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夢と物語と泥棒と不幸  作者: こころも りょうち
2.物語との交錯
15/42

8.試練の夢①

 2021年冬、今年ももう終ろうとしている。私は右の男に呼び寄せられて、ボスの住むマンションまで来ている。

 ここは家の中だ。辺りは暗く、電気は付いていない。

 さらにその奥の部屋の中に入っていくと、ボスがサイドボードの上にあるスタンドライトの明かりだけを付け、煙草をふかしている姿が見えた。

 ボスは私の存在に気づくと、ソファーに座るよう促した。

 私はそれに従い、腰を下ろした。


 正面のソファーに座るボスは私に話し掛ける。

「君の仕事ぶりについては何度か聞いている。なかなかの力を持っているそうじゃないか?」

 暗闇の中でボスの皺の深い顔が覗ける。相変わらず鋭い眼光をしている。私はその瞳に恐れを感じる。

「たいした事じゃない」

 私はその瞳に負けないよう、強気な態度を取る。

「ふふふふふ」

 ボスの不気味な笑い声が部屋の中に轟く。

「そうだな。君はたいした事をしていない。君はたいした事が出来ていない。俺もそう思うよ」

 やばい雰囲気だ。このまま何者かに囲まれ、役立たずの汚名を着せられて、殺されてしまうのかもしれない。私の体は硬直する。

「恐れる事はない。俺は君の味方だ。ただ、君は思うように力を発揮できていないようだね」

「どうすればいい?」とボスに尋ねる。

「そうだな。俺は君に一つの試練を与えようと思う」

『試練?』

「まあ、それはそれとして、酒でも飲まないか?」

 ボスがそう言うと、影に隠れていた静かな男がワインボトルとワイングラスを持ってくる。そしてグラスにワインを注いだ。一人分、私の分だけだ。

「俺は、体が悪い。酒は飲めないんだ。まあ、好きなだけ飲むがいい」

 一口口を付ける。独特の深みのある味がするワイン。ワインの事はよくわからないがきっと相当お高いワインであるに違いない。

 ボスはワインの代わりにワイングラスに注がれた水に口を付ける。

「俺は、この時代をぶっ潰す時が来たと、君に言った事を覚えているか?」

「確か」と答える。

「俺にとってはその事だけが目的だ。他には何もない」

「なぜ、そこまでその事にこだわる?」

 私は自然とそんな事を聞いていた。

「そうだな。そこに特別な理由はない。ただ、俺はそれだけで生きてきた。深い理由なんて忘れてしまった。俺はその為だけに生きる」

 私は黙っていた。何も答える事ができなかった。

「君は何のために生きる?その理由はあるか?」

 私には何もない。ただ生きるためだけに流されている。

「何もない。ただ生きている」

「ふふ、そうだな。君はただ生きている。だが、それももう終わるだろう。君は理由を持つ。そしてそれに向って生きてゆく。俺と共に」

 私は否定も肯定もしなかった。ただワインを味わっていた。この先にある試練の事など忘れて。


 ※


 2022年がやってきていた。私は凍てつく肌寒い真冬の夜道を歩いていた。数歩前を背の高い右の男と左の男が歩いている。

 どれだけ時が経っても、この仕事は慣れない。やればやるほど今回こそはうまくいかないのではないかという思いに(さいな)まれる。脳を締め付けるような恐怖を感じながら、前を歩く二人に付いてゆく。

 昔、飛行機に乗ったことが何度かあった。私は乗るたびに今度こそ落ちるんじゃないかと感じて恐れた。

 それに似ている。でも乗った飛行機が落ちた事は当然一度もない。そしてそれと同様に、この仕事が失敗に終わった事はない。

 大通りを脇に入ると、大きな寺のような建物がある。いつもながら私はここがどこなのか、分かっていない。

「さて、今日は?どうすればいいんだ?」

 私は寺の前に立ち止まった二人を見て、そう尋ねる。

「今日は一緒に付いて来てもらう」と、頬のこけた左の男が言う。

 かつてないパターンだ。


 そして正面玄関から堂々と寺の中に入ってゆく。寺といってもお墓も何もない。新しいタイプのお寺だ。

 新しいタイプの寺?って何だ?

「おいおい、正面から、いいのか?こんなに堂々と」

 エラ骨の張った右の男はにやりと笑う。

「今日の相手は少し違う。ここにセキュリティーはない。誰でも入ることができる」

「???」である。

「ここは最近有名な新興宗教団体の本部だ。誰でも入れる。だがその内、彼らは多額の寄付金を求めてくるようになる。のめり込めばどこまでもこいつらは金を吸い取ってゆく。生かさず殺さず、こいつらはそういった集団だ」

 右の男がそう説明してくれた。

「そして、ここには多額の寄付金が眠っている」

 左の男が付け加える。

「なるほどね」

 私は一言発して頷いた。


 正面には大寺院がある。黄金の屋根に大理石の柱、なんとも立派な建物だ。

 見ず知らずの老人が入口から出てきた。そして僕らの右手を通過して去ってゆく。少し金の持っていそうなただのじいさんだ。

 礼拝にでも来たのだろう。少しだけすっきりしたような顔をして帰ってゆく。

 それと関係なく、監視もない入口を私たちは進んでゆく。なるほど確かに出入りは自由のようだ。かといって多額の資金が眠る場所へは自由に出入りできないだろう。

 寺院の中に入ると、大聖堂のような大きなホールが姿を現す。そこにもたくさんの人がいる。

 正面には大きな釈迦像が輝いている。人々はそれぞれがそれぞれ、あれに祈りを捧げている。

『本当にここは悪の新興宗教集団なのだろうか?』

 私は参拝する人々の様子を見て不安を感じる。

 右の男は左脇にある扉の向こうへと入ってゆく。私もその後を追ってゆく。

 そこには真っ直ぐと延びる階段が下まで続いていた。

 間髪(かんぱつ)入れずにその階段を降りてゆく。

 下まで降りると、薄暗い通路の真ん中には関係者以外通行禁止の看板が立っていた。右に曲がることはでき、その先には事務所か何かがあるように見える。

 でも私らは『関係者以外通行禁止』の方へと、看板を無視して足を進める。

 左の男の顔をちらっと見ると、少し強張っていた。今日は変装も何もしていない。ありのままの姿であるのにも少し不安を覚える。


 前から一人の女が歩いてきた。40前後の女だ。体は細く、40前後ではあるが十分に魅力を感じる女性だ。

 女はちらっと私らの方を一瞥(いちべつ)する。気にせず、進もうとしたが呼び止められた。

「どちらへ行かれますか?」

 素直に足を止める。左の男はにやりと微笑み、女に近づく。

 そして、『ビリビリビリ』

 女は一瞬にして気絶した。スタンガンだ。

「おいおい、ちょっとやりすぎじゃないか?」

 私は倒れた綺麗な女性をかばう。

「戦争だ。金の奪い合う戦争なんだよ。呑気な事は言ってられないんだ」

 こいつらはまともじゃない人間だった。銃をぶっ放す可能性もある。それに比べたらスタンガンはまだましって話かもしれない。

 そして私はこんなまともじゃない奴らに付いてゆかなくてはならない。そういう場所にいるのだ。そう理解しないとならない。

 少しずつ通路の奥へ進むにつれ、私の体はうずき始める。体がそろそろ誰かを投げ飛ばたいっていう準備を始めている。

 ポケットの中に入っている睡眠薬の液の染み付いたハンカチに手を触れる。

『こいつが必要になってくる』

 その予感が増してゆく。

 手前を歩く二人の男が悪だのなんだのとは言ってられない。自分自身も右の男や左の男と同じような感情を持っている。

『やってやる』

 感情は増してゆく。


 左右にあるいくつかの部屋を無視して、さらにその奥を目指して、足を歩ませてゆく。

 通路はやがて右に折れる。通路はさらに続き、私たちはずっと奥へと進んでゆく。

 この通路には左右にドアもない。とてつもない静けさを感じる。

 誰もいない。

 私は少し緊張して体を強張(こわば)らせる。それから軽く肩を回して体を和らげる。

 再び通路は右へと折れている。

 右に曲がるとその先も通路はまた右に折れている。

 最後のストレートの通路の先には大きな扉が現れた。

『ここはどこだろう?』

 ふと嫌な予感がして後ろを振り向く。そこには誰もおらず、ふぅとため息を付く。


 大きな扉は横開きの自動ドアだが、全く反応せず開きそうにはない。ここでどうやら行き止まりのようだ。

 しかし右の男は力づくで、横開きの自動ドアをこじ開けようとする。

 扉はビクともしない。ガンもグも言わない。まるでそこがただの壁であるかのように動こうとしない。

 左の男は辺りを見回していた。

 扉の右壁に近寄り、小さな引戸を見つける。コンセントか何かそういった物だけがあるような小さな戸だ。

 そんな小さな扉にも鍵が付いている。左の男は着ていたコートのポケットから細い針金のようなものが付いたドライバーのような形をした工具を取り出す。そして針金の部分をその錠穴の中に差し込む。

 しばらく格闘していた後に鍵は開いた。

 中には指紋認証システムのような黒いプレートが現れた。

 左の男は胸の内ポケットからリモコンのような装置を取り出す。そしてそいつをピコピコやって、先にあるレーザーの出る部分を黒いプレートに当てる。

 旧式のパソコンのような液晶画面に、たくさんのアルファベットが羅列(られつ)し出す。何かの計算をしているようだ。その計算はしばらく続いた。

 最後に、液晶画面にはOKの文字が映し出された。

「数秒しか開かない。開いたらすぐに飛び込め」と左の男は言う。

 言われたとおりに、扉のすぐ傍にスタンバイする。左の男はリモコンのどこかを押した。

『グィイィィィーン』と音がしてドアは開く。私と右の男は扉の奥へ入り込む。

 扉はすぐに閉まる方向へ向う。

 左の男は閉まりそうな扉を掻い潜り、部屋の中へと入ってきた。

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