イラスト完成?
机の上に伏せられたスケッチブックをぐるりと取り囲むように並び、俺達は中央へと視線を注ぐ。
その表情に浮かんでいるのは隠し切れないほどの期待。
描いた当人の早苗までもが、達成感のためか興奮した面持ちで鼻息を荒くしている。
真に人を魅力するイラストというものは、見る側にも相応の心の準備が必要なのだと、今初めて知った。
誰かの喉がゴクリと鳴る音を聞きながら俺はスケッチブックへと手をかける。
「さあ、いくぞ」
皆が無言で頷くのを感じとりながら、俺は一気にひっくり返した。
そこに描かれていたのは――
おっさん、だった。
『……は?』
一瞬の間。間の抜けた声。
何度見ても。どこから見ても。どれだけ瞬きを繰り返そうとも。
そこに描かれているのは、紛れも無くおっさんで。
恐らくは50代前半ぐらい。海外のアクション映画にも出てきそうな、うっすらと髭を生やしたダンディなおじ様が、古びたトレンチコートを靡かせながらゴツイ拳銃を片手で構えている。
上手い。正直言ってめちゃくちゃ上手い。今にも動き出して銃撃戦を繰り広げそうな躍動感に満ちている。
でも、明らかにラノベのヒロインではない。
「あれ? 可愛いヒロインどこいった?」
ページを間違えたのかと思い、他のページをめくってみる。しかしスケッチブックは新調したものだったらしく他のページは全てまっ白。それによくよく見ると、ダンディなおじ様の下にはうっすらと先程のヒロインのイラストの線が残っている。
つまり、さっきのイラストを消してこのおっさんを描いたわけで。
『……え?』
再び上がった疑問の声に、早苗がまるでたった今正気を取り戻したかのように瞳を何度も瞬かせた。
「え、皆さん、どうかしました…………って、まさか!?」
俺からスケブを強奪すると自分で描いたイラストを凝視する。
その表情がみるみるうちに青ざめていき、スケブを握る手がカタカタと震え出す。
「な、なあ早苗、その絵はいったい――」
「すいませんすいませんすいません! ちょっとした冗談です! 描き直します! 直ちに即時に今すぐにいいいいいい!」
ぶんぶんと頭を繰り返し下げ、早苗は再び椅子に座って作業を始めてしまう。
え……えっと……?
冗談、だったのか……?
なんとも言えない空気感の中で俺は首を傾げる。
「……ああ、じゃあ今度こそ宜しく頼むよ」
新しく開いたページに勢いよく線を引いていく早苗にそう声をかける。描かれているのが今度こそ女の子のキャラであることを確認し、仕方無く俺達はそれぞれの作業に戻った。
期待が大きかっただけになんか肩透かしをくらった感がある。まあ、最終的に可愛いヒロインキャラが完成すれば問題は無いのだが……なんとも釈然としない。
そんな俺の心情などお構いなしに過ぎていく時間。
次第に焦り始める一同。
「出来たわ!(ギョルビチャアアアアアアアアア!)」
「出来ました!(ゴルアアアア☆■〇▽※◎#@★!)」
「もういいっちゅーんじゃ!」
なんて一幕も挟みつつ、そろそろ最終下校時刻になろうかという頃合いになって、
「はあはあ……で、出来ましたあ!」
ようやく待望の声が上がった。
もはやイラストが気になって執筆どころじゃなくなっていた俺達はすぐに早苗の下へと集まり、今度こそとばかりに鼻息を荒くしている早苗の前で、開かれたスケッチブックへと視線を落とす。
そこに描かれていたのは――!
やっぱり、おっさんだった。
片目に深い傷を負ったナイスミドルなおっさんが、ショットガンの銃口をこちらに向けて構えている。
鬼気迫るほどに幾重にも書き込まれた黒線の下、うっすらと残っているのは下書き段階では存在していたであろう女の子キャラの笑顔。
「…………おい?」
俺が零したひとことに、トリップ状態だった早苗ははっと正気を取り戻し、俺達の表情を順番に眺めてから、自らのスケッチブックへと視線を落とした。
――そして。
「なんでよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
頭を抱えての絶叫を聞きながら。俺達全員が同じことを思ったことは言うまでもない。
『(それはこっちの台詞だ――!)』