打ち上げと帰り道
レストランを貸し切っての立食式の打ち上げということで、普段より気持ち華やかな色の服を着てきたけれど落ち着かない。
こういうときに先輩のように似合う色をぱしっと着こなせるようになりたいけれど、店員さんの言いなりにならないと服のセンスに自信がない私はおかしい服装をしそうで不安だし、大人はなかなか難しい。
しかしこの場において私は賑やかしみたいなものなのでひっそりと片隅で目立たないようにシャーリー・テンプルを飲んでいる。
ノンアルコールカクテルはお酒飲んでる風に見えるからいいよね。
あ、ここから遠目に見えるのは湖出さんだ。
話してる相手も見覚えあるけど、この前の機材トラブルのときに鉢合わせした人かな。
ぼんやり眺めていると目が合ったので、会釈だけしておく。
この前の人も私に気付き、なにか湖出さんにしきりに話しかけている。
はて、なんだろうな。
でも湖出さんは笑っているから、悪口とかそんなことではなさそうだ。
それにしてもご飯美味しいなあ。
上手く空気を維持しているので誰も話しかけてこないし、心ゆくまでご飯を食べられる。
「石岡さん」
「……湖出さん。お久し振りです」
横からいきなり声をかけられて、食べ物が喉に詰まるかと思った。
「あっちに、ローストパースニップのハチミツがけがありましたよ」
いたずらっ子が内緒話をするように、こっそり教えてくれた。
メニューにパースニップがあったから、わざわざ私を探してくれたようだ。
「本当ですか!」
教えてもらって大変ありがたい。
なんだかんだとまだパースニップを食べたことないし。
「あちらでは、ずいぶん思い切ったことをしてましたね」
「最近もわりとのんびりプレイしてますが?」
「マンドラゴラを同業者が使うように仕向けたでしょう? 独り占めしても誰も責めたりしないのに」
あれは自分としてはそこまで思い切ったことでもない。
名士の領主クエストみたいなごく限られた条件でしか農家が儲けられない状況より、頑張ってお金を貯めて種マシンを買い、品種改良までなんとか辿りつけば恒常的に儲けられるようになるという状況に変えたかっただけだ。
そのほうが絶対……
「面白そうだったので」
「相変わらず楽しんでいただいているようでなによりです」
ローストパースニップは良いものだった。甘くてほくほくとしていて、ハチミツがかかっていたしデザート扱いだったのかな。
ちょっとパースニップはお高いけれど自分でも買って作ってみようかしら。
ただ、誰も手を付ける様子がないのでもりもり食べたいけれど、たくさん食べるとおなか壊すんだっけ?
ひとり暮らしだと消費大変かなあ。
またのんびりと周囲を眺めて、顔を真っ赤にしながら三浦先輩に付き添っている宮山さんを見かけてにやにやしたりなどをしている。
滅多に見られない着飾った先輩に照れているのか、大ザルの先輩と同じペースでお酒を飲んでしまったのか。真相は不明だ。
そういえば宮山さんが先輩にした告白の言葉、次の開発をするときにって言ったらしいけど、メサルティム第2世代の計画でも持ち上がっているのかしら?
ゲーム会社だし他の端末の開発もしてるかもしれないけれど、先輩の専門を考えたらメサルティム関連だよね?
いつになるかわからないけれど、そのときはまたうちにも話がくるといいな。
今度はプレイヤー目線も持っているから、もっといい素材を提案しなきゃ。
次はなにを食べようと考えていたら、ぱらぱらと帰り始める人がいることに気付く。
既に打ち上げは閉会していたようだ。
マイクを片付けてるから挨拶があったのだろうけれど、食べ物のことで頭がいっぱいだったせいか全く聞こえなかったし。
仕方ない。手に持ったドリンクを飲み終わったら私もお手洗いに寄って帰ろう。
明日も平日だし、仕事だし。
そして戻ると会場はすっかり人が居なくなっていた。
波に乗り遅れやすい鈍臭い私にはよくあることだ。
大して気にせず外に出ると、それはもう結構な雨が降ってきていた。
「天気予報で言ってたっけ?」
帰路の途中に会社があるから、寄れば置き傘を使えるけど、ここから会社まで走っても結構濡れるので傘は意味ないな。
どうせ普段使いの服でもないし、濡らしても問題ないか。
さっさとクリーニングに出しちゃえばしみになったりもしないでしょ。
「お疲れ様です、石岡さん。傘無いんですか?」
駆け出す準備をしていたら、店から出てきた湖出さんに声をかけられた。
「お疲れ様です。会社まで戻れば傘あるんですけどどうせ濡れるからもう走ってしまおうと思いまして」
「……3月にずぶ濡れになるのはお勧めしませんよ。会社まで傘をお貸ししましょうか。今ちょうど、長傘と折り畳みを持っているので」
なんとも都合の良い話。
会社までなら駅の方向だし、お借りしてもそんなに問題ないだろう。
「では甘えさせていただきます」