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三話 五年後に至る道

 万雷の喝采に包まれる女戦士。強く美しい、アアルの()は戦場の華だ。

 その強さに敬意を覚える。その美しさに魅了される。


「にゃおん。カッコよかったにゃー」


「そうだな。ほんと、カッコよかったよ」


 剣闘試合が幕を閉じ、闘技場の外へと出ていく、人並みに紛れて帰途につく少年少女。女戦士との実力差が大きいために、その強さを抽象的にしか表現できないが、熱い満足感を共有する。

 先人の技を糧とするための考察と分析は後でも出来る。今はただ感動に浸っていたい。その鮮度を落とす、頭脳労働を持ち出すことは無粋の極みだ。


「なあ、カナン!」


 数メートル先を歩き。女戦士の動きを拙く真似している、少女の背中に声を投げる。


「今日のことずっと忘れないよな?」


「当ったり前にゃ!」


 真意を測りかねる問いかけだが、返答する声に迷いはない。それほど魅せられたのだ。


「俺もだ」


 女戦士の剣闘と、夕日を背に輝く眼差しを向ける幼馴染。

 二つの感動は、この日の出来事を未来永劫脳裏に留めると断言できるから、誓いを立てる意味がある。


「十年だ。十年後、俺は剣闘大会に出る」


 一年に一度だけ開催される剣闘大会には、国の東西南北から実力者が集う。本戦ともなれば、この日の剣闘試合を遥かに超えた戦いがゴロゴロと転がる。アアル王国では十五歳から成人と見做されるが、親の庇護から外れたばかりの若人が勝ち抜ける戦場ではない。

 この国の住民であれば、誰もが知っている常識だ。大会の歴史も証明している。


 だからこそ、もしも勝ち残る小僧がいたならば、その印象は鮮烈だ。誰にも否定できない、偉業である。

 「俺はここにいるぞ」、「次は俺の時代だ」と言わんばかりに、万人が認める戦績を残す。『英雄を目指す少年』は揺籃の時を終えて、『英雄』の産声を上げるのだ。


「んにゃ。それなら、あたしはファーナムが勝てるように応援に行くにゃ!」


 英雄になるという己が夢と、友との約束。

 英雄はいつの時代も巨大な使命を抱えて戦っている。背負う物が増えただけで潰れるならば、そも英雄の器ではない。

 英雄への道をひた走るファーナムが、その重みに臆するものか。


 晴れの日も、風の日も、雨の日も、曇りの日も、剣を振り続けた。


 両手の肉刺(まめ)が何度も爆ぜる。掌から子供特有の柔らかさが失せ、同年代の子供と握手を交わせば、顔を顰められるようになった。

 それでも剣を手放さない。数打ちの一品だが、手入れを欠かさず生活を共にした。


 晴れの日も、風の日も、雨の日も、曇りの日も、槍を突く。


 少年の矮躯と長物は、致命的に相性が悪い。突くにせよ、払うにせよ、武器の重量に体が引っ張られる。

 刹那の判断を争う白兵戦において、一挙一動にさえ四苦八苦する有様では新兵以下だ。

 ――体が大きくなれば、筋肉がつけば、それだけで技前は向上する。ならば、暫くは体格に見合った獲物の扱いを学び、その時を待てばよい。

 そのような理論的な考えを、ファーナムは一顧だにしなかった。

 効率も合理も、知らない聞こえない興味もない。どだい英雄とは条理の外側の存在だ。体系化された教育に従っている間は、強者には至れても、その先には決して進めない。


 晴れの日も、風の日も、雨の日も、曇りの日も、弓を引いた。


 視界が不確かとならば、狙いが甘くなる。だから(・・・)日光が照りつき、汗に滲んだ視界で的を狙う。

 飛び道具は射程を確保するために重さが無い。重さが無いから、気流や舞い散る木の葉に軌道を乱される。だから(・・・)、強風に身を晒しながら矢を放つ。

 手に持った剣でさえも、体の震えは業物を(なまく)らにまで零落させる。使い手から離れる飛び道具ならば、その傾向はより顕著だ。だから(・・・)雨粒に打たれたことによる、体の震えを抑える。

 弓矢は繊細な武器だ。だから障害に真っ向から障害に挑み、解決策を体で覚える。

 指が切れようと、爪が剥がれようと、なお弓を引いた。物理的に指が落ちない限り、射ることは出来るのだから、痛覚の訴えを気合で制す。


 斧と、棍棒と、短剣と、槌と、あらゆる武器と向き合った。

 文字通り血反吐をぶち撒ける、過酷な鍛錬を日常的に行い、模擬戦では骨が折れようと血を吐こうと痣塗れになろうと降参しない。狂気的な執念には誰も付いていけず、彼は同年代では頭一つ抜けた戦士となった。


 ――それがどうした。


 『優れた戦士』との評価も『子供にしては』という枕詞が離れない。また、『同年代』というのも正確には『ファーナムの周囲の同年代』だ。

 砂漠一つを手中に収める、アアル王国の領土は広大だ。ファーナムが生まれた時から暮らす、首都(ラムセス)にも未知の場所は無数にある。そのどこかに、彼の知らない、彼と同等以上の子供が埋もれていることは想像するに容易い。

 競い合い、高め合う好敵手(ライバル)の不在は、執念の炎を終ぞ消すことが出来なかった。まだ見ぬ天才秀才鬼才を一人思い描き、修練にのめり込む。


『ファーナム、あんた魔力が宿ってないよ』


 六歳、七歳と歳を重ね、個人の色が出てきたから浮き彫りとなった致命的欠陥。魔術師(父親)の血は大層怠惰だったらしく、その才能は息子に一厘も継承されなかった。

 負傷を回復魔術で癒す。敵の攻撃を結界で防ぐ。武具に魔術を付与(エンチャント)して強化する。

 戦士の本命は武技だが、魔術だって有用な手札だ。魔力を持たず、それゆえに魔術を一切使えないファーナムは片手落ちである。

 英雄になるどころか、落第・劣等生の烙印を押される。


 ――だからどうした。


 魔術師は掌から火を出せる。意思一つで風を吹かせる。手を使わずに土人形を作り、水流を操る。

 成程、確かに凄い。男心を擽られる。

 しかし、火打石を叩けば焚火も起こせるし、風を吹かせたいなら団扇でも煽げばよい。土人形の出来に手作りか否かは関係なく、水の流れなんぞ石ころを積み上げるだけで変わる。

 彼は前世の記憶という形で、魔術の存在しない世界を知っている。神秘の術に頼ることなく、宇宙に進出し、深海に潜った人類の英知を知っている。魔術に愛されなかったことは絶望に値しない。


 本当に辛いのは母親(オリヴィア)の方だ。

 息子の努力を毎日見守り、母親の立場からして欠陥を見過ごすことも出来ず。何度も何度も口ごもった果てに指摘する声は、湿り気を帯びていた。


 ファーナムはオリヴィアが好きだ。女手一つで子を育て、その息子が前世の記憶を持っていることも大きな度量で受け入れる。

 そんな母を泣かせてしまった。全ては、ファーナムが不甲斐ないが故に。ただ『魔力を持たない』だけで『息子の将来が暗い』と不安にさせた。


 ――努力が足りねえ。


 「心配するな」、あるいは「それでも俺は英雄になる」とは口が裂けても言えない。言ったとしても、虚勢としか思われないだろう。

 必要なものは結果だ。結果だけがオリヴィアの憂いを断つ。

 そのために、ファーナムはただでさえ狂気的なトレーニングメニューを増量した。痛まし気に見詰める、母親の視線に気づかないフリをして、一心不乱に鍛え抜く。

 不幸中の幸いにも、魔術を使えず進路が狭まったことで、彼の英雄像は定まった。その身に修めた、武技だけで万難を排す大戦士だ。

 魔術の代用品たり得る道具は持ち出さない。彼が英雄であることに疑義が生じる余地を徹底的に潰す。

 風を、水を、火を、鉄の刃で切り伏せる。魔力の不具を嘲る有象無象を、前人未到の境地に達して黙らせるのだ。


 異世界も、魔術(オカルト)も、神秘も、転生も実在した。ならばきっと、彼の目指す武の頂も存在するはずだ。


 晴れの日も、風の日も、雨の日も、曇りの日も、鍛えて鍛えて鍛えて鍛えて鍛えた。それでも魔力を持った子供に追い縋られ、両者の距離は日に日に縮まっていく。

 神童とまで呼ばれた日は既に遠く、ファーナムは齢十を数えた。


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