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五話 家に帰るまでが遠足です

 子供ながらに見事魔物(モンスター)を討伐してみせた、ファーナムとカナン。二人の快勝に触発されてか、残り三人の子供らも勇ましく名乗りを上げ魔物との戦闘に臨んでいく。

 初戦で勝利する者もいれば、負けてしまう者もいた。けれど、その敗者も二戦目(リターンマッチ)ではリベンジを達成する。

 引率の戦士たちも、子を褒めはすれども驚嘆はしない。班の子供が皆魔物を打倒することは例年通りの光景なのだろう。傾いた日を見遣ると、テキパキ帰還の手筈を整えていく。


「皆、今日は一日よく頑張ったな。もうすぐ日も陰るから街に戻るぞ。

 帰り道で襲ってきた魔物は、私たち(大人)が蹴散らしてやるから安心しろ」


 軽く切った啖呵に則り、二人の引率は武器を操る。

 斬る、斬る、斬る、斬る。防御を砕き、回避を許さず、逃げる間も与えない。牙を向けた魔物を、一匹残らず膾切りにする。

 見敵必殺サーチ・アンド・デストロイ。守るべき幼戦士の下へは、一歩として進ませない。


「うっはぁ、ぱねえ」


 ファーナムは魔物を自らの手で討ち果たしたことで、以前よりも鮮明に『魔物の強さ』を識った。『魔物の強さ』の真に迫った分、それを軽々と屠る『一流の戦士の強さ』にも近づいた。理解が進んだのである。

 一流(大人)には何があって、三流(自分)には何が無いのか。昨日よりも多くの課題(伸びしろ)を見つけたことにより、血潮が熱く滾る。

 剣闘試合に出場する、と誓ってから早五年。折り返し地点に立った彼の成長は、まだまだ停滞しない。


「目ぇキラッキラさせちゃって。ファーナムも子供だにゃ」


「カナンだって耳をピコピコ、尻尾をフリフリしてんじゃねーか」


 種族は猫人だが、生まれも育ちもアアル王国のアアル民。カナンの趣向はアアル人のそれに寄っている。

 加えて、目の届く距離で、声の聞こえる範囲で、『強さ』を体現した同性が日夜活躍しているのだ。その背を追うようにもなる。


「これはちょっと風に揺れてるだけにゃ」


「秒でバレる嘘つくのやめようぜ」


「ファーナムの真似してるだけにゃん」


「覚えがないな。こちとら嘘をついたことがないってのが自慢なもので」


「秒でバレる嘘つくのやめるにゃ」


 どうやら知らぬ間に、ファーナムは悪癖を伝染させてしまったらしい。異性を自分の色に染め上げる『源氏系男子』か、それとも『ウイルス系男子』か。自称する肩書の候補が浮かび上がるも、双方を却下する。

 どちらの呼び名も普通に屑だった。

 肩書は恰好がつくものでなくてはならない。多少痛い(・・・)くらいがファーナムの好みだ。具体的には、『黒』と『金』を並べて『くろがね』とルビを振る。


「『黒金(くろがね)の英雄ファーナム』……これだな」


 褐色の肌と金髪金眼を端的に表現しながらも、『黒金(くろがね)』という特殊な読み方により、他の豪傑たちとの差別化も図る。

 完璧だ。ファーナムはまたもや傑作を生み出してしまった。腕っぷしの強さで成りあがる予定だが、どうやらネーミングセンスにも光る物があるらしい。『万能人』の称号を賜る日も、そう遠くないだろう。


「まーたおバカなこと言い出す。似たようなの十何個も作ってるのに、よく飽きないにゃ。

 ――って、うわぁ!?」


 突風が吹き荒れ、砂塵を巻き上げた。

 たかが砂、されど砂。強風に乗って襲来した砂粒は、子供の柔肌には強い刺激を齎す。しかも、一粒一粒が極小のため、掴むことも防ぐことも出来ない。

 ファーナムとカナンは咄嗟に顔面を庇ったが、全身を針で(つつ)かれたように痛む。


()ったぁ。なーんか、今日って風強くないかにゃー?」


「俺も思ったけど、どうなんだろうな」


 印象のみを語るのであれば、風は非常に強いし多い。ただし、その感性は都市の内側で培ったものである。異世界の如き熱砂にそのまま適用するべきではない。

 建物が軒を連ねる都市と違い、何もない砂漠は風通しが良い。風量が増えるということもあるだろう。あるいは、これが砂漠の日常なのかもしれなかった。

 

 びゅううう、びゅううう、と何度も風が荒れる。その度に強まっていく。

 不自然だ、と確信を得た時には既に手遅れ。

 砂嵐の発生だ。高くて厚い、砂のカーテンに阻まれて、先が見えない。


「気を付けろ! あの砂嵐は何かおかしいぞっ!」


 砂嵐とは、つまるところ自然現象だ。自然法則の下に発生するのだから規則的だ。定められた枠組みから外れることはない。脅威ではあれ、対策を立てること自体は出来るはずなのだ。

 だが、ファーナムたちの前方に出現した砂嵐は、自然法則を逸脱している。初めて砂漠に出る子供のために、通過儀礼の日程は天候を加味して決定されるし、件の砂嵐は規模に反して前兆が小さすぎる。

 外見も下手糞な粘土細工のように不定形だ。まるで、子供が力任せに粘土を捏ねたかのようだ。

 異質の砂嵐に、引率は警戒し子供らは緊張を強いられる。迂回路を取れば、砂嵐も動いて阻まれる。振り切ろうにも、子供の足では振り切れない。


「やれぇ!!」


 一行が砂嵐に飲み込まれた途端、野太い男の声(・・・・・・)が轟く。

 ファーナムがその意味を解するよりも早く、女戦士が応ずる。シャリン、と王国伝統の半月刀(シャムシール)を抜く音が、胸中の暗雲に切れ込みを入れた。


「襲撃だ。子供(お前)たちは一か所に固まっていろ! 応戦するのは大人(私たち)だけでいい!」


 足音の数からして襲撃者は二十人以上。奇怪な砂嵐も彼らの仕込みなのだろうし、その中で視界を確保する手段も用意しているはずだ。

 強風の雑音(ノイズ)を塗り潰す鬨の声を、女戦士の一喝が破壊する。


「視界を奪い、足を止め、それだけで我らを討てると思ったか! 雷よ!!」


 母は強し。子を守るために矛を取った女は、いつの世も最強無敵だ。

 襲撃者たちの気勢を、殺気だけで削ぐ。絶大な魔力が立ち昇り、術式をノータイムで構築。淡い緑の雷電が、渦巻く風に乗って一面を駆ける。降り注ぐ、魔術の雨を蹴散らした。

 砂嵐を利用し、多数を纏めて攻撃するに適した範囲魔術を選択する機転と、破壊を撒き散らしながらも護衛対象には傷一つ付けない制御能力。女戦士の妙手には畏敬の念が止まらないが、ほんの数十センチ手前で弾ける雷には恐怖するばかりだ。幼馴染の手を取り、ファーナムは姿勢を低く保った。


「じっとしてろよ。下手に動くと巻き添え食うぞ」


「動きたくても動けないよぉ」


 三角形の獣耳をペタンと倒して、腰が抜けたことを告白するカナンに寄り添い、その肩を抱く。

 動いてはならない苦境なのだから、動けないことは問題にはならない。むしろ恐慌状態に陥って出鱈目に走り出してしまうよりかは数段マシだ。

 ファーナムは、一旦はショートソードへと伸ばした手を止めた。前方三メートルも見通せない環境では、武器を構えたところで、迎撃はおろか自衛もままならない。

 実のない安心感には、手を伸ばすだけの価値がない。少しでもカナンの心に寄り添っていたかった。


「ぎゃああああ!!」


 武器が、魔術が何度も衝突し、その合間を断末魔が埋める。一人、二人、三人と、着々と襲撃者らは討ち取られていく。派手に戦端を開いてしまった以上は、彼らも引くに引けない。一つでも戦果を持ち帰らないことには、支払った犠牲の分だけ丸損だ。背水の陣よろしく追い詰められるほどに彼らは猛る。


火球(ファイアボール)


氷結杭(アイシクル・スパイク)


風拳(ウィンドブロウ)


 威力、種類、タイミングまでもがバラバラの魔術の乱れ撃ち。

 開戦直後に数多の魔術を破壊してみせた女戦士は、諦めの悪い男と鍔迫り合いの真っ最中だ。咄嗟に雷の壁を張ったが、急造の防御は脆い。

 ドン、ドン、ドン、ドン、と何度も叩く、攻撃魔術の弾幕に屈して穴が開いた。

 『子供たちを守らなければ』と思考が働いてしまったことが、女戦士の最大の悪手。守りに意識を取られて剣腕が鈍り、近接戦が決着しない。決着しないから、防御魔術の再構築も遅れる。

 再度、魔術の群れが殺到し、雷の薄壁を粉砕する。火炎が炸裂し砂地にクレーターを作り、氷の槍が傍らを通り過ぎる。そして、身を寄せ合う少年少女を風の砲弾が叩いた。


「きゃあああ!?」


「――っ」


 それはまるでヘビー級ボクサーの右ストレートが直撃したような衝撃で。子供の小さな体は、二つ揃って吹っ飛んだ。

 二~三回バウンドして止まってからも、息が詰まり、胸の痛みが取れない。


「げほっ、げほっ。まぐれ当たりだなんてツイてねえな、くそったれめ」


 痛みから咳き込み、咳き込む度に痛みが生じる、悪辣な円環仕様。仰向けとなった、ファーナムの視界は砂に支配されたままだ。青空の一つだって見えず、悪態は虚しく砂嵐に呑み込まれた。

 啜り泣くカナンも隣に転がっており、事態は深刻だ。

 魔術を食らい、二人は一行(パーティ)から離されてしまった。元の場所に帰還するためには、数多の魔術が飛び交い、死体も転がる戦場を踏破しなければならない。一歩間違えただけで流れ(魔術)に当たって昇天するかもしれない道のりに、カナンを付き合わせることはできない。

 さりとて彼女一人を放置し(見捨てて)、一か八かの賭けに打って出ることもファーナムには出来ない。

 どこぞから飛んでくる攻撃に当たらぬよう、身を縮まらせることが精一杯だ。立ち往生ならぬ寝往生である。


「動くな」


 ヒタリ、と首筋に押し当てられる刃。金属の冷たさが、窮地が幻ではないことを示唆する。

 首から上を動かさず、横目でカナンの様子を確かめると、彼女にもナイフが触れていた。


「……すげえ隠遁術。狩人(ハンター)でも斥候(スカウト)でもなさそうだ。暗殺者(アサシン)かぁ?」


 戦士に魔術師、そして暗殺者。随分と人材豊富な犯罪者集団である。犯行計画を周到に練る頭脳や、実行に移す胆力も含めて、法を犯さない方向で有効活用してもらいたいものだ。


「助けは来ないぞ。痛い目を見たくなければ、言うことに従え」


 暗殺者は覆面越しに嗤い、ファーナムもさもありなんと頷く。

 元の場所にはまだ護衛対象(こども)が三人も残されている。二名のみで多勢を迎撃する女戦士たちの手は、はぐれたファーナムとカナンの救助にまでは回らない。

 少年少女には、王手を引っ繰り返す実力も知識も技もない。下手に抵抗しない方が身のためだ。


「自分たちの立場くらい分かってらぁ。

 カナン。泣き止めとは言わねえから、せめて暴れるな」


「でも、ファーナムぅ」


「何とかなるから。俺を信じろ」


 カナンを励ますように宣するが、本当は一つとして策はない。

 敵の不興を買わないために、彼女を落ち着かせる。そのために、何食わぬ顔でハッタリを押し通す。

 この場での敗北は決定したが、人生という長い目で見れば敗北して(死んで)いない。生きているうちは再戦が可能だし、そこで勝利することで取り戻せるものもあるだろう。

 ファーナムは胸板を浅く斬りつけられ、手足にまで広がる麻痺に身を委ねた。




 

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