エルムジカ開発チームのワンシーン
「こいでさーん、2月になったらバレンタインにかこつけて衣装配布しましょう、衣装」
プログラミング部隊からそんな声が上がったのは1月も中旬に入ってからだった。
日々忙しいのにやる気だな。
「いいけど、今やってるモンスター討伐イベントが終わったら、今度はバレンタイン料理祭だろ? そっちにそんな余裕ある?」
「なんのステータスもない見た目だけの衣装、ガワを変えるだけなので余裕です。それに衣装は二の次三の次で未だに初期の布の服でいるプレイヤーを着替えさせてあげたくないですか?」
そう言われて脳裏に浮かぶのはあのプレイヤーだ。
恐らくこの場にいる全員が同じプレイヤーのことを考えている。
なにせ初めて歌スキルを見つけたプレイヤーで、未だに唯一のプレイヤーだ。
そしてメサルティム開発の協力会社の人間で、こまめに感想や要望を送ってきてくれる。
現在チームの注目度で言ったらナンバーワンだろう。
「そういえば先日の工場視察で、グッスリの三浦さんにドードーさんが同行してたよ」
営業の有賀が注目プレイヤーの名前を出すと、一緒に行っていた宮山も同意するように頷く。
Good Sleep Water Sheepの三浦さんというと枕の素材と機構へのこだわりが凄かった女性か。
ナノマシンを緻密に織り込んだ人工繊維の表面と、ナノマシンで制御する髪の毛より細い金属線を合成した綿の話を、大層艶っぽい様子で語る様子が印象的だった。
「ゲームのドードーさんの雰囲気は三浦さんに似てたのでそんな感じかと思ってたけど、三浦さんとは方向性の違う美人さんだったね」
「俺は実際会ってちょっと納得したな。彼女、ギルドで交流する気配も攻略サイトに情報を流す気配もなかったから意図的に隠してるのかと思ってたけれど、あれは元々電子機器に苦手意識を持ってるタイプに見える。ゲーム経験も少ないんじゃないかな?」
ゲームに馴染みがないと聞いて宮山の言う現実のドードー嬢が少し気になる。
「なんせ視察中のメモ取りが全部紙のメモ帳に筆記だったからね。案内してくれた工場長が古いタイプだったのかそれ見てわかりやすいくらい機嫌が良くなってたよ。お陰で有利な条件で納期の前倒しができたから石岡さん様々だよ」
「宮山が言う通りのタイプなら、電子機器を苦手とする人が楽しんでくれるデバイスを開発できて良かったと思うよな」
そう言うと宮山も強く頷いた。メサルティムを企画して作った人間としては感慨深いだろう。
ゲームの操作に苦手意識を持つ人をうまく取り込めば、プレイヤー人口も増えるしな。
「服をプレゼントするのもいいけど、自分で選んで見た目を変える楽しさも味わって欲しいんだよな。折角衣装のデータは色々用意されているわけだし」
「今ドードーさん結構お金持ちですよね? プロバの登場条件満たしてません?」
開発チームの一員から行商人NPCの名前が出てきた。
そのときの所持金によって会える結構レアめのキャラだ。
「あーそうだな。でも彼女、街があるってことに気付いてるのか?」
「それなら公式でちょっと情報出しますか。所持金が一定以上貯まると、街に行商人がやってきて、値段は高いけど通常ショップよりいい道具を売ってくれるって」
そのくらいの情報なら全く問題ないな。
プロバはお得意さんになると色々教えてくれるタイプのNPCだから、ゲームに馴染みがないプレイヤーには打ってつけだ。
……その登場条件の所持金が50万レント以上だから全く初心者向けの情報ではないけどな。
誰だそこの調整したやつ。
ふと視線を感じてそちらを見遣ると、有賀がなにか悪い顔をしている。
あいつの言うところの「面白いこと」を思い付いた顔だ。
付き合いは長いし、営業の腕は確かなんだが、あの顔をしてるときは気を付けて見ておかないと、なにかの企みに巻き込まれるぞ。