることはない。これは始まりにしか過ぎない。いろいろな反乱の始まりだ。いろいろな氾濫(はんらん)というのが正しいか。


 私は何ヶ月かぶりに、家具の溢れた我が家に帰ってきた。家に鍵は掛かっていなかった。中に入っても誰もいない。

「おい、コウキ、いるのか?」

 コウキ君の名前を呼んではみたけど彼の声はしない。どこにもいない。どこを探しても彼はいなかった。

 彼を連れてゆくつもりだった。正しいかどうかはわからないが、彼の育ての親になったつもりでいた。

 だから最後まで面倒を見なくてはならないと感じていた。

 でも彼はいなかった。仕方なく家を出た。

 きっとこれも運命だと心に決めた。


 それから駅へ行き、電車に乗った。

 行き先は北の方だ。私たちはある町の外れ、ある山の上にアジトを構えている。

 私は今日、初めてその場所へ行く。そして今日からそこで暮らすこととなる。

 もう我が家に戻ることはない。戻れないというのが正しいだろう。

 夢の未来が待っている。すでにそこにいる。そこで暮らしている未来が私には見える。

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