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十一話 母の決意

 ベッドの上から動けない少年を、後悔と慚愧の念だけが苛む。

 盗賊団を一網打尽にした達成感など皆無だ。彼らは国境を越え、誘拐を敢行したその所業だけを見れば中々に気合の入った集団だが、組織の質は極めて低い。

 個々人の意識や練度、資金に装備。あらゆる全てが足りていない。王国の女戦士らを出し抜けたのも、ラッキーパンチのようなものだ。


 敵のレベルが低いのだから、それを圧倒することも出来ず。どっこいどっこいの末に辛勝したファーナムの程度も知れる。


 盗賊団の中では、多少腕が立ち、自信満々だった首領の首にも価値はない。

 何故なら彼はチンピラ崩れだ。彼は己を大器だのカリスマだのと驕っていたが、そんなことはない。

 人類愛を謳う光の魔王。全てを愛した金色の獣。女神の愛を振り切り、その玉体を踏み躙る第六天。天の座を目指す魔王に、人類の病を自称する男。宇宙海賊の長。何度勇者に敗れようと蘇り、疫災を振り撒く魔王。悪のカリスマと呼ばれた吸血鬼。戦争を愛する大隊指揮官。

 ファーナムが持つ異世界の記憶。そこに蓄積された、数多の悪役の足元にさえ、盗賊団の長は達していない。彼らが物語の登場人物だから、非現実的な意志の強さを持っているだなんて、惰弱な敗北主義者の論理である。

 人の想像の枠組みさえ超えられぬ者など高が知れている。実在した英雄、偉人などは須らく人の意識をぶっち切っていた。

 井の中を蛙を殺して一体誰に誇れよう。誇った瞬間、ファーナムもまた蛙の仲間入りだ。

 英雄ならば盗賊団の一つや二つ鎧袖一触だったろう。それを夢と掲げるからには、ファーナムも少年だてらに快勝せねばならなかったのだ。


「走り込みからやり直しだな」


 「もっと体を休めろ」と母や幼馴染に拳骨を落とされるのは、この日の夕方のことであった。












 食事の準備を進めるオリヴィアの意識は、目の前の食材には向いていない。

 魔力を持たず、代わりに前世の記憶を引き継いだファーナム。異色の性質の抱き合わせだが、彼を息子と慈しみ、家族と愛することに否やはない。

 魔力零の体質については、彼に責任があるわけではない。誰だって魔力は無いよりも有る方が望ましい。少ないよりは、多くを望む。ファーナムも、好きで魔力に見放されて生まれてきたわけではないのだ。そのことについて彼を追求するのはお門違いである。

 前世の記憶の保持は、「だからどうした」という話だ。別人の記憶を持っているから、生まれてきた(ファーナム)は息子ではないのかという問には、断固として否定する。

 人の魂が、その人の誕生と共に造られたのだと誰が断言できる。多くの人々は記憶を漂白され自覚していないだけで、実は前世の魂を持っているのかもしれない。


 前世の記憶を持っていようが、持っていまいが、ファーナムはオリヴィアが腹を痛めて産んだ。それだけだ。彼が息子で、オリヴィアが母である理由は、それだけで十分なのだ。


 オリヴィアはファーナムを愛している。


 なればこそ、彼の将来を憂慮する。他者に比べて、手札が一枚少ない不利。鍛錬を重ね、それ以外の能力を高めてはいるが、どこまでいこうと手札の空白が埋まることはない。

 一生涯、付き纏う不利をファーナムは背負っているのだ。

 勤勉な亀は怠惰な兎に優る。しかし、勤勉な兎には及ばない。たとえ走る速度が同じであっても、スタート地点でついた差は埋まらない。


 ファーナムは英雄にならんとしている。英雄になるということは、戦場に立つということ。敗ければ死ぬ、とは戦の常識だ。

 魔術を使うのは魔術師だけではない。戦士とて飛び道具として魔術を使うし、狩人は地形の把握や獲物の追跡の補助に用いる。

 魔術に頼らず、五体に刻んだ武力の身で歴史に名を刻んだ英雄は居ない。

 攻撃魔術も防御魔術も補助魔術も回復魔術もその他の魔術も使えないファーナムの大成する未来が、オリヴィアには見えない。彼が戦場に斃れる場面ばかりを想像してしまう。


 アアル王国は強者の国だ。強くなければ生きていけない。だから「強さに意味はない」と騙し、戦場への道を潰すことだけはしない。

 またファーナムは不断の努力によって、それなりに戦える。この調子でいけば、魔物を狩り、日銭を稼ぐ。一角の人物にはなれずとも、一般的な狩人としてならば普通に生きていける。


 だから余計に思ってしまうのだ。英雄など目指してくれるな、と。


 ファーナムには、既にその身を好いてくれる異性がいる。この年で色恋に発展するのだから、大人になってから相手に特別不自由する、ということはないはずだ。

 伴侶を得て、子を為し、家庭を守っていく。ファーナムの手は、その気になれば簡単にありふれた幸福に届く。

 息子の夢を否定すれば、胸が痛む。けれど、危険で大きな夢よりも、安全でささやかな日常を追って欲しいと願うのは、親が持つ当然の権利であろう。


 現にファーナムは、盗賊団との戦いで深い傷を負って帰ってきた。

 英雄たらんとするから、彼は戦う道を選択したのだろう。逆説的に、英雄を諦めて、普通の子供であれば、戦わずに済んだのではないか。大人しく縮こまっている間に救援が到着し、安全に帰宅することが出来たのではないか。結果論だが、斯様な疑念が晴れない。

 しかし――


「――夢を諦めろ、なんて言えるものか」


 子を案じるのは親心、そして子の夢を応援したいのも親心だ。子の夢を潰したい親などいない。

 言うまでもなく、ベストな形は安全に夢が叶うこと。しかし、二律背反の解決案などそう多くあるものではない。


「かといって、加護はどうにもね」


 己の内に力がないならば、外に力を求めるしかない。武具が代表的な例であり、何も恥じることはない。

 ただし、神の寵愛は万人に与えられはしない。神に気に入られた者の、ある種の特権だ。

 生来的に賜っている者も、十人に一人程度の割合でいるが、ファーナムは生憎と九割の側に属する。後天的に加護を得るには、神の目に留まり、認められるだけの偉業を達成するしかない。

 付け加えて言えば、加護にも相性がある。魔術を使えないファーナムが、魔術の神から加護を授けられても宝の持ち腐れだ。彼の夢や体質と合致する加護は、武神の系列であって、それ以外の加護は凡そ使い道に難儀しよう。

 厄介なことに、神は単なるシステムではなく知性体だ。武神、女神、天空神、海神、死神など司る事象によって趣味趣向が分かれる。特定の神の加護を狙って獲得するには、その神の好みを把握し、代価を奉納するしかない。

 武神ならば、嘘偽りの入り込む余地のない御前試合。原始的な闘争の一択だ。無論、無様な敗北は認められない。凄烈な血と鮮烈な勝利だけが奉納するに足りる。


 つまるところ、ファーナムが武神に愛されるためには「魔力は元より、加護もない状態で戦場に立つ」しかない。

 魔力の代替となる力を得て、少しでも戦死のリスクを下げてほしいというのに、酷い矛盾だ。加護を得た後よりも、得る前の方が困難かもしれないあたりが笑い話にもならない。


「私がこれだけ案じてるってのに、一層夢にのめり込むばかりだし」


 親の心子知らず。その状態であれば何と良かったか。

 ファーナムは親の心を知った上で諦めていない。ゆえに、オリヴィアが本心を打ち明けて説得を試みても意思を曲げることはないだろう。


 だから。覚悟を決めなければならない。

 彼が死ぬことがないように、教え、導き、育て上げるという覚悟だ。

 不遇を振り切り、突き進むと決めた息子(ファーナム)のように。不退転の意思と全精力を注ぎ込む。



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