農民はじめました
ええと、それでどうするのだっけ?
確かゲーム内デバイスにアクセスするのよね。
●所持金 500レント
初期装備はただの服っぽいし、しばらくはこのままだし見なくてもいいか。
それでデバイス内のショップに行って、職業の初期セットを買う、と。
この農民初期セットって書いてある100レントのアイテムか。
▼古いシャベル
▼古いジョウロ
▼古い携帯ストーブ
▼パースニップの種×10
他のアイテムの単価はわからないけれど、このパースニップの種の単品が10レントと書いてあるから、このセットは多分お得なのだろう。
選択して購入すると手の中にアイテム袋が現れて、農民初期セットの表示がグレーアウトした。初回購入のみってことらしい。
次は、農地を探す?
ここは見るからに道路だから農地作ったら駄目だよね。
周辺を見回すと平地に畑が点々と見える。この辺りは人気なのかな。
もう少し奥の方で、他の農民さんの邪魔にならないように選ぼう。
しばらく歩くと畑の数は減っていき、ついに誰の畑も見えなくなったのでこの辺りで探すことにした。
この辺りは街路樹のように木々がトンネルを作っていて、少し薄暗い気がする。
日当たりは大事、だけどこれはゲームだからあまり関係ないのだろうか?
でももう少し奥に行ってみようかな。
少し空気がひんやりとしてきたのは高原エリアに近付いたのかもしれない。
私の初期開始地域は農業に適した平地と高原がメインのスプリングポップだ。
ドーナツを四分割したように春、夏、秋、冬をモチーフにした地域が繋がっていて、この広い高原地帯の先にはウィンターロックという冬の地域があるのだという。
反対方向には夏のサマーソウル、お向かいには秋のオータムアリア。それぞれ気候や植生が違うみたいだけど、どの季節の作物も農民ならばこの地域で育てられるようだ。その辺りはゲームっぽい割り切り方ね。
高原からの風が入り込む辺りに少し荒れているけれど整備すれば良い農地になりそうな平地を見つけた。
周囲には人の気配がないし、多少ドジをしても誰にも迷惑をかけなさそうだから、ここを私の農地にしよう。
雑草を取り払わなくても良さそうな狭いスペースを見つけて農地に指定すると、地面に縦2マス横2マスのガイドが表示された。
ここを古いシャベルで掘り起こして、パースニップの種を蒔き、古いジョウロで水をかける。水はいちいち汲みに行かなくてもいいみたい。便利だね。
種を蒔いた場所を調べると「ドードーの農地 パースニップ 収穫まであと2日」と表示されて、笑みがこぼれる。
現実ではあり得ないスピード収穫だけど、2日ならば枯れることなんてないだろう。
現実世界の6時間がエルムジカでは1日だから、12時間後に収穫できるってことだよね。
でも周囲は夕暮れっぽくなってきてるし、日を跨いだら1日カウントされるような気もする。
一度ログアウトして、日付変わった辺りで水をやりにきて、そのままのんびり周囲の雑草でも抜いて待とうかな。
夜の時間帯に知らない世界で過ごすのはちょっと怖いし、セーブを選んで一旦ログアウトすることにした。
……ちょっとやってみただけだけど、すごいな最新技術。
私の頭に合わせて変形した枕は一度も私の頭からずれることはなかったし、ゲーム中の空気感というか風が頬を撫でる感じなどは本物の世界のようだった。
このメサルティムを作る人なら、うちの会社の他の技術盛り込んだらもっと面白いものを作ってくれそうだな。
純粋なプレイヤー目線と、メサルティム制作にちょっと関わった人間の目線でメモをとるようにしよう。
フィードバックしたらこれからの更新に反映されるかもしれないし。
部屋の掃除をしていたら昼になったので、そろそろゲーム内も日付が変わっただろう。
正月前なのに手軽だからと焼いた餅をゆっくり食べて、牛にならないよう注意しながら私は再度寝転んだ。
ログインして目に飛び込んできたのは日の出に照らされて輝く広大な大地だった。
「きれい……早くこの場所を緑でいっぱいにして、夜明けを見てみたいな」
千里の道も一歩から。畑を確認すると植物の芽が生えて土が乾いている。時間じゃなくて日付で数えるみたいだね。
つまり6時間後には収穫できているはずだ。
予定通り畑に水をやって、周囲の雑草を抜いていくことにした。
――農民レベル2に上がりました――
1時間ほど雑草を抜いていたら、アナウンスが流れてきた。
手を止めてステータスを見ると、確かにレベルの項目が1から2になっている。
このレベルを上げていくと農地が増えるんだって。どこか指定すれば新しく2マスの農地を得られるらしいけど、とりあえず最初のパースニップが収穫できるまでは保留しておこう。
――農民レベル3に上がりました――
2時間後、再度レベルアップのアナウンスがきた。
このレベルアップでまた2マス農地を得られるから、最初の農地が倍になったね。
なんか順調な感じがする。
このまま雑草抜きに専念しても良いけれど気付けば辺りは暗くなり始めていた。
抜いた雑草に使い道があるのか考えながら、まとめていく。
荷物なんて全然ないからアイテム欄っぽいところに入れておけばいいよね。
畑の芽は大きくなって、立派な葉っぱになっている。
にんじんの葉っぱに似てるかな?
パースニップってどんな野菜なんだろう。食べたことも見たこともないけど、名前はなんとなく知ってるから実在はするんだよね?
わくわくしながら今日は日付が変わるのを待つことにした。
ちょっと肌寒くなってきたから古い携帯ストーブを使おう。
椅子もなにもないわけだから地面に座るしかないんだけど、それも少し楽しい。
雑草を抜いたところは小石も除けたからお尻も痛くないし。
日の出の壮大さに負けないくらい、夜の星空もすばらしいものだった。
試しに携帯ストーブの火を消してみたら、星の海と暗闇の境目にひとり浮かぶよう。
子供の頃に行ったプラネタリウムよりも幻想的だ。
ずっと夜空を見ていたら流れ星とかもあるのかしら?
時間を忘れて星空に浸っていると、どうやら日付が変わったらしい。
コルク栓を開けたときのような丸くて乾いた音がして、畑がうっすらと光り始めたので慌てて携帯ストーブを着けなおした。
畑を調べると「ドードーの農地 パースニップ 収穫可能」と表示されている。
恐る恐るよく茂った葉っぱに手を伸ばして触れると、引っ張らなくても畑からパースニップらしき作物が抜けた。
なんというか、白くて大きめのニンジンみたいな見た目だ。
収穫した作物を調べると「パースニップ 品質★1」と表示される。
えっと加熱すると美味しいって書いてある。大体どの野菜も加熱したら美味しいよ。
デバイスの中に案内がある「農業組合」ってところで作物は売れるらしいけれど、たった4本でも私が育てて初めて収穫できたパースニップを売ってしまうのは勿体ない気がして、全部携帯ストーブで焼いて食べることにした。
生憎包丁もナイフもないのでそのまま炙って、良さそうなところで火から下ろしてかぶりつくと、ちょっと青さを感じる香味と甘みが口の中に広がった。
本物のパースニップは知らないけどゲームのパースニップ美味しい。
品質★1ってことは品質上げるともっと美味しくなるのかな?
ちょっと品質上げて食べ比べしたいわね。
あっという間に4本の焼きパースニップを食べ終えると、雑草抜きにより減っていた体力ゲージが半分程度回復していた。
なにか食べると回復するようだ。
じゃあ次は農地を増やして、種を買い足して8本のパースニップを育てるか。
と思っているところでアナウンスが流れてきた。収穫したからレベル上がったね。
――農民レベル4に上がりました――
――スキル「緑の歌」を覚えました――
……スキルってなんだろう?