LINK TO THE FUTURE
「えっと、妹の明音と兄の歩生、兄嫁の公香ちゃん、あと両親で実家は5人暮らしですね。兄と父は海外に行って居たり居なかったりですが」
「手土産は切り分けられるフルーツのほうがいいかな?」
「適当でいいですよ。何を持っていこうと女性陣は喜びます」
「男性陣は?」
「考えなくていいです。揃って皮肉屋でどうせ喜ばないですから」
次の週末うちの実家まで湖出さんが挨拶に行くことになった。
結婚する、となるとやはり避けては通れないイベントなわけで、正直気は進まないけれど仕方ない。
「私たちも手土産かぶらないようにしないとね」
「ワインなんかは高いの飲み慣れてそうだし日本酒かな?」
「好みじゃなくても料理には使えるしいいと思うわ」
その相談に宮山さんと先輩の夫婦も参加している。
私たちの仲人ということもあるし、成り行きで結婚後に同居することになってしまったからだ。
実際新居については悩んでいたけれどまさかこうなるとは思っていなかった。
現在私が住んでいる職場まで徒歩圏内のマンションは就職で実家を出る際に両親からプレゼントされた部屋だ。
家はやるから出ていけという親の強い意志を感じるが朝はゆっくり寝て満員電車に乗りたくない私にとっては大事な自分の城である。
しかし結婚するとなるとふたりで暮らすには絶妙に狭く、かといって同じくらいの通勤時間の部屋を借りると賃料が高い。
なにかを我慢しなければいけないし、一緒に暮らす湖出さんの希望だって大事。
というわけでまだ先の話だしとなんとなく思考を遠くにやっていたところで先輩に同居を打診されたのだ。
流石に新婚で同居はと渋ったけれど話を一応聞くとどうやら隣の県で中古の二世帯住宅を買うつもりらしい。
いい物件でお買い得なのよと見せられた家は確かに中古とは思えないきれいな家で庭も広い。
駅までも遠くないし、駅前には大きなショッピングモールがある。
「私も旦那も車通勤するつもりだから石岡ちゃんと湖出さんをそれぞれ同乗させて出勤可能よ」
最終的にこのセリフで私は陥落した。
満員電車に乗らなくていいし、うとうとしてても職場まで連れて行ってもらえる。
先輩とは同じ部署なので帰りも大体一緒だ。
なお見た目は完全分離型の二世帯住宅なのに中には行き来可能な内扉があるらしい。
そのせいで建てた人は殆ど住むことなく家を手放すことになったとは先輩が不動産屋さんから聞いた話。
いや嫁姑問題って怖いね。
少し前に湖出さんのご両親にはご挨拶しに行ったけれど下にも置かない歓待を受けてしまった。
とても優しくしてもらったし心配はなさそうだ。
結婚できるとは思ってなかった息子が結婚前提の恋人を連れて帰ったため祭り状態になったと湖出さんは言っていたけれど湖出さんは素敵な人だからそんなことはないと思う。
二世帯同居について湖出さんもわりと乗り気だった。
同じプロジェクトのディレクターとメインプログラマーが同居なんて仕事を持って帰りそうな予感しかないから仕事しすぎないように注意して見る必要がありそう。
トータルで見て部屋を借りるよりは安く広い家に住めるから先輩の誘いは私たちにとっても良い話だ。
その……家族が増えるようなことがあっても引っ越さずに済むくらい充分な部屋数があるわけだし。
さ、流石にそんなすぐ増えたりはしないと思うけど!
そんな訳で先輩たちも挨拶に同行する運びとなった。
気が進まなくても2対5より4対5のほうが心強いし、いずれしないといけないならさっさと終わらせてしまうのがいいだろう。
事前に仲人も連れて行くと連絡をしていたため両親と兄は完全な外面モードで出迎えてくれた。
明音は普段と違う雰囲気にちょっとそわそわしていたけれど。
兄さんが結婚するときは相手が私の幼馴染の公香ちゃんだから全員顔見知りだし改めて挨拶って雰囲気でもなかったしね。
あと先輩夫婦同行というイレギュラー効果もあるかも。
両親ともに私の結婚に異存はなく、表面上は和やかなので湖出さんも安心したらしい。
しかしそろそろ兄がリラックスして余計なことを言う頃合いだから私は警戒したままだ。
いざとなったら湖出さんを守らなければ。
それにしても実家を出てからほとんど帰ってないせいなのか実家の居心地が悪い。
今いる応接間に馴染みが薄いせいかもしれないが。
私がいた痕跡なんて目に見えるところに残ってないだろうし。
思えば存在感を消すように暮らしていた窮屈な家だ。
もう無い私の部屋だって私の居場所にはならなかった。
今住む家は私の城だ。
結婚するだなんて去年の今頃は思いもしなかったしずっとひとりで住んでいくのだと思っていた。
新しい家に私の居場所は作れるだろうか?
湖出さんも宮山さんも先輩もすごく仕事ができる人だ。
多分家でもきちんとしている気がする。
私は仕事を頑張っているけれどそこまで優秀ではないと思う。
家事に自信もない。
優秀な人の中で私だけがダメって……実家にいたときと同じじゃない?
「石岡さん、もしかして具合悪い?」
考え事をしていると耳元で湖出さんがそう囁いた。
「いえ、大丈夫です」
「顔色良くないよ。ご挨拶は済んだしそろそろお暇しようか」
そうだろうか?
自覚はないけれど……視線を先輩に投げると私の顔を見た先輩が頷いた。
「そうねちょっと調子が良くないみたい」
別に長居したい場所でもないし帰れるなら具合悪いってことにしておこう。
父にそろそろ帰る旨を伝えようと口を開きかけたところで、兄が割り込んできた。
「湖出さんと水鳥はこれから結婚しようという間柄なのに随分他人行儀ですね?」
「そうでしょうか?」
「失礼ながらとても好きあって結婚する恋人同士には見えないです」
そんなことない。
最初は私が強引に迫ったけれど湖出さんはちゃんと好きって言ってくれた。
「湖出さんであればこんな不器用で見た目しか取り柄のない妹じゃなくとももっといい相手がいるでしょう?」
思わず両手に力が入る。
だって私も同じことを思ってるから。
私なんかじゃ釣り合ってない。
たまたまライバルがいなかった私は運が良かっただけって。
「……歩生さんは妹さんをとても愛していて、心配しているんですね」
声を荒げるようなこともなくゆったりと湖出さんはそんなことを言い出した。
兄が私を愛してる?
ずっと私を馬鹿にしていた兄が?
「口を挟むタイミングが随分不自然でしたよ。今までもこうして先回りして水鳥さんが過剰に傷付かないように憎まれ役をしていたんですか?」
「それは穿ちすぎでは?」
「そうですね、これは僕の妄想かもしれません。ただこの場でどんなに言葉を尽くして否定しても歩生さんの不安はきっと解消されないでしょう。僕たちは今日が初対面なんですから」
湖出さんはずっと穏やかで、兄は見たことのない複雑な表情をしている。
「僕は水鳥さんより随分年上で心配される気持ちはわかります。だから気になることがあればこれからいくらでも僕にぶつけてください」
「湖出さんは……随分自信があるようですね」
「ありませんよ自信なんて。だけど……僕と水鳥さんは見ず知らずの他人から縁あって始まってこれから家族の形を作っていくんです。血が繋がってないからこそいくらでも話し合って試行錯誤していきます」
気付けば強く握りすぎて白くなった私の手に湖出さんの手が添えられていた。
あったかくて安心する手だ。
「僕は水鳥さんとならそうやって家庭を作っていけると信じてます。不器用だったとしても努力家で芯を持った水鳥さんが僕にとって最良の人です」
面食らったように口を結んだ兄とは対照的に明音と公香ちゃんは小さくきゃあと声を上げた。
「お兄ちゃん聞いた? お姉ちゃんものすごく愛されてるじゃん」
「ほんと、水鳥ちゃんったら知らない間にいい人に巡り会ったのねー」
兄を小突きながらそんなことを言う公香ちゃんなんて初めて見た。
小さい頃は憧れの先輩みたいな目で兄を見ていたのに、知らないうちにパワーバランスが変化したらしい。
「あーその……失礼なことを言って申し訳ありませんでした。出来が悪くて自慢できるようなところがない妹でも……大事にしてくれたらそれでいいです」
「嘘よ水鳥ちゃん。歩生さんったら水鳥ちゃんが出たCMは録画してるし、写ってる販促ポスターも伝手で手に入れたりしてどう見てもシスコンよ」
「公香!」
なんだろう?
今も実家は私の居場所ではないと感じるけれど、私の空けた穴に公香ちゃんが入ったら私にとって少し居心地のいい場所になったような気がする。
また顔を見せに来てもいいかなと思えるくらいには。
兄と父が不在がちなこの家で公香ちゃんが沢山頑張ったのかもしれない。
男性陣ほどではないにしろ母も妹も多忙だ。
昔からの付き合いがあっても衝突だってあっただろう。
私が家族に対してできなかった努力を公香ちゃんができたのは兄と家族になろうとする強い意志があったからだと思う。
湖出さんの言った「家族の形を作っていく」ってこういうことなのかもしれない。
そして私となら作っていけると信じているって湖出さんは言ってくれた。
私も湖出さんと……求朗さんと協力して新しい居場所を作っていこう。
求朗さんとならできると今なら信じられるから。
「石岡ちゃん。朝より顔色が良くなったみたい」
帰り道で先輩にそんなことを言われた。
「朝から悪かったですか?」
「今日一番余裕がないのは石岡ちゃんかもしれないと思うくらいには」
「そうですか」
実家に対する苦手意識が顔に出てしまっていたのかもしれない。
「……良かったね、色々と」
「そうかもしれないですね、色々と」
全部が全部きれいになったわけじゃないし、実家に対する嫌な思い出も残っている。
だけど少しだけ心の整理はできた。
まだ今日は剥がれなかった父の外面が剥がれたら面倒そうだとか、兄に対する不信感はあるけれど。
そういうのも少しは飲み込む余裕ができたかもしれない。
「俺は貴子さんと湖出があの家で平然としていたことが信じられないんだが。まだ緊張がとけない」
今日口数が少なかった宮山さんがそんなことを言う。
「お茶の味がわからなくなるくらいには緊張してたわよ? 座ってたソファーも出された茶器も超高級品なんだもの」
「それなら喫茶店に寄って行きませんか? 大学生の頃に私がよく行っていた落ち着く店が近くにあるんです」
「それがいいわ。石岡ちゃんのおススメも教えてね」
ふと、今のこの空気がしっくりきた。
一緒に住んだら先輩たちも家族みたいな存在になっていくんだろうなってそんな予感だ。
「求朗さんも……一緒に行きましょう」
「もちろん喜んで」
大変ありがたいことに第9回ネット小説大賞の二次選考を通過することができました。
応援していただいた皆様のおかげです。ありがとうございます。
今回は現在連載している十数年後の宮山家と湖出家の話に繋がる小話です。
設定を作るだけ作って公開する機会がなかったドードーさんの家族をようやく出せました。
もしよろしければ「幻想乙女工房」も覗いてみてくださいね。