可愛いヒロインを作る方法
「――ライトノベルが嫌いなんだよ!」
それは、ラノベが大好きな人間にとって、絶縁宣言にも等しいはずの言葉。
しかしニコは、キョトンと瞳を瞬かせた後、
「またまたー」
と能天気に笑った。
……まただ。
また俺の話は素直に受け取って貰えない。どいつもこいつも。くそったれ。
腹の奥底がすっと冷えていくような感覚。
「先輩がライトノベルを嫌いなわけないじゃないですかあ。やだなあ、もう」
「……なんでだよ?」
「だって、ライトノベルの話をしても通じるじゃないですか。異世界転生やチートスキルなんて俗語も普通に通じますし」
「それは作家を目指す人間として、今の流行ってのを知識として持っているだけだ。好き嫌いとは関係ない」
「でもでも、せんぱいだってラノベみたいな話を書いて――」
「書いてねえ! 俺が書いているのは純ミステリーだ! 喧嘩売ってんのかてめえ!」
「いやいや。だって私知ってるんですよ? せんぱいが――」
どれだけ否定しようと認めない。
どれだけ言葉を重ねても無視される。
どこまでも食い下がろうとするその空気の読めなさに、
頭の中で、何かが切れる感覚があった。
「嫌いだって言ってんだろうがっ!!」
口から零れたのは前言を繰り返すだけの陳腐な台詞。それでもいつもとは違う語気の強さを感じ取ったのか、ニコは悲し気に眉尻を下げる。
……ふん、知ったことかよ。
そうだ、俺はライトノベルが嫌いなんだ。
以前に比べ、ライトノベルという存在がより世間に認められるようになり、人気、知名度共に伸びてきていることは知っている。
今時、本屋に行けばカラフルな背表紙が並ぶライトノベル専用のコーナーは必ずと言っていい程存在するし、ラノベ原作のアニメ化、コミカライズは言うに及ばず、実写映画化なんてのも珍しくなくなってきている。
けれど、俺は、認めることが出来ない。
「異世界転生とかチートとか、似たり寄ったりなタイトルと内容!
面白さ重視の強引過ぎる展開!
なんでピンチには必ず仲間が助けに来るんだよ!?
なんで少し修行しただけで何倍も強くなれるんだよ!?
なんで平凡でパッとしない主人公に美女揃いのヒロイン達がアッサリと惚れていくんだよ!?
もはや突っ込みどころだらけじゃねーか!」
もちろん、これが俺の個人的な見解に過ぎないことは分かっている。偏見が混じっていることも理解しているし、異論は大いに認める。人の好みや感性なんてそれぞれ違うんだし、そもそも俺みたいな人間に他人の趣向を偉そうに断ずる資格なんて無い。
でも……だったら、
俺個人の意見だって誰にも否定なんか出来ないはずだろう?
俺にはライトノベルという作品は低俗で幼稚で読者に媚びているように感じられてしまう。
良いかどうかではなく。
ただ単純に俺はライトノベルが嫌い、それだけのことだ。
「……せんぱい……」
しかし、ニコは大好きなライトノベルを否定されたことが相当に堪えたらしく、しょんぼりと肩を落とし俯いてしまう。
ようやく埃っぽさが消えたと思ったら、代わりに充満するのは気まずさと白けた空気。ほんと、馬鹿馬鹿しい。
いや、文芸部の部長である俺が文芸の一ジャンルを否定することが一番馬鹿げているのかもしれない。
ああそのとおりだ。だから部長なんて柄じゃないって言ったんだよっ。
「ま、まあ祐介が嫌いだって言ってるんだから仕方ないじゃない。ね? 私はライトノベルだって普通に読むし、面白いと思うわよ」
珍しくニコに対して気遣うような素振りを見せ、由香子が場を取り繕うとする。
「そうっすね。作品のクオリティはあくまで作品そのものの問題だし、純文学かライトノベルかなんてことで決まるものでは無いと思うっすよ」
そう語る蛍の言葉は俺への当てつけだろうか。
「……ありがとうございます。でも大丈夫です。ライトノベルが偏見を持たれ易いことぐらい私だって理解していますし。こんなことぐらいで私のライトノベル愛は揺るぎません。それにせんぱいだって本当は……」
――本当は? なんだってんだ?
そう言って見つめてくるニコの瞳はどこかひどく寂し気で。大きく深みのある黒曜のような双眸が、明度の低い照明の光の下で微かに揺れる。
そこに込められている感情―――それがなんなのか、俺にはよく分からない。
コイツは時折、こんな眼差しを俺に向けてくることがある。何かを訴えかけるように、強く叱られた幼子が親に縋ろうとするかのように。
そんな時、俺はいつも言い様のない不安と罪悪感に苛まれる。
何故なのか。いつも被害を受けているのは俺の方なのに。
なんで俺がこんな気持ちにならなくちゃいけないのか。
俺は内心の動揺を誤魔化すように、小さく長く息を吐き出した。身体に籠もった熱を二酸化炭素と一緒に絞り出すと、昂っていた気分もゆっくりと落ち着いていく気がした。
……まあ確かに、今のは少し感情的になり過ぎたかもしれない。偽らざる本心だとしても、わざわざラノベ好きな人間に対して言う言葉ではなかっただろう。
個人の好みの問題なのだから謝るつもりも無いが……
その代わりに告げる。
「……で? その……可愛いヒロインを作る方法は分かったのか? ……参考までに、聞いてやらんこともないぞ?」
出来るだけ優し気に、わずかに顔を背けながらそう口にすると、ニコは
「……どうでもいいって言ってたのに」と小さく呟いたあと「……えへへ」と笑った。
そして両拳を胸の前で握り締め、力強く頷く。
「はいっ! もちろんです!」
「まあそうだろうな。そう簡単に見つかるわけ………って見つかった? マジで!?」
どうせ「駄目でしたあ」なんて泣き言を言うと思っていたのだが。
「はい! ついに! 私は可愛いヒロインを生み出す確実な方法を発見したのです!」
意味の無いオーバーアクションを決め、自信満々に胸を張るニコ。
「悩みに悩みに抜いた末に私は悟った! 真理とは、いつも複雑に見えて単純だったりするもの。求めていた答えは、いつだって身近にあって――」
「能書きは分かったから。早くその答えを言いなさいよ!」
由香子が若干苛ついたように先を促す。
それはそうだろう。作家を目指している人間が、魅力的なキャラクターを確実に作る方法があると聞いて興味が湧かない訳がない。
そんなものあるわけないと理解しつつも、もしあるのであれば――、なんて願望が拭えない。
その証拠にいつもマイペースな蛍ですら、こちらをチラチラと興味深そうに伺っている。
ニコはにいっと口端を吊り上げると、その腕を真横へと振るった。
「その答えは、ここにあります!」
びしいっと指差した先。
そこにあるのは壁に貼られた校内の案内図。
各教科の資料や教材が校内のどこに収納してあるのかを示しているもので、ニコの指が示しているのはその一角。
―――『美術準備室』
うん? 一見して可愛いヒロインとはなんの接点も無さそうな場所に思えるが……。それに確かその部屋、放課後は『漫画研究部』が使っているから空いていないはず――
って、オイまさか……
ニコは俺の抱いた予感を肯定するかのように「そうです」と不敵な笑みを浮かべると。
至極あっさりと、言い放った。
「絵の上手い人に可愛いヒロインを描いて貰えばいいんですよ」
『小説を書けええええええええええええええええええええええ!!!』
それはもう綺麗なユニゾンだった。