六話 『颶風の鎌』
マルコム・ロドリゲスは犯罪者だ。強盗に強姦、殺人や誘拐、人身売買など、犯した罪は多岐に渡り、いずれも重い。数年前からは盗賊団『颶風の鎌』の首領の席に座る、筋金入りの悪党だ。
他者を虐げ、踏み躙る。そのとき、彼は強者であり勝者だ。この優越こそが絶頂へと導いてくれる。
喜劇よりも悲劇を好み、愛でるように他者の人生を壊す。それがマルコムの唯一の生き甲斐であり、幸福の形だった。
悪が好きで、その道に適した素質も備える。だから、あるがままに外道となった。
『次の標的はアアルの女だ』
悪に惹かれ、悪を見出し、悪を愛でる。生まれながらの悪党がアアル王国に侵入したのは、悪行の算段が付いたからに他ならない。
アアルの女は高値が付く。強壮にして美麗、ゆえに戦奴にも性奴隷にも適する逸材だ。
各地・各種族から強者の血を取り込み続けた、かの民族は『最強の混血種』とも称される。しかし、マルコムと同じ人間なのだ。奇襲し、罠に嵌めて絡め取れば、自慢の戦闘能力も十全には発揮できない。
「くははははは! 大分痛い目を見たが、大物を捕れたな」
道具を揃え、部下に訓練を施し、計画は微調整を繰り返した。満を持して、祖国にして主な活動範囲でもあるソドム帝国を出立し、当初の標的以上の高額商品を獲得したマルコムは上機嫌だ。祖国への帰還後、二つの商品を売り飛ばし、懐に転がり込んでくる大金を想像するだけで頬が緩む。
部下と共に身を潜めているのは、襲撃地点から帝国方面数キロ進んだ地点にある、寂れた洞窟だ。
敵対行為、犯罪行為を働いたのだから、早急に国境を越えることが望ましいが、王国と帝国の国境には峻厳なる山脈が連なる。戦闘後、砂漠の走破と山越えを休憩も無しには行えない。
既に王国からの追手が放たれていることだろうが、『颶風の鎌』の現在地に通じる足跡は、砂嵐が掻き消した。王国が追跡に難儀している間に、『颶風の鎌』は体力を回復し、祖国への帰還を果たすのだ。
「なあ、ボス。猫人の餓鬼と、アアルの餓鬼ってどっちが高く売れるんだ?」
獣人の楽園ことハイラル大連合は、アアル王国を挟んで反対側に位置するため、猫人に限らず獣人種全般がガラハド帝国ではほとんど見られない。
だから希少価値が高い。奴隷市場に流せば即日で買い手が見つかる。
しかし、対抗馬のアアルの少年も侮れない。アアルの民は、およそ十人に一人しか『男』が生まれない。希少価値だけを比べれば、アアルの男児は獣人に匹敵する。
両方が目玉商品だ。どちらにより高値が付くのか、と部下が好奇心を働かせるのも当然だ。
「獣人の雌餓鬼は、歳の頃を見るに初物だろう。顔立ちも整ってるし、獣趣味の変態貴族が大枚叩いて買ってくれるぜ。金貨五百枚は固いと見た」
一度の取引で扱う金額としては破格。過去に達成した、大仕事の報酬が追随も出来ない値段を聞き、部下たちが騒めく。お調子者が口笛を吹き、大男が手を叩いた。
終わりが見えない喝采の嵐を鎮めながら、マルコムは説明を続ける。
「アアルの餓鬼は、売り先に依る。戦奴としてなら男も女も大して変わらんし、性奴隷なら女の方が需要が大きい。
男である優位点は、種馬にすりゃ手っ取り早く金の卵を量産できるってことだな。
餓鬼に餓鬼を作らせて、その餓鬼を育てる。そういう長い目で物を見れるやつなら、金貨七百は出すだろう」
十年、二十年単位で商売を行う手腕と、目も眩む大金の持ち主など帝国広しといえど多くはいない。表の世界でも権勢を振るっている、彼らと渡りをつける。この難関を突破しないことには、おそらく猫人ほどの値段は付かない。
「商談を取り付けるのは難しいが……、どっちが高いかってんならアアルの餓鬼だな。
まずは猫人を売って資金を作り。それを元手に、アアルの餓鬼を最適のルートで捌く。これがベターだろう」
概算すると金貨千三百枚の巨大収入だ。今回の誘拐作戦に投じた資金、失った道具や人員の補充と、組織の拡充を行っても使いきれない。
しばらくは、首領も団員も豪遊三昧だろう。
年代物の酒を飲むも良し。
高級娼婦を買うも良し。
名工の武具を買い揃えるも良し。
先立つものが豊富だから、遊び方に迷ってしまう。贅沢な悩みだ、とマルコムは嘯き、強面の配下たちは追従して笑った。
「でもよぉ、ボス。カルバインの野郎を一人で見張りに付かせて良かったのか? あいつ変態だから、猫に手ぇ出しちまうぜ?」
「それは俺も分かってるさ。だから、膜のねえ穴ならいくらやったって構わねえって言い含めておいた」
中古はどうしても、新品に比べて値段が落ちる。
たとえ性能が同等であろうと、他者の御下がりというだけで、人は蟠りを覚えてしまう。肉体的に深くつながり、欲望を解消するための性奴隷は特にその傾向が強い。
だが、性器以外ならば使った形跡も残らない。役得を味わってから売り払う、ということは人身売買に携わる者たちの暗黙の了解だ。
男どもの獣欲を適度に発散させることで処女膜の喪失を未然に防ぐ。また、尊厳を蹂躙し、抵抗するだけの気概を削ぐ。この二つの口実が悪習を脈々と受け継がせてきた。
「お前たちも使いたきゃ使っていいぞ」
作戦に参加した二十八名中、この洞窟に集うことが出来た者はたったの八名。しかも漏れなく負傷していると来た。
『アアルの女』よりも高値が付く『アアルの男児』と『獣人の女児』に土壇場で標的を変更し、そして子を守る女の底力に叩きのめされたことは『颶風の鎌』の過失である。されど、過失を素直に贖罪する優等生が、盗賊団に所属するものか。
失態を認識しつつも、上限いっぱいにまで蓄えられた鬱憤を我慢できない。どこかで晴らす、晴らさずにはいられないからこその無法者だ。
「そうは言うけどよ、ボス。胸も尻もねえ猫じゃあ、楽しくねえって」
「穴さえありゃ出す癖に良く言うぜ」
「男なんざ皆そうでしょうや」
右手で扱くだけで勃つし射精できるのだから、女体となれば何を言わんや。畜生の雌とも交尾できてしまう。
出来るからといっても、普通の男は獣と体を重ねやしない。性的な目で見ることもない。
獣の穴に棒を突き入れ、精を吐き出すのは一握りの変態のみ。そういう異常性癖の持ち主が豪商や貴族にもいる。表の世界で辣腕を振るう権力者も、一皮剥けば野卑な盗賊団と変わらないのだから、とんだ笑い話だ。
「助けてよぉ! ファーナムぅううううっ!!」
洞窟内に反響する、絹を裂くような幼子の悲鳴が心地よい。雌というだけで雄の悲鳴よりは艶があるし、多感な年頃故に新鮮な感情が乗っている。
自他ともに認める、変態によるお愉しみが始まったことは、マルコムでなくても察せよう。宴会場からは隔離されているため、商品が凌辱される姿は見えないが、その声だけで酒の味が一段も二段も増す。
下卑た笑いが波紋となり、股間にテントを張る者まで出た。
雌を組み敷き犯すのか、刃物を突き付け自ら腰を振らせるのか。見えないからこそ、その凌辱劇には想像の余地が残る。
「さあ、気張れよ変態。泣けよ雌猫。
勝利の美酒に相応しい肴を提供しろ」