文芸部 3+1
僅かな力を込めると、木製の引き戸は滑るように横に開いた。
いまやすっかりと聞き慣れたガラガラという開閉音。
無意識にこぼした溜息がその音にかき消されたことに安堵し、同時にそんな自分がなんとも情けなかった。
時刻は放課後。場所は部室。
なんの部室かと問われれば……俺が所属している『文芸部』の。
埃っぽい室内は乱雑に積まれた資料類のせいで狭苦しい。俺は中央に置かれた机の上に鞄を放り投げ、そのまま倒れ掛かるように椅子へと腰を下ろした。
「あ、部長おつかれさまっす……って、なんか本当にお疲れみたいっすねー」
抑揚に乏しい挨拶に引きつった笑みで応えると、声の主である女生徒は装着していたゴーグルを外し、怪訝そうな視線を向けてきた。
「なんかあったんすか?」
「いや、まあ……色々とな……」
「はあ、色々っすか……」
要領を得ない回答に、眠たげな瞳を向けてくるゴーグル女子。小首を傾げると、明るい色合いのベリーショートの前髪がサラサラと揺れた。
ちなみに彼女がつけているゴーグルはシューティンググラスという名称のやたらとゴツい形状のもの。趣味のサバゲーで使っている愛用の品らしいが……まあ、どうでもいいか。
そんなことより、いま気にするべきはこっち。
「そうよねえ。祐介は後輩に手を出すような鬼畜野郎だもんねえ。そりゃまあ、イロイロとあるんでしょうねええええ」
「だから誤解だっての!」
「ふん、どうだか!」
妙にトゲトゲしい言葉で割り込んで来たのは、俺よりも先に来ていた由香子だ。
ぷいっとそっぽを向いてしまう横顔を苦々しく眺めながら、俺は今度こそ盛大に溜息を漏らした。
「……えっと、本当に何があったんすか?」
いま、この部室に居るのは二年である俺と由香子、そして一年生のゴーグル女子である淋代 蛍の三人だけ。
一学期末で受験を控えた三年生が引退してしまったため、
これが現在の文芸部員の全て……
いや、本当はもう一人いるのだが……それはまあ、いいだろう。
部員の数だけで察して貰えると思うが、まあ規模の小さい弱小部である。
この部室だって正式のものではなく、一般教室の半分ぐらいの広さしかない教材準備室を間借りしているだけ。
それでも、ただの学内活動などと、侮らないでもらいたい。
活動内容は本格的。やっている方としては真剣そのもの。
俺を含めた部員全員が本気で作家を目指しており、それぞれの作品たる自作小説をここで作り上げている。
書き上がった作品を互いに批評し、アイデアを出し合ってより良い作品に仕上げ、新人賞などへと応募する。ここは、そのための試行錯誤の場なのだ。
ちなみに部長は……なんとこの俺だったりする。
正直、部長なんて柄じゃないし辞退したかったのだが、目の前の二人から半ば強引に押し付けられた。
「――それにしても部長、今日は来るの遅かったっすね」
「ああ、ちょっとな」
「まあ祐介は忙しいんでしょうね? 部活動以外にも色々とやることがあるみたいだしね? 後輩をいかがわしい場所に連れ込んだりねええええ――!」
冷やかな瞳でこっちを睨みながら、オホホホホと笑いかけてくる由香子。
いやお前普段そんな笑い方しねえだろ。怖えよ。
まあ、確かにこの部室に来るまで色々とあったんだよ……
放課後になった直後のこと。
クラスの男連中が群がってきてニコとの関係(どこまでの関係なのか)をしつこく質問された。
いや、あれはもはや質問なんて生易しいものじゃない。尋問だ。
皆にこやかな笑みを浮かべながらも瞳は少しも笑っていないのだから怖いったらありゃしない。
言葉の節々に嫉妬や羨望をにじませ、根掘り葉掘り聞きだそうとする。
そのくせ誤解だって何度説明しようとも「とぼけるな!」とか「前から怪しいとは思ってた!」とか、決して認めようとしやがらねえ。
由香子といいアイツらといい、なんで俺の言葉を信じようとしないのか。
しまいには、ニコのことを可愛がっている女子連中にまで絡まれる始末。ようやく逃げ出せたのがついさっきだ。
「そもそも変なことを言い出したのはニコなんだから、俺じゃなくアイツに聞けばいいじゃねえかっ」なんて思いはするものの、実際アイツに任せたりしたら喜々として口を開き、またいらぬ誤解を招くのが目に見えている。
結局、どう転んだって俺だけが被害を被るように出来ているのだ……。
そんな風にこの世の無常を一人嘆きながら。
俺はここに来てからずっと気になっていたことを口にした。
「……そういえば、アイツはまだ来ていないのか?」
瞬間、由香子の口元がぴくりと引きつった。
この文芸部の残り一名。
それが、ラノベ大好き暴走ロリJKである――ニコだ。
入部したのは今から一か月前……つまり二学期が始まってすぐの頃。
前触れもなく部室の扉が開いたと思ったら「たのもー!」の大絶叫。
呆然とする俺達三人の前で不敵な笑みを浮かべていたものの、詳しい話を聞いてみればなんてことはない、単なる入部希望で。
それがニコとの出会い。忘れたくても忘れられない忌々しい瞬間。
ニコに押し切られる形でなんとなく入部を認めてしまったことを、今では心の底から後悔している。
しかし一度入部を認めてしまった以上、そう簡単に「出てけ!」とも言えないわけで。結局ずるずるとアイツの在籍を認めてしまっているのが現状だ。
「――なんだよ、ニコの奴。また遅刻か?」
自分もついさっき来たばかりであることを完全に棚上げした発言に、待ってましたとばかりに由香子が瞳を細める。
「あらあ? 私はてっきり祐介と一緒にどこかでイチャイチャしてるんだと思ってましたけどお? まあ祐介が誰と何をしようが? 私には関係ないんですけどね!?」
いや全然関係なくなさそうなんだが。
「……なあ、なんでお前さっきから怒ってるわけ?」
「はあ!? 怒ってなんかいないわよ!」
いやそれ、明らかに怒ってる奴の台詞だよね。
またしてもそっぽを向いてしまった由香子からはそれ以上の説明は期待できず。仕方なく顔を向けた先で、蛍はいつもと変わらぬのんびりとした表情を浮かべる。
「ああ、それはですね。由香子先輩が部長のことを好―――」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!?」
あまりに唐突な由香子の絶叫。
呆然とする俺の眼前で、由香子が蛍へと詰め寄る。
「ほ、ほ、蛍ちゃん!? 急に何を言ってるのかしら!?」
「いや別に見たまんまを言ってるだけっすよ?」
「み、見たまんまって! なんで私が必死に隠している想いのことを――!」
「へ? 隠してるつもりだったんすか? あまりにも綺麗なツンデレっぷりなので、私はてっきりそういったアプローチなんだと――」
「黙れエエエエエエエエエエええええええええええええええええええええ!」
顔を真っ赤にして。何故か目尻にうっすらと涙すら浮かべながら。
蛍の口を塞ごうとする由香子と、ブラインドタッチの姿勢のまま器用にそれを躱す蛍。
突如始まった女子二人の取っ組み合いを俺は溜息混じりに眺める。
この二人、時々こうやってじゃれ合い始めんだよなあ。
よくは分からんがよっぽど仲が良いのだろうか?
「おい、あんまり暴れるなよ、埃が舞うだろ。
……で、結局ニコはどうしたんだよ?」
「ぜえぜえ……わ、私が知るわけ、ないでしょー、が……」
既に十分に舞い上がってしまった埃の中で、肩を大きく上下させている由香子と何事も無かったようにキーボードを叩く蛍。どちらが勝者なのかは一目瞭然だ。
「……ふ、ふんっ、どうせいつものアレでしょ!? まったく自分が新人だっていう自覚あるのかしら!?」
その顔に浮かぶ苛立ち。きっと蛍にあしらわれたことだけが原因ではない。
それは突き放したような今の台詞からも伺える。
「……なあ由香子、ちょっと聞いていいかな?」
「な、なによ? 急に改まっちゃって」
「いや、お前ってさ。基本誰にでも優しいのに、何故かニコにだけはキツイよな? それってなんでなんだ?」
ギクリと顔を強張らせる由香子。俺は更に首を傾げる。
まあ俺だってニコに対しては結構冷たい態度を取っていると思うし、そんなことを聞く権利は無いのかもしれない。
だが俺の場合はニコのせいで実際に被害を被っているのだから、言ってしまえば至極まっとうな反応なはずだ(はずだよな?)。
しかし由香子はそんなことはない。
何故ならニコは『俺の前でしか』あの力を使わないからだ。
何故なのかは知らないが。
では、なんで由香子はニコの奴を毛嫌いするのだろうか?
ニコが来た当初、誰よりも歓迎していたのも由香子だったはず。
なのに何故?
以前から感じていた疑問に、由香子はゴホンと一回咳払いを挟んだ後、腕を組むようにして力強く答えた。
「私はね、遅刻とかそういう無責任な行動をする人が嫌いなの。周りの迷惑を顧みず、自分勝手に集団の和を乱すような人が許せないのよ」
なるほどな。生真面目な由香子らしい理由ではある。
俺が納得の表情を浮かべると、由香子は「分かった?」とばかりに鼻を鳴らした。
「ただ、それだけよ。それ以外に他意なんて無いわ」
「え? 違うっすよね? 部長と仲が良いからヤキモチを焼いて――」
「黙れエエエエエエエエエエええええええええええええええええええええ!」
再び始まった取っ組み合い。
だからなんなんそれ? 流行りの遊びかなんかなの?
さすがにこれ以上埃が舞うのは嫌なので――というかこの部屋たまには誰か掃除しろよ、と思いつつ――俺が二人の間に割って入ろうとした、その時だった。
ガラガラピシャン――
と、どこか小気味良い音を立てながら勢いよく扉が開き、
「おはようございまーすっ!」
話をすればなんとやら。業界人みたいな挨拶をしながらご機嫌な笑顔で入ってきたのはニコだ。
栗色のショートカットをふわんふわんと揺らしながら、跳ねるような足取りで自分の席へと着席する。
顔全体を使って多幸感を表現し、ふんふんと鼻歌までも鳴らしている少女。誰かさんのせいでこっちは散々な目にあったってのに、何故にコイツはこんなにも楽しげなのか。
「ぜえぜえ……こ、こらあ……遅刻よ!」
息も切れ切れな由香子が目尻を吊り上げるも、ニコは少しも笑顔を崩すことなく、むしろご満悦な表情のまま頭を垂れた。
「遅くなってごめんなさいっ! 取材をしていたもので!」
……出たな。その台詞。
耳タコを通り越してもはや決まり文句のようになっている遅刻の理由と謝罪の言葉。由香子が呆れ気味の溜息を漏らす隣で、俺は盛大に頬を引きつらせる。
――『取材』。
なんの取材かと聞かれれば、それはもちろん小説を書くための。
こいつの場合、つまりはライトノベルを書くための、ということになる。
取材というのは作品内に登場する場所、物、題材などを実際に見に行ったり体験したりすること。
今時、簡単な概容や一般的な情報であればインターネットで調べることも出来るが、その場所に存在する空気感、匂い、感触、そういったものは作者自らが見に行かなくては分からない。実際に体験出来ない場合は専門家などに詳しい話を聞いたりもする。
要はより良い作品を作るために調べる行為全般を『取材』と呼ぶ。
カレーを作ったことがある作家と作ったことが無い作家では、どうしたって調理風景での描写の細かさやリアリティが違ってくるもの。だから多くの作家は作品を作り上げる準備段階として『取材』を行う。
だが、コイツの場合は……根本からもうなんか違う。
『異世界転生ものが書きたいです!』
と言えば、先日のように実際に異世界に転生しようとするし。
『魔法を使ったバトルものが書きたいです!』
と言えば、本当に手の平から雷撃や炎を放ったりする。
『不治の病にかかったヒロインと死に別れる悲恋ものを――!』
と言った直後、いきなり吐血し救急搬送されたりなんかもした。
全てはより良い取材のため。ひいてはより良いライトノベル作品を書き上げるため。
その真っすぐ過ぎる想いの前では物理法則なんて初めから存在していないかのように、実際にその現象を起こして見せる。
だがそういった超常現象は通常起こり得ないからこそ『超常』現象なわけで。
それを実際に起こしてしまうのだから当然の結果として様々な問題が発生する。
いくら生き返れる保証があっても轢かれりゃ怖いし痛い。周囲の人間にも心配をかける。
ニコがこの力を使う度に俺の愛する平凡や平穏は崩され、粉々になるまで粉砕され、終いにはゴミでも払うかのように吐き捨てられる。
だからこそ、コイツは俺の敵―――
いや、俺の平穏を脅かす ”天敵” なのだ。
積もりに積もっていまや見上げるほどに聳え立った積年の恨み。
俺が頬を引き攣らせながら睨みつけていると、
「んふふ? せんぱいったら、なんですなんです? 私がなんの取材をしてきたのか知りたいんですか?」
またしてもなにか勘違いをしたらしいニコが嬉し気に身を寄せてきた。
小柄なせいで自然と上目遣いに見上げてくる体勢になり、くりくりと大きい瞳が俺の目の前で瞬きを繰り返す。小さく愛らしい鼻筋に、もちもちと柔らかそうな頬。やたらと童顔であることを除けば、クラスの男共が羨むのも分かってしまうぐらいには整った顔立ち。
本当に。こいつはおとなしくさえしていれば可愛いのだが。
「仕方ないですねえ(ニヤリ)。どうしてもっていうなら?(ニヤリ) 教えてあげないこともないですよお?(ドヤア)」
前言撤回。一度死んで来ればいいと思う。
「さあ締め切りも近いし執筆するかー」
「にゃあああああ! ごめんなさい、お願いします聞いてくださいいいい!!」
ったく、初めからそう言えってんだよ。
「うう……実はですね、昨日の夜からずっと考えていたんですよ。これから書き始める作品を面白くするためには何が必要なのかなって……」
涙目で語り出したニコに、いち早く反応を示す由香子。
「それを確かめるために取材をしたってわけ? でもアナタはいつも取材してばかりで、全然小説を書いてないじゃない。それって本末転倒じゃない?」
由香子の言う通りだ。ニコはいつも取材してばっかりで、入部してからこのひと月、肝心の小説を書いているところをほとんど見たことが無い。
しかし、ニコはチッチッチと指を振ると、再びのドヤ顔で薄い胸を反らした。
「私はただライトノベルが書きたいわけじゃないんですよ」
「はあ? どういうことよ?」
「私は、面白いライトノベルが書きたいんです! だからそのために必要なことは全部やると決めています! 例えそれが執筆開始前の準備作業でも! つまり取材でも! 全力を尽くすと決めているんです!」
そこまで言ってから、もう一度大きく息を吸い込み、
「いや、全力を尽くさなくちゃいけないんです!」
力強くそう宣言するニコの瞳。
そこに宿っているのはいつもの飄々とした感じとも違う力強さで。
例えるならば決意、もしくは覚悟―――そういった類の意志の輝きで。
馬鹿馬鹿しくて、支離滅裂で、一切の迷いすらもなく……いっそ清々しい。
言っていることは滅茶苦茶だが、決してふざけているわけではない。
こいつはこいつなりに本気で全力を尽くそうとしている。
そこだけは――
いや、そこだけが、これでもかってくらいに伝わってきて、なんとも毒気を抜かれてしまう。
「だからそれが本末転倒だって言ってるんだけど……はあ、もういいわ」
呆れ混じりの溜息を漏らしながらも、由香子の表情も口調ほどには厳しくない。
「それで? 取材をして何か分かったの?」
「はいっ。まずですね、これから書こうとしている学園ラブコメでは、やはり可愛いヒロインが不可欠なんだと思う訳です」
「ふうん。まあ、そうかもね。『ラブ』を主軸の一つとする以上、魅力的で感情移入しやすく、読者が思わず応援したくなっちゃうようなキャラはやっぱり必要でしょうね」
「ですです! やはり人気ある作品ってのは例外無くヒロインが魅力的ですし。ラブコメ作品の中にはキャラの魅力だけで作品として成り立っているものもあるぐらいです!」
「でも可愛いヒロインって簡単に言うけど、それを実際に作り出すのは至難のわざよ? 単純に『可愛いらしい少女が~』なんて描写するだけでは魅力的なキャラとは言えないし、『可愛い』要素を詰め込むだけではあざとくもなってしまうし……」
「そうなんですよ! だから、どうしたら本当に可愛くて魅力的なヒロインが描けるのか色々と調べてみたんですけど――」
そんな風に眼前で交わされる二人のやりとり。
『どうすれば魅力あるキャラを書けるのか』
それを語り合う行為はいかにも文芸部という感じだし、前向きで大変良いことだとは思う。
はっはっは、結構結構、大いに結構。
…………結構、なんだが。
俺は席から静かに立ち上がると、無言のままゆっくりと二人に近づいて行く。
「あ、せんぱい! せんぱいはどう思いますか? どうしたら可愛くて魅力的なヒロインが書け――」
ぐいっ。両手でニコの頬をつねってやった。
「い、痛い!? なんですかせんぱい!?」
「……いま、なんて言った?」
「へ?」
「いま、これからなにを書くと言った?」
「え? いや、だから学園ラブコメ――」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり――
「いひゃい! いひゃいいひゃいいひゃい! なんなんですかせんぱい!」
「なんなんだじゃねえ! おまえ異世界転生はどうした! あれだけ異世界転生ものが書きたいっつってたよなあ! しまいには俺を取材に巻き込んでえらい目に会わせてくれたよなああ!?」
俺の言わんとすることを理解したのか、泣き叫んでいたニコは「ああ」と得心すると、眉尻を下げ、少しだけ困ったように微笑む。
そして、まるで幼子に言い聞かせる母親のように、
ゆっくりと、丁寧に話し出した。
「いいですか、せんぱい?」
「んだよ?」
「時は常に流れ続け、戻りもしなければ止まることも無い。万物は流転し、変化をし続ける。これはこの世界が始まって以来の普遍の法則。言わば逃れられぬ運命なのです」
「…………つまり?」
「気が変わりました。テヘッ」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりいっ!
「ひぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!」
こ、こいつ! 信じらんねええええ!
人をあんな目に会わせておいて!
臨死体験までさせておいて!
あまつさえクラス内での俺の評判まで貶めておいて!
気が変わっただとお!?
「だいたいお前! ついさっき作品を作るのに全力を尽くすって言ってなかったか!?」
「だからこそ! より面白い話を思いつけばそっちに全力を尽くすのです! 過去になど捉われてはいられないのです!」
「ああもう! ああ言えばこう言う!」
こういうトコ! ほんっと、こういうトコだよ! 俺がコイツを気に入らないのは!
視界の隅では由香子までが肩をプルプルと震わせ、口元をあわあわと戦慄かせている。
「ほら見ろ! 由香子だって、お前の身勝手ぶりを見て怒りまくって――」
「あ、違うっすよ? 由香子先輩はただ二人がイチャついてるのを見てショックを受けてるだけ――」
「黙れエエエエエエエエエエえええええええええええええええええ!」
「イチャついてねええええええええええええええええええええええ!」
同時に襲い掛かった由香子と俺の腕を、蛍は表情ひとつ変えることなく最小限の動きで避け続ける。
なにこれ、こいつ武芸の達人かなにかなの!?
淀みなくキーボードの上を流れる指の動きに若干の畏怖すら覚え、結局蛍には少しも触れることが出来ないまま、俺と由香子は並んでぜえぜえと荒い息を繰り返した。
ニコがどこか心配そうに言ってくる。
「……いきなり女子に襲い掛かって……あたま大丈夫ですか?」
「お前が言うな!」
汗で額に張り付いた前髪を拭いながら、うんざりした表情を浮かべる由香子。
「で? 結局、可愛いヒロインを書くためにした『取材』ってなんなのよ?」
「それはもう! 可愛いヒロインが登場するラノベを読み漁ったり――」
「アンタがいつもとやってることと変わらないじゃない」
「可愛いと評判の女子生徒を物陰からコッソリと観察したり――」
「それもうただのストーカーっすね」
「実際に可愛い衣装を着たりして――」
「実際に少しは文章を書いてみる、と言う発想は無いのか?」
三者三様のツッコミを受けてなお、ニコは達成感に満ちた表情を俺へ向けてくる。
「いやあ頑張りました! わたし頑張りましたよねえ! どうですせんぱい!?」
いや、どうですと言われても。むしろ俺の方が『どうなってんだ?』と聞きたいぞ。
それでも『褒めて褒めて!』と表情全体で訴えてくるニコ。
俺は一度大きく嘆息すると、
ヤレヤレと肩を竦めてから、
一切の偽りの無い素直な感想を、返してやった――
「うん。心の底からどうでもいいや」
「想定外にひどい言葉が返ってきました!」
ある意味、罵倒されていた方がまだマシだったと思える言葉に、戦慄するかのようにカタカタと震え出すニコ。そこに更なる追い打ち。
「だいたいなあ。前から何度も言っているが、俺は――」
あえて一拍の間を空けてから、ハッキリキッパリと言ってやる。
「――ライトノベルが嫌いなんだよ!」
ありがとうございました。
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