6.すっかり犯罪に手を染める夢
「さあ、今度は君が計画を立てる番だ」
顔の細い左の男が僕に言ってきた。
気が付くと夏になっていた。私たちは公園の隅にいる。蝉がうるさい木の下で策略を練る。
私は7人グループの一人になっている。
顔の細い左の男と顔の四角い右の男はいつもの二人だ。
それからサーファー風の顔の黒い男がいて、白髪交じりの髭がもじゃもじゃのじいさんがいる。
後はパソコンおたくっぽい男が二人いる。一人は黒縁めがねの男で、もう一人は髪が長く小太りの男だ。
私は6人全員を知っている。
6人が私の顔を見つめ、次の言葉を待っている。
私は策略を練らねばならない。でも私は何も思い浮かばない。
左の男が求めるような計画力を、私は持ち備えていない。
夢とは、唐突に訳もわからない世界へ私を連れてくる。
これが夢である事に、私はすでに気づいている。
この夢にいる彼らは私を知っている。しかし私はこの夢の全てを知っているわけではない。
夢は突然私をある場所に連れてくる。
時には予想もしない力を発揮できる場合もあるが、時には現実と同じように何も出来ない場面もある。
今は何もできない方だ。何も思い浮かばない。溜息を付くしかない。
「おいおい、ボスはあんたの優秀な頭脳を買って、仲間に入れたんだぜ。いつまでも人を殴り倒すためだけに仕事をしててもしょうがねえだろう?」
左の男がいつもより荒い声で私に責める。
返す言葉がない。頭の中はあーだのこーだのとなんだかまとまらない考えで詰まっている。
そもそもはニシキ君の結婚詐欺話を通して彼らに知り合ったのだ。別に泥棒になって金を稼ぐつもりなんてなかった。
こいつらはただの強盗集団だ。いつまでもこんな奴らと一緒にいたいわけじゃない。
確かに生活は裕福になった。腹を空かせ、やっとの苦労で食パンだけをかじりつける日々も終わった。臭いゴミの山で金属を探す必要もなくなった。
でもいつまでもこんな事をしていたくはないというのが、普通の人間の思うところだ。
だからと言って今の状況から、急にそんな事は言い出せない。言えば彼らは私をどんな仕打ちに合わせるか分からない。夢でも夢とは思えないくらい恐い目に合う。
そう考えると、背中にびっちょりと汗を掻いていた。いかにも臭いだろう汗が、脇からじわっと垂れ落ちてゆく。頭からも汗がダラダラ出てくる。
「まあいい。わしが計画を出そう」
髭がもじゃもじゃのじいさん、通称髭じじいが助け船を出してくれた。
皆は私を忘れたように、髭じじいに目を移す。
「ある政治家の息子の話だ。その政治家自体は汚職事件で引退し、最後はガンになって、5年前に死んでしまったんだが、その政治家は大量の資産を残した。政治家の妻も彼の死の1年後に後を追うようにして亡くなり、今ではその政治家の息子が豪邸に一人で住んでいる。そいつは親父の後を継ぐこともなく、他にまともな仕事をする事もなく、親の資産だけで生活している。結構な資産を残していて、もう40になろうとしているのに、結婚もせず、遊びまくっているそうだ。今回はその豪邸を狙う」
「さすがクラさん、いいネタ持ってるね」
サーファー風の男、通称黒い男が言う。
「よし、わかりました。全部調べてみますよ」
通称小太りの男が言う。
「まさに狙いどころだな」
左の男が言う。
「あんたもそういうのを調べるんだな。後は全員でやる。大切なのは、あくどい奴を調べる事だ。そういうネタが俺らには必要なんだ」
右の男が私の方を見て言ってきた。
『あくどい奴って、あんたら強盗団の方がよっぽどあくどい』
私はそう言い掛けて止めた。
彼らには彼らなりの正義がある。
世の中のために仕事をしている金持ちは襲わない。彼らは今回のようなボンボンや、不正に稼いだ金のある会社、そういった場所を狙う。
ニシキ君に対しての要求も、金持ちの遊んでばかりいるお嬢を狙わせていた。
彼は最近の私の夢には出てこない。もともといなかったかのように、この夢からは葬り出されてしまったみたいに。
今はここにいる連中が私の仲間だ。
彼らはそれなりのルールを持ってやっている。
「おっし、やってやろうか!」
黒い男がそう言って、我らは次の仕事に、正義の心を燃やす。
何が正義の心かはわからないが、私は今のところ、こんな奴らに付いていくしかない。
※
ブラジリアンキックを浴びせて、その日の戦いにも勝利した。
『ブラジリアンキック?』
そもそも私は柔術を習っていたはずなのに、どうしてこうも立ち技までできるようになったのか、夢とはいいかげんなものだ。
きっと柔術の先生に空手も習ったのだ。夢だから自由だ。
この生活が始まって半年は経つが、この仕事からは抜け出せない。
何の仕事もない日はたいてい家のソファーに寝転がっている。
コウキ君は寝転がっているやったぜ私に笑顔を浮かべてくる。
もう2年近くコウキ君と暮らしている。背も伸びたし、どことなく顔立ちも大人っぽくなった気がする。本当に子供の成長は早いものだ。
「何だよ。何か、用かよ!」
突然近寄ってきた少年に素っ気ないふりをみせる。本当はコウキ君の笑顔が嬉しいのだが、そんな態度を見せないようにしている。
「あのさ、昨日、ニシキ君がやってきたよ」
「えええええ、まじでええ、元気だったかよ。あいつ」
「そうだね。いつもながらニコニコしてた。『足を洗ったんで、おじさんに伝えたかった』とか言ってた。そんなに足臭かったのかなあ、ニシキ君」
子供らしい間違いだ。
「まあ、臭くはなかったが、綺麗にしたって事だよ。良かったじゃねえか」
『足を洗ったのはいいが、ボスはその事を知っているのだろうか?』
確かもう半年近く彼には会っていない。どこでどう過ごしているのか全く知らない。
元はといえば、ニシキ君に誘われたからこの仕事をしているのだ。気がつけば自分の方がどっぷり嵌っている。
ニシキ君は自分の意思を持って詐欺を始め、意思を持って辞めたのだろう。それを思うと私はなんて意思のない人間なんだろう。誘われるままに誘われて、付き合いが続いて辞められない。
コウキ君に対しても、何も言えない。最近の私には善も悪も分からなくなっている。
いつか酷い目に遭うだろう。せめてコウキ君だけは無事でいてほしい。ある程度の距離を置かないとならない。
「どうかした?おじさん」
「いや、何でもないさ」
考えさせられる。
きっと私も意思を持って答えを出さなくてはいけない日が近づいているのだろう。
2021年の夢は続く。




