10.試練の夢③
私は光の中で目を開いた。
狭かった天井は元の5倍以上高くなっていて、その中心には仏陀が輝いている。仏陀は光の中にいて、仏陀自身も電球のように輝いていた。
しかし徐々に仏陀を囲む光は失われてゆく。そして仏陀はペリペリと割れ始め、光る皮膚が剥がれ落ちていく。
その中からはどす黒い地肌が覗かれている。やがて辺りの光がすべて消えて、仏陀の光る皮膚は全て剥がれ落ちた。
中からはどす黒い姿の仏陀像が姿を現す。
さらに仏陀像は中央から大きくひび割れ、数秒後、二つに割れた。
割れた中から、再び光り輝く小さな仏陀が現れる。人間体に近い。まるで本物の人間のようだ。
「何やってんだ!」
遠くで声が響いた。
ずっと遠くいる左の男の声だ。それでも私はその声の方へ向かおうとはしなかった。
今、光輝く小さな仏陀から目を離したら、すぐにでも殺されてしまいそうな気がした。自然と戦闘態勢を取っていた。
仏陀は徐々に高い場所から地へと降りてくる。辺りの光は全てその仏陀が吸収してしまったみたいだ。
ほんの数メートルの距離を置いたホールの中央に、光輝く実物の仏陀、いや実物に近い仏陀が存在している。
「大丈夫。これは夢だ」
私は小さな声でそう呟いてみた。それから少しずつ横へ動き、仏陀の背後に回り込もうとする。
仏陀は恐い笑みを浮かべた。何かを企んでいるようだ。
一分近く、緊迫した状況が続いた。私は仏陀の後ろに回った。
そしてそこから後ずさりして出口を目指す。
「ぐああああああ」
仏陀の首だけが180度くるりと回る。その顔は恐ろしく、大きく口を開いている。
次の瞬間何かが私の傍に飛んできた。反射神経でその何かを一寸手前で交わした。
『やばい』と感じ、さらにとっさに後ずさりをして逃げていく。
仏陀は口から炎を放ったのだ。なんてこった。これはホントに恐ろしい夢だ。
仏陀は体の向きも180度反転させ、こっちに追ってくる。私は背を向け、全速力で出口へ走り逃げてゆく。
ふと仏陀に振り向くとまた炎を飛んできた。瞬時にそれを交わす。我ながら素晴らしい運動神経だ。そう感じると不思議と心はウキウキしていた。
しかし出口の扉はすでに閉まっていた。どうにもならない。簡単には開きそうにない。
右の男も左の男も危機を感じて逃げ去ってしまったようだ。ここに出口はない。
戦うしかないのだ。
私は追い込まれていた。先はもう閉じた扉の壁だ。仏陀は怒ったような笑みを浮かべている。その表情だけで、ゾッとする。
口がパカリと開く。
『やばい』
とっさに左方向に走り出す。予想通り、仏陀の口から炎が飛び出し、後ろの壁を焼け焦がした。
私の身体は間一髪で避け続けている。炎は五秒で切れる。一端切れて、またニヤリとして、口が開き、私はそれを避ける。
仏陀の首は炎を吐いている時は動かない。体の動きも鈍くなる。だから炎は最初の一瞬だけ交わせば避け切れる。
奴の炎はランダムに飛んでくるわけではない。標的である私をめがけて一方向に飛んでくる。その瞬間を避ければ当たりはしない。
少しずつ仏陀の動きが見えてくる。炎を吐く瞬間の口の動きも単調だ。
そう思うと恐くもない。
しかし持久力が少しずつ奪われていくのを感じる。体は少しずつ硬直し出している。
放たれた炎は触れなくても熱く、その熱に少しずつ体力を奪われてゆく。
仏陀はいつまで炎を吐き続ける事が可能なのだろうか?
持久戦を考える。しかし相手の炎が切れるのを考えていたら、恐らくこちらが先に潰れてしまうだろう。
私は仏陀の炎を避けながら、じりじりと距離を詰めていっている。危険なのはわかっている。しかしこれ以上、炎を避け、逃げても埒があかない。
少しずつ、じりじりと、炎を吐く瞬間、左に回り避け、じりじりと近づく。
『次だ!』と感じた。
口が開く。炎が飛んでくる。左に交わす。炎が停まる。
瞬間、奴の懐に飛び込む。まだ炎を出す準備態勢は整っていない。
仏陀はしまったという顔をしている。私は腹部に強烈なボディーブローを食らわせる。
「ぐへえええ」
生身の体のような柔らかい腹に、パンチは入った。体は丈夫そうじゃない。仏陀は後ろに倒れ込んだ。ノックアウトだ。私はすぐにその体に馬乗りになる。仏陀は口を開き、炎を出す態勢になる。瞬時に右ポケットに入っていた麻酔入りの玉をその口に突っ込んだ。
右手は熱い。燃えそうなほど熱い。いや実際に燃やされている。しかし燃えているのは仏陀の口の中、燃えているのは仏陀の口。仏陀は口から燃えてゆく。燃え出して、火が付いて、体が燃え出している。
それに気づき、馬乗りになっていた体を仏陀から離し、起き上がる。
仏陀は燃えてゆく。ゆっくりと、まるでただのゴミの人形のように燃えてゆく。
「はああ、はああ」
私は大きく息を切らせていた。夢中で気づかなかったが、かなり体力を消耗していたようだ。
次の瞬間、出口の扉が開いた。
ゲームクリアか?と思ったが、そういうわけでなく、そこには左の男が立っていた。
私は燃える仏陀から離れて、左の男のいる出口へと向った。
扉は一度閉まってしまったが、またすぐに開いた。そして通路側に出る。
「あんたはやっぱすげえな」
左の男が私を褒めた。
「そうでもない。なんとかだよ」と答えた。それから右の男はどうしたか?と聞いた。
彼は金を持って、すでにここから脱出したと、左の男が答えた。
私らもゆっくりと歩いてゆく。
通路を抜けても、他に敵がいなかった。温雅兼はあの炎の奴に相当期待していたのだろう。他には何一つトラップを仕掛けていなかったようだ。
地上に戻るとそこは来た時と全く同じ、静かな光景が広がっていた。
あの地下の出来事が嘘のようだ。しかしあの出来事は嘘ではない。右手は酷いやけどを負っている。そして右の男は金のびっしり詰まった袋を持って、私たちを待っていた。
任務は終了だ。
確かに今回は本当にてこずった。危険な戦いだった事は確かだが、これがボスのいう試練だったのだろうか。




