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プロローグ

 アアル王国は砂漠のど真ん中に首都を置く。

 昼は灼熱、夜は極寒。食料も水も乏しい、非常に厳しい土地柄ゆえに、国の規模は大きくない。不毛の大地を誰も欲しがらないために、砂漠を丸々領土としているが、保有する都市はたった一つだ。人口も、国家と呼ぶには小さい。

 しかし、中々どうして弱国ではない。

 砂漠で生き抜くためには力が必須だ。王国の民は、幼少の頃から鍛錬を重ね、漏れなく腕利きの戦士となる。

 王家直轄の戦士団こそ『軍隊』の役割を果たすが、それに属さない民も、他国の一兵卒よりは二枚も三枚も上手だ。

 つまり少数精鋭。ゆえに王国は徹底した実力主義だ。力を尊び、強者が尊敬を集める。


 この風潮は王国の伝統であり文化だが、もう一つ王国には大きな特徴があった。

 即ち女系国家。男尊女卑ならぬ女尊男卑が蔓延ることはないが、男女比は凡そ一対九といった具合に極めて偏っている。

 これも砂漠という土地に起因し、要は『男が九十九人と女一人の国』と『男が一人と女が九十九人の国』のどちらがより多くの子を為せるのかという話だ。

 女の妊娠期間は十か月程度だから、一年につき一回~二回しか出産することはできない。そして、双子や三つ子などの例外を除き、基本的に一度の出産につき誕生する赤子は一人だ。

 毎年一人ずつしか人口が増えない、女一人の国に対して、女が九十九人の国は最大で百人近い子供が生まれる。

 約百倍。大差の二文字で片づけて良い、差異ではない。王国人の特徴的な出生時男女比は、一つの適者生存の形なのだ。


「だから期待しておるぞ」


 残酷な話だが、鳶が鷹を産む事例は極めて珍しい。獅子の子は獅子であり、蛙の子は蛙だ。

 男女が揃えば子は作れるが、弱い子供では長生きできない。強い子供を産むために、親も強さを備えなければならない。

 弱い男の種など不要。そのような代物をばら撒かれては、長い月日を掛けて純化された、王国の『血』が薄れてしまう。然らば、害悪とさえ言える。

 少数の男児は、男児であるというだけで誕生を祝われるが、真に希求される者は『強い男』だ。

 その候補者が登城するとあって、アアル王国四十三代女王ベレニケ・アトゥム・アアルは、唇を端を吊り上げた。


「陛下。彼女らが参ったとのことです」


「通せ。朗報を運ぶやもしれぬ客人ゆえ礼を尽くすように、と案内の者には告げよ」


「はっ」


 格式ばったやり取りは、どうにも肩が凝る。去り行く従者の背を見送ると、ベレニケは玉座に深く腰掛け力を抜いた。

 近年、『強い男』が碌に現れていない。

 『優秀な男』はいる。『勇敢な男』もいる。けれど、王権を使ってでも「種を広く()け」と命じるほどの傑物ではない。

 今は亡きベレニケの夫を最後に早数年。不作が続く中で芽吹いた新芽には、否が応でも期待する。


 元は戦士団に所属した女戦士が、とある魔術師を捕まえ、産み落とした男児。在りし日の女戦士の戦いぶりを知る女王からすれば、彼女が母親と言うだけで血統の良し悪しは論ずるまでもない。


 件の少年は今年で五歳を迎える。ベレニケの一人娘と同い年だ。

 少年が期待に沿う新星であるならば、娘との婚姻を結ばせ、王家に婿入りさせることも吝かではなかった。


「……うぅむ、いやいやいやいや、まだ顔も合わせておらん小僧に入れ込み過ぎじゃな」


 捕らぬ狸の皮算用というやつだ。

 論拠の一つもない未来設計は妄想でしかない。妄想によって、娘の将来、ひいては国の将来を決定することなどあってはならない。

 期待が肥大しすぎていることを自覚し、ベレニケは一人、胸を落ち着かせる。


 女王が年甲斐もなくはしゃぐ間に、従者が帰還する。壁際に控えると、それきり石造のように微動だにしない。

 次いで、それから幾何も経たずに客人が玉座の間に到着した。

 扉越しに入室の許可を与えられ、姿を現した者は三名。

 一人はベレニケの配下であり、此度の案内役だ。

 二人目が長身の美女。狩猟にて生計を立てていると人伝に聞いた通り、戦士団を引退した身でありながらも、引き締まった肉体美は健在だ。

 旧知の者の変わらぬ姿を、内心で祝いつつ、ベレニケは本命たる三人目の入室者へと視線を滑らせた。

 背格好は平均的だ。母親譲りの美しい金髪金眼以外は特徴も特長もない。

 初めて訪れる宮殿に興味が湧いたのか、目線はキョロキョロと上下左右に動き回る。『市井で育った五歳児』として見れば、当然の反応である。

 もしもこの年齢で礼儀作法を弁えた振る舞いを見せたならば、頭の出来は有望だったのだが、外見と同じく知性の方も年齢相応らしい。


 ただ、度胸はある。

 宮殿という場所で、目上かつ年上の大人に囲まれて委縮しない気骨は好ましい。


「久しいのぉ、オリヴィア。歓迎するぞ」


 と、挨拶もそこそこに早速本題に入る。


「そこな童が?」


「はい。私の息子のファーナムです」


 少年の身元は自明だったが、オリヴィア・クセルクセスの紹介の声があると、感慨の一つも生じる。

 名を知ることは、人を知ることの第一歩だ。逆を言えば、名を知る前の分析は、分析の真似事に過ぎない。

 ベレニケは改めて少年(ファーナム)を見遣る。


「汝も名くらいは知っておろう、儂がこの国の女王ベレニケ・アトゥム・アアルじゃ。

 今日は汝の為人を知るべく呼び寄せた故、忌憚なく対話しようぞ」


 目的の沿うならば、対話の形はやはり質疑応答であろう。ベレニケが問い、ファーナムが答える。それを繰り返し、女王はより広く深く少年について知ることが出来る。

 そもそも五歳児に会話の舵取りを任せるなど常識的にあり得ない。感情のままに生きる幼子の行動は、人生経験豊富な大人を以てしても予測が難しい。その舌鋒たるや、年頃の少女以上に話が飛ぶし、話題が急転換する。

 ベレニケは女王として多くの職務を抱える身だ。対話が迷走し、時間を無為に潰すことだけは避けたい。そのために、主導権は握っておかなければならない。


「まずは好物でも聞かせておくれ」


「蛇肉を焼いたやつが好きです。弾力があって、噛む度に味が染み出してくる。おふくろの雑な味付けでも美味いんだから、蛇肉はマジでスゴイ」


「余計なことは言わんでよろしい」


 ゴツン、と鈍い音を立てて、少年の頭頂へと落とされた母の鉄拳。ファーナムは熱烈なファーストキスを石床へと捧げる羽目となった。

 母子の教育指導を挟み、ベレニケは次の質問へと移る。


「ならば趣味は?」


「修練です。体を鍛え、技を磨く。日に日に自分が成長していることを実感できるから、めっちゃ楽しいです。夢を叶えるために必要なことでもあるから、モチベーションは常にマックスですよ」


 年齢からして、戦士になるための鍛錬を始めたばかりだろう。

 学ぶべきことの多い初心者の時期は、最も成長を実感できる時期だ。人によっては、厳しさや苦しみに楽しさが優る。子供の時分には、ベレニケも鍛錬を娯楽のように捉えていた節がある。

 ならばこそ、彼の夢が気に掛かる。夢とは、憧憬であり目標だ。

 かつてのベレニケが女王となるべく強さを欲したように、戦士が外敵を屠るために鍛えるように、狩人が獲物を仕留めるために腕を磨くように。

 『強さ』という手段こそ同一であれ、目標の違いによって生き様はガラリと変わる。夢にこそ、人の個性は現れる。


「汝の夢とは何ぞや?」


 虚偽も誤魔化しも不要だ。また、ベレニケは子供の浅知恵に振り回される女ではない。真意を余すところなく看破する。

 視線の温度を下げる女王に臆することなく、ファーナムはカッと目を見開いた。

 その背からは気炎が立ち昇る。夢に懸ける熱情が氾濫した。


「ハーレムを作ることです!!!!」


 恥じぬ、媚びぬ、省みぬ。

 堂々とした少年の宣言が、玉座の間に反響する。

 顔面を蒼白にする母親(オリヴィア)と、呆気に取られる女王とその従者一同。彼女らの当惑を他所に、ファーナムは熱弁する。


「ロリからお姉さん。貧乳から爆乳。長身から低身長。白肌に褐色肌、短髪と長髪。清楚からエロエロまで!

 ありとあらゆる性癖を満たす酒池肉林の構築! わが夢はこれをおいて他にはない!!」


 勇者(バカ)だ。紛れもない勇者(バカ)がいる。

 王国史上――否、おそらくは世界的に見ても、王との謁見の最中に色欲を詳らかにした男はいないだろう。


「そのために、俺はこの国で英雄となる!」


 純度百パーセントの不純。ある意味、純粋な動機で夢を掲げる少年は、この日この場で最も生き生きとしていた。



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