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この世界はラノベなんかよりよっぽど面白いっ!  作者: 御堂寺祐司
■第一章 『平穏。平凡。退屈なぐらいがちょうどいい』
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……絶対に、妥協はしないんです


「私……おじ様が大好きなんです……」


 説明を求めた俺達に、早苗が発した言葉がそれだった。


「昔から40代後半から50代ぐらいのダンディなおじ様がたまらなく好きで、そんなイラストばかりを描いていたんです」


 肩を落とし項垂れながら、そんな風にぽつりぽつりと言葉を重ねる。


「枯れ専女子ってやつか? でもそれとヒロインキャラがおっさんに変わってしまったことと、なんの関係があるんだ?」


「えっと……昔からおじ様のイラストばかりを何百枚も何千枚も描いて、仲の良かった友達がドン引きするぐらいにたくさん描きまくって。そのうちにおじ様を描く動作が身体に染みついてしまったみたいで。全力でイラストを描こうとすると……」


「――まさか、無意識におっさんのイラストを描いてしまう、と?」


俺が引き継いだ言葉に早苗はこくりと頷いた。


「駄目なんです。意識して描いている時は大丈夫なんですけれど、調子が出てくると色々とストーリーを考えてしまって」


「ストーリーっすか?」


「はい。先程の女の子の場合だと……この子はお話の中でどんな事件に巻き込まれるんだろう? ピンチの時は誰が助けてくれるんだろう? それがおじ様だったら素敵。ちょっと端っこにおじ様を描いてみようかな。あ、良い感じかも。もう少しぐらい大きくしてもいいかな。いっそのこと横に並べてみたら――ああ素敵、あれ? なんかおじ様の横に居るこの女の子邪魔じゃない? うん邪魔だから消しちゃって良いかあ、みたいな」


『いや、良くねーから』


長々とした説明をバッサリと切り捨てると、早苗はしゅるしゅると小さくなってしまう。


「……すいません」


大きく溜息を吐く俺。


描くイラストが、気が付くと全ておっさんになってしまう。


 なるほどな。漫研部の連中が早苗を作業に加えさせない理由がようやく分かった。手伝わせるわけにはいかない。漫画に登場する人物が気付くと全ておっさんに変えられていた、なんて笑い話にもならない。


「それって、自分の意志で何とか出来ないものなの?」


 由香子が口にした当然とも言える疑問に、早苗は力無く首を振った。


「私、絵を描いていて調子が出てくるとトリップしちゃう癖があって……そうなるともうほとんど無意識のままおじ様のイラストに……」


 あの凄い集中力を発揮している時は、そのトリップ状態というわけだ。


「本当にごめんなさい!」


 深々と頭を下げる早苗を前に、どうしたものかと思い悩む。


 下書きの段階ではちゃんと女の子が描けている訳だし、トリップしない程度に力をセーブして描いて貰う、という手はあるのかもしれない。


 ――だが、それでは妥協を嫌うニコの望むものは出来上がらないだろう。


「(しっかしなあ……)」


 自分の意志とは関係無く絵がおっさん化してしまう? 

 そんな馬鹿げたことが本当に起こり得るのだろうか。俺は周りには聞こえないようにそっとニコへと耳打ちする。


「なあニコ、これってお前が何かしてるんじゃないのか?」

「いきなりなんですか。私は何もしてませんよう。失礼しちゃいます」


 頬を膨らませながら遺憾の意を示すニコ。

 どうにも理不尽なところとかコイツの異能と似ている気がしたんだが。

 そうか、俺の思い違いか――


「あ、でも待ってください……この力、まさか『呪印傀儡カースド・マリオネット』? 無念のうちに命を落とした芸術家の英霊が他人の意識を乗っ取り、本人の意図しない作品を死ぬまで作らせるという、あの凶悪な呪いの一種では!?」

「やっぱり何か知っているのかっ!?」

「あ、いえ、なんかそれっぽいことを言ってみただけ―――痛い痛い痛いですせんぱい!」


 両頬をぐりぐりとつねり上げている横で、早苗が下げていた頭をゆっくりと上げた。その表情に浮かんでいるのは自責と後悔、そしてあからさまな諦観だった。


「……実を言うと、もう絵を描くのはやめようと思ってたんです」


「え?」


「漫研部の皆にも迷惑をかけているし、こんなイラストしか描けないんじゃ続けていても意味ないですし」


「いやいや、そんなことないっすよ? 実力はあるんだから、いっそのことオジサン専門の絵師として売り出せばいいんじゃないっすかね?」


 取り繕うような蛍の提案にも早苗は力無く首を振る。


「駄目なんです。本当は私だって可愛いキャラを描きたい。おじ様以外の絵を描きたいんです。でもみんな最後にはおじ様になっちゃうせいでそれが出来ない。このままだと大好きなおじ様キャラまでを嫌いになってしまいそうで……」


 そう言って寂し気な笑みを浮かべる。


「だから……そうなる前に、やめようと思ったんです」


「早苗ちゃん……」


「今回のお話も最初は断ろうと思ったんです。でも、天津さんがその……『貴方がいいんです』って言ってくれて……すっごく嬉しくて。こんな私でも必要としてくれるんだと思ったら、最後にもう一回だけ頑張ってみても良いんじゃないかって」


 あは、と笑う。しかし目尻に滲むのは零れんばかりの雫だ。


「でも……やっぱり駄目でした。期待してくれたのに……ごめんなさい」


 頭をもう一度下げると、そのまま俺達の横を通り過ぎ、部屋を出ていこうとする。


 このまま行かせてしまっていいのか――


 しかし、引き留めたところで何が出来る? 彼女自身にどうにもできないことを他人の俺がどうこう出来るはずもない。仮に「この際おじさんのイラストでも良いから」なんて言ったところで、根本的な解決にはならないし彼女自身も納得しないだろう。


 結局どうすることも出来ない。


 きっとそう感じているのは由香子も蛍も同じで。だから誰も声をかけない。



 ――ああ、まただ。


 この無力感。俺はこの感覚をよく知っている。遠い昔に味わったロクでもない感覚。

 あの時と何も変わっていない。俺にはなんにも出来やしない。


 これが現実だ。どれだけ望んでもどうしようもない。この愛すべき日常ってのは、そんなどうしようもない現実ってもので満ち溢れている。誰かを特別視することもなく誰にでも平等で、つまるところそれは無慈悲であることとイコールだ。


「待ってください!」


 なのに。それなのに。現実を認めない奴が一人。


「どこに行くんですか? まだ依頼は終わってません!」

「天津さん……でも、私じゃ可愛いヒロインのイラストは描けないもの」

「いやです!」


 ニコはその言葉の通り、嫌々と首を振る。


「私は言いました! 貴方に決めたって! だから私はあなたにイラストを描いてもらうんです!」


 そこに論理めいたものはなく、もはや無茶苦茶。子供の我儘にすらなっていない。


「天津さん、ありがとう……でも、ごめんなさい」


 早苗は最後に小さく笑うと、扉を開けて出て行ってしまった。

 聞き慣れた開閉音と共に閉じられた扉を、ニコはまっすぐに睨みつけている。


「ニコ、今回ばかりは諦めろ」


「……なんでですか?」


「なんでってお前……分かるだろ? 早苗本人が無理って言ってるんだからどうしようもないだろうが」


「分かりません!」


 強く叩きつけるような否定の言葉は、まるで自身に言い聞かせているかのようで。


 コイツは馬鹿だ。我儘で身勝手。さらには諦めが死ぬほど悪い。俺はそのことを身に染みて知っている。しかし、早苗が出ていった扉を睨みつけるニコの表情は、いつもとどこかが違っているような気がして。


「……どうしたんだ、お前?」


 問いかけにニコは答えない。ただ、


「諦めません。私は面白いラノベを書くためなら……絶対に、妥協はしないんです」


 そう呟く横顔は確かな決意に満ちている。


 だけど、その決意は、なぜか俺にはひどく痛々しく感じられたんだ。



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