開発チームは光を浴びた
来社したグッスリの人々を見えなくなるまで見送って、建物の外へ出たことを確認してから、にやけ面で俺を見ている有賀へ詰め寄る。
「わかってて組んだだろ?」
「いやあ、ここまで反応してくれて嬉しいよ」
本日来社されたのはグッスリの広報さんと睡眠カフェ部門の方、それからメサルティム開発に携わった三浦さんと、後日インタビューを受けてくれるという注目のプレイヤー石岡さんだ。
今までメサルティム関連の窓口は宮山に一任していたから俺にとっては全員が初対面だった訳だが、石岡さんはやばい。
俺、あの人にインタビューするの?
当日ぐだぐだな状態でインタビューする自分の姿が見えるようだ。
有賀の野郎、絶対に狙ってこれを企画したに違いない。
「グッスリさんって入社基準に見た目とかあるんですかね?」
「オーラが、オーラがうちと違い過ぎる……」
光を浴びたアンデッドのように同席したメンバーたちが蠢いている。
見た目もそうだけれども寝具メーカーだけあって寝不足の人はいないと言わんばかりの健康そうな人々に、我々不健康チームが押し負けてしまう気持ちはよくわかる。
「しかし石岡さんはすごかった。俺あの人が布団の精だって言われたら信じるもん」
「包容力を感じる癒しの波動直撃で今晩はよく眠れそうです」
「若いのに動きや喋りのテンポがゆったりした小さいおばあちゃんみたいで、めちゃくちゃ和みますね。実家のおばあちゃんもあんな感じでした」
各種感想にはかなり同意するが、俺は個人的な苦い思い出を呼び起こされたため癒しよりも精神的疲労の色が強い。
あそこまで美人ではなかったけれど、石岡さんは学生時代に片思いしていた同じサークルの先輩に雰囲気がよく似ている。
大学が同じだった有賀は当時先輩を想うだけで何一つ伝えられなかった俺の姿をまだ覚えているのだろう。
それだけなら、苦さまでは感じなかったけれども。
違うサークルだった有賀も「その後」のことは知らないだろうし。
あとでインタビューを対面ではなく、エルムジカの中でさせてもらえないか企画部に交渉してみよう。
個人的な感傷で大事な広報企画をぐだぐだにしてはいけないからな。
「それにしても、プロバのクエストってあんなに簡単に出ましたっけ?」
「いや? 何回か顔を合わせて、その度に高額な買い物をしないと発生しなかった筈だよ」
先日行商人の情報を出したところ、狙い通り街にやってきたドードーさんのプレイについての話題に移ったらしい。
まさか一発で産業革命クエスト引き出して、一区切りのところまで進んでしまったのは想定外だったけれども。
「協力会社に配布した非売品初期ロットのメサルティム使うとNPCの好感度が微妙に上がるんだっけ?」
「でもあれは微妙に上がる程度じゃ発生しないですよ」
「持ってるアイテムと、あとプレイスタイルのせいかもなあ。アイテム欄にクリア条件のアイテム両方持っていたし、あの人モンスターも人も殺さず、販売は上乗せせずに全て原価、取引で暴言吐かれても言い返しもせずにそっとブロックしてただろ? 歌スキルもあるわけだからNPC目線では精霊の御使い並みの善人として映っているのかも」
「信仰心強いからなあエルムジカのNPC」
「それで、これは修正しますか?」
修正、ねえ。
NPC好感度が微増なんておまけ程度の効果しかないわけだし、もうクエストは始まってしまっている。
そして彼女がゲームで築き上げてきたことの結果が相乗効果として現れたのならば、修正すべきではないだろう。
別にNPC好感度が低かろうが条件さえ満たせばいつか誰かが必ず発生させていたわけだし。
宝箱からドロップする装備以外は、防御力と耐久力しか設定されてなかった世界に、これからステータス補正が入る装備が出回るようになる。
モンスターも少なく戦闘と攻略をメインに行っている層が赴かないスプリングポップからだから、最初はそれほど注目されないかもしれないが。
けれどプレイヤーもNPCも生産職が多いスプリングポップだからこそ、新しい技術が提示されれば効果を高めるための研究競争が始まる。
それはいずれ最前線を行くプレイヤーが無視できないものになっていくだろう。
産業革命はまだ終わりではない。
次が発生したら今まで殆ど行われていなかった他業種との連携も求められるようになる。
産業革命2発生条件を満たすまではまだしばらくかかる見込みだ。
それまでは些細な修正なんて言わず、ただ世界の流れに身を任せてみよう。