これが俺の日常
俺は「平凡な日常」と言う言葉が嫌いだ。
平凡な日常……別の言葉に言い換えるのなら、
「ありきたりな毎日」もしくは「これといった特色の無い日々」
とでもなるだろうか。
この言葉自体は繰り返される日常を言い表しているだけであり、本来はそこに良いも悪いも無い。
しかし、それを実際に口にする時、そこにはどうしてもネガティブな響きが含まれている。
退屈な日々を嘆くような。
変化に乏しい生活を馬鹿にするような。
そして、そんな毎日を送っている自分自身をも蔑むような。
――まったく、クソくらえだ。
ありきたりで何が悪い?
変化に乏しいことに何か問題があるのか?
似たような日常をわざわざ繰り返す。それは『今』の状態がベストだと無意識に理解しているからだ。
それを鼻で笑う奴らには、その価値が分かっていないだけ。
刺激的な日々を望むリア充共も、
夢物語のような将来を夢想する一部の引きこもり共も、
非日常に自ら飛び込もうとするラノベ主人公も。
みんな、始まりの街で王様から授かった一見貧弱な初期装備が、実はどんなレアアイテムよりも価値があるという事実に気付いていないだけなのだ。
考えてもみてくれよ。
世界の命運を託して送り出す勇者に、本当にゴミ同然のものを与えるだろうか。んなわけない。それじゃただのイジメじゃねえか。
きっとそれは武器屋で最安値で売っているようなひのきの棒に見えたとしても、実は鍛えれば伝説の武具へと変身する業物だったり、希少価値の高い素材で作られたマニア受けする高価な逸品だったり、もしくは王家に代々伝わる由緒正しきひのきの棒であるはずなのだ。
……まあ、ひのきの棒なんぞを代々受け継いでいる時点でその国はもう滅亡確定なんだろうな、とも少し思うけれども。
と、悪い、少し話が逸れたな。
結局、何が言いたいのかというと。
自分が既に持っているものにこそ本当の価値はあると思う訳で。
例えば、そうだな――。
机に頬杖をついたまま、俺はぐるりと視線を巡らせる。
周囲を満たしているのは昼休みに湧く同世代の喧騒。決して広くはない一般教室の中にあって、それぞれが自ら望むように更に小さなグループに分かれ、思い思いの方法でこの時間を楽しんでいる。
秋めいた清涼なる陽光の中、持参した弁当で空腹を満たし、他愛無い雑談で寂しさを満たし、どこかのコミュニティに所属しているという事実で矮小な自尊心を満たす。
やかましく、まとまりなく、耳障り。
だけど、だからこそ安心する。
どこにでも存在する、ありふれた風景。
そう、この日常こそが俺が既に獲得しているものであり、俺が愛する世界。
平凡であるということは平穏でもあるということ。
退屈なぐらいがちょうどいいのだ。
……さて。
長々と偉そうに語っておいてなんなんだが、やっぱり説明は必要だろうと思う。
きっと混乱しているよな?
――なんで突然教室に居るんですか? 女神に会ったんですよね? 異世界は? 転生は? そもそも死んだんじゃなかったのおおおお!?
……まあ、そう思うよな。
予め言っておくが、「実はあれは夢でした!」とか、「ただの妄想でしたーテヘペロ☆」とかはない。あと、いかにもありがちな「そして時は遡り三日前――」なんて展開でもないから安心してくれ。
あれは実際にあったこと。具体的に言うならばつい昨日の出来事だ。
じゃあ、どういうことなのか?
答えは単純明快。なんのひねりもなければ、トリックめいてすらいない。
――結局、異世界転生なんてしなかった。
ただ、それだけのこと。昨日確かに死んだはずの俺は今日も元気に登校し、いつもと変わらない学園生活を営んでいる。……ん? 余計に混乱させちまったか?
まあ落ち着いて聞いてくれ。これにはちゃんと理由があって――
「ゆ、祐介っ!!」
突如、思考を遮ったのは悲鳴じみた大絶叫。
その切羽詰まったような声色に、室内に満ちていた喧騒はピタリと止み、怪訝そうな視線が名前を呼ばれた者(つまり俺)と、呼んだ者(入り口に立ってこちらを睨んでいる女生徒)の間を交互に行き交う。
平凡で平穏だったはずの日常が一瞬で消え去り、代わりに満ちるのは好奇と疑念が入り混じった不穏な空気。
なんとも言えない居心地の悪さを感じながら、俺はその女生徒の名前を口にする。
「……よう、由香子」
女生徒はずかずかと教室内へと入り込んで来ると、俺の机の前で立ち止まった。
「よう、じゃないわよ!」
長く艶やかな黒髪を振り乱しながら声を荒げ、派手さは無いがよくよく整った顔立ちには、どこか余裕の無い表情を浮かべている。
彼女の名前は、柊 由香子。
俺の幼馴染であり、幼稚園の頃からずっと学び舎を共にしている腐れ縁でもある。とは言ってもさすがにクラスは別なので、放課後を除けばあまり接点なんて無いはずなのだが。
怪訝そうな表情で見返すと、由香子はつばを飛ばす勢いでまくし立ててきた。
「さっきそこで唯ちゃんに会って、そしたら祐介が交通事故にあったって――!」
唯ってのは一学年下の俺の妹なんだが……なるほどな。唯から昨日のことを聞き、驚きのあまり駆けつけて来たというわけか。
いつも毅然としている由香子にしては珍しいほどの取り乱し様。声までが若干震えており、かなり動揺していることが伝わってくる。
それでも普通に着席している俺の姿を確認したことで、由香子も徐々に落ち着きを取り戻したようではあった。
「……良かったあ」
安堵の溜息を吐き出し、ようやく口元に笑みを浮かべる。
「見たところ大丈夫そうだし……、軽くぶつかった程度なのね。トラックに轢かれたなんていうからてっきり……。
でもまあ考えれば当然よね。本当に轢かれたのなら学校に来られるわけないもんね。私ったら気が動転しちゃって――」
「いや、思いっきり轢かれたぞ」
「へ?」
「明らかに法定速度をオーバーしたトラックが突っ込んできて、宙高く投げ出されて、地面に叩きつけられて、そのまま30mぐらいはアスファルトの上を転がったと思うが――」
「いやいやいやいや! おかしいでしょ!」
由香子が勢いよく机に両手を叩きつける。
「そんな目にあってなんで無傷なの? なんで普通に登校してるの? なんで平然と妹お手製の弁当を食ってるのよ!?」
「何を言ってるんだ? 無傷なわけないだろ?」
「え? じゃあやっぱりどこか怪我――」
俺は自分の頬を指差す。
「って絆創膏じゃない! アンタの身体はオリハルコンかなんかで出来てるの!?」
いや、そんな希少価値の高そうな金属名を出されてもな。
さてどう説明したもんか。一から話してやってもいいんだが、……そもそも信じてもらえるかも怪しい内容なんだよなあ。
真面目で気性の荒い由香子のことだから、途中で「ふざけないで!」とか遮られるのが目に見えているし……つーか、ぶっちゃけ面倒くさい。
俺が上手い言い訳はないかと悩んでいると、
「まあ良く分からないけど、祐介が無事ならそれでいいわよ」
と、溜息混じりの笑顔を浮かべ、勝手に納得してくれた。
意外なほどの物分かりの良さに俺もほっと息を吐く。
しかし――
「……で、もうひとつ聞きたいことがあるんだけど?」
「ん? なんだ?」
にこやかだった由香子の瞳が一瞬で冷えきったものへと変化し、
「……な・ん・で! ……その子が、そこにいるのかしら?」
睨みつけた先。俺の机の横。
どこからか持ってきた椅子を寄せ、至極当然のように弁当を広げているのは。
ふわふわ栗毛のショートカット。小柄で童顔。
一見して小学生ぐらいにしか見えない後輩女子。
俺がチラリと横目で見やると、ちょうどこっちを向いてきたソイツと視線が交わり、何が嬉しいのか「にへへ」と笑う。
……はあ。本当はあまり気が進まないのだが、コイツもちゃんと紹介しておかないとな。
天津 爾瑚。
名前の漢字を覚えるのが面倒なので、脳内では勝手にニコと変換して呼んでいる。
詳細なクラスまでは知らないが一学年後輩の一年生。
知り合ったのはついひと月前だから詳しいことはあまり知らない。知っていることと言えば、「超」が付くほどにライトノベルが好きなこと。
あとはそうだな……俺の天敵だってことだけだ。
「ちょっと、聞いてるの!? なんで天津さんが、ここにいるのよ!?」
じっと見合っている俺とニコを見て、何故か不機嫌さを増す由香子。
まあ由香子が疑問を抱くのも分からんでもない。
ニコは後輩なのだから、当然クラスは別。それがさも当然のような顔をして、俺の机の上に弁当を広げて飯を食っているんだから。
皆にも経験はあると思うが、上級生の教室というのは同じ校舎内にありながらも別世界と言ってもいい程に遠い異空間だ。
足を踏み入れるだけですっげえ緊張する。
それが昼休みとはいえこうして長時間滞在しているのだから、実際かなり目立つ行為ではある。
しかしコイツは、昼休みともなるとほぼ毎日のようにこうしてやってくるのだ。
念のため言っておくが、俺が呼んでるわけじゃないぞ。
むしろここで食べて良いなんて許可を出した覚えも無い。
それなのにコイツは毎日俺の机で弁当を広げ、まるでそうすることが予め決められていたかのように、ごくごく自然に笑みを向けてくる。
クラスメイト達もすっかりと慣れてしまったようで、今では気にする奴なんていない。むしろニコの外見の愛らしさが庇護欲でもそそるのか、一部の女子達からはお菓子を貰ったりと妙に可愛がられている。きっとペットに餌付けするような感覚なんだろうな。
ニコは由香子からの視線をきょとんとした表情で受け流し、こちらへ顔を向けてくる。
「なんで、と言われましても……ねえ、せんぱい?」
いや知らねえよ、聞かれてるのはお前だろーが、俺を巻き込むな――。
咄嗟にそんな言葉が浮かぶものの、俺はあえて口にはしない。ニコの言葉に完全スルーを決め込み、俺はただ黙々と、もぐもぐと、箸でつまんだ白米を口へと運ぶだけ。
「……あれ? せんぱい?」
もぐもぐ。
「もしもーし、せんぱーい? 聞こえてますかー? 可愛い後輩が話しかけてますよー? ほらほら、いつもニコニコのニコちゃんですよおー?」
もぐもぐもぐ。
「えーと、あれ? もしかして……」
もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
「…………怒ってるんですか?」
もぐ――。
思わず箸を止め、驚いている様子のニコへと顔を向けてしまう。
本当に心の底から意外そうな声。俺が怒っていることなんて――、いや自分が怒られることなんて万が一にもありえない。そう信じ切っているという声。
……うん、さすがに我慢の限界でした☆
「あったりまえだろうがあああああああああああああああっ!」
我ながら唐突過ぎる大絶叫に、当然のごとくクラス中から集まるイタイ視線。しかしそんな精神的苦痛すらも、ニコへの怒りは軽く凌駕する。
「おまえ、昨日俺に何をしたのか忘れた訳じゃねえだろうな! ああん!?」
「や、やっぱり怒ってたんですね! 私ももしかしたらそうじゃないかなあとは思ってたんです! どれだけ話しかけても無視されるし、生ゴミでも見るような目で睨みつけてくるし、私が視界に入る度に舌打ちするし―――」
「むしろ、そこまでされてなんで怒ってると気づけなかったのよ」
由香子が呆れたように呟く。
「で、でもでもっ! なんで怒っているんですか!? ぜんぜん分かりませんっ!」
こ、こいつ――!
惚けている様子なんて一切ない。本気で理解出来ないといった表情。
コイツはこういう奴なのだと分かってはいた。しかし分かっていたとはいえ、その姿を現実に見てしまうと、もはや盛大に溜息を吐くしかない。
――あれはそう、昨日のことだ。
トラックに轢かれて死んで、あの世みたいな場所で女神にあって、異世界に転生させられそうになって、でも帰ってきて――
って、改めて思い返してみても、完全に意味が分からないな。でも全部事実なのだから仕方が無い。
あの世に行って転生未遂をした――それ自体は別にいい。いや、本当はそんな簡単に済ませていいことではないような気もするが、ちゃんと帰って来られたのだから特に気にしてはいない。
そもそも俺だって、ちゃんと現実世界に帰って来られるという確信があったからこそ、女神から死を告げられた時も平然としていられたのだ。
むしろ問題なのは、どうやってそこまで行ったのかということ。
トラックに轢かれたから?
ああ、その通りだ。
じゃあ、なんで轢かれた?
昨日あったことを簡単に説明するとこうだ。
――放課後。下校中。俺はいつもどおり、駅まで続く大通りを一人とぼとぼ歩いていた。
『せーんぱい!』
突如聞こえた声に振り向くとニコが笑顔で立っていて、
『――えいっ』
唐突に突き飛ばされた。いきなりのことに為す術も無く車道へと倒れ込み、タイミングよく突っ込んで来たトラックに轢かれて……死んだのだ。
うん。大事なことだからもう一度言うぞ。
ニコに突き飛ばされて、車道に倒れ込み、トラックに轢かれて、死んだ。
つまりだな―――
俺は! こいつに! 殺されたんだよおおおおおおおおおおおおおおっ!
いや直前にニコまでが飛び込んできて一緒に轢かれたのだから、正確には無理心中と言うべきなのかもしれないが!
だからって信じられるか!? 笑顔で先輩を車道に突き倒す後輩って、どんなサイコパスだよ!? 完全にこいつ頭おかしいだろ! 怒りを通り越してもはや怖えよ!
いや、分かっちゃいるんだよ? ニコに悪意なんて微塵も無いってことは。ニコだって無事に異世界から帰って来られると確信していたからこそ、あんな行動を取ったわけで。
実際、あれだけ派手に轢かれたはずなのにかすり傷ぐらいしか残っていないし、後遺症も無ければ傷跡が残ることもない。
死んでも帰って来られることをニコは最初から理解していて。
事実、そうなっている。
なんでそんなことが可能なのか……詳しいことは俺にも分からない。
だけど、それが出来てしまうのがコイツ―――天津ニコなのだ。
「せんぱい! なんで怒ってるんですかあああ! 教えて下さいよおおおお!」
「自分の胸にきいてみろ!」
「うう、分かりましたよ……ツートントン、ツートントンツー……」
「モールス信号で!?」
ようやく俺から離れたニコは「ぐずぐず」と鼻を鳴らしながら、どこかしょんぼりとした様子で俺を見上げてくる。
「いえ、本当は私も分かっているんですよ。今回はちょっと強引だったかな、と」
「ほほう、お前にそんな常識的な感性があったとは驚きだな」
「ひどいです! でもでも! 私はどうしても一度行ってみたかったんです!」
なるほどな。それほどまでに異世界に行ってみたかったと。
「私だって……高校生にはまだ早い場所だって分かってましたけど……」
いや高校生とか関係無く生きてる人間にはまだ早いだろ。
「私も、その……初めてで少し怖かったですし、……でももし行くんだったら、その相手はやっぱり先輩とがいい、かなって……(ポッ)」
そりゃ確かに一人じゃ心細かったというのは分からなくもないが。というか、なんでコイツは頬を赤らめて……
……ん? なんかクラス中から不穏な視線を感じるんだが?
「ちょ、ちょっと!? ゆうすけ、あんたこの子とどこに行ったのよ!?」
突如、声を荒げる由香子。
「どうしたんだよ急に?」
「どうした、じゃないわよっ! 今のってどう考えても――!」
んん? こいつ、なにを突然取り乱して―――
俺は怪訝に感じながらも、先程ニコが発した言葉をゆっくりと思い返してみた。
高校生ではまだ早くて。「初めて」は怖いもの。もし行くなら「相手」は「俺」がいい。そして恥ずかしそうに頬を染めながら語るような場所、と……。
……ああ、なるほど。
って、これ完全にいかがわしい場所の説明じゃねーかああああ! 間違いなくカップルで行くステイとかレストとかの、あの場所のことだよね!
「ちょっ、ニコ! 紛らわしい言い方すんな! ちゃんとはっきり言ってくれ!」
「分かりました。ラブホ――」
「よし黙れ!」
ちょっと待てええええええええええええええええええええええええええ!
お前何言っちゃってんの!? わざわざ俺が濁して表現した意味なくない!?
ニコの首元を掴んで引き寄せ、周囲には聞こえない声量で猛然と抗議する。
「(お、お前いったいどういうつもりだよ?)」
「(はい? どういうつもりとは?)」
「(なんでラブホなんて嘘を言ったんだよ!?)」
「(嘘なんてついてませんよ。これ、見てください)」
そう言って取り出したのはニコが愛用している手帳。
表紙に描かれたリアルな黒ウサギが血走った瞳でこちらを睨んでいるという中々に凶悪なデザインの一冊。その中をパラリと開く。
そこに隙間なくびっしりと書かれていたのは、恐らく昨日の「取材」とやらで例の女神から聞き出した情報の数々。
そして、ページの先頭にデカデカと書かれているのは、俺達が転生する予定だった異世界の名前。それは――
「(ラブラブホーリー☆ミラクルランド……略して、ラブホです)」
紛らわしいにもほどがあるっ!
「(ちなみに命名したのはあの女神様らしいですよ)」
ネーミングセンスまで壊滅的だな、あのポンコツ女神!
もし自分の世界が「ラブラブホーリー☆なんちゃら」なんて呼ばれているのを知ったら、俺は今度こそどんな手段を使ってでも別の世界への逃亡を図るぞ!
「ラ、ラブホって――! 祐介、あんた本当に天津さんと!?」
しかし、由香子にそんな裏事情が分かるはずもなく。
「違う、そうじゃない! ラブラブホーリー☆ミラクルランドだ!」
「なに自信満々に行ったホテルの名前を主張してるのよ!」
「違ううううう!」
いや確かに俺も、地方の安っぽいラブホにありそうな名前だなあ、とは思ったけれども!
俺達が声高にラブホラブホ言っているせいで、クラス内もどこかざわつきを増してくる。
「え? ラブホ? どういうこと?」
「なんでもニコちゃんと岩岡君が一緒に――」
「いや岩岡君がニコちゃんを連れ込んで――」
「え? 岩岡の奴が嫌がるニコちゃんを騙して強引にホテルに連れ込んだって!?」
「…………岩岡君サイテー」
あああああああああああああああああああああ! もう本当になんなのこれ!
俺に一切の非は無いのに。俺はむしろ被害者なはずなのに。何故か俺の評価だけが物凄い勢いで下落していく。
ああ、まただ。いつも――いつだって、こうなるんだ。
マイペース過ぎるニコに振り回され、巻き込まれ、何故か俺だけが被害を被る。
それなのに俺がどれだけ嫌がろうとも、逃げようとも、狙った獲物は逃がさんとばかりにコイツは俺にまとわりついてくる。
なんなのこれ。新手のイジメ? 罰ゲーム? それとも一度装備したら二度と外せない類の呪われたアイテムかなんかなの?
俺が若干の殺意さえ込めてニコの顔を睨みつけると、コイツはまた何を勘違いしたのか、俺の顔を見るなり頬を桜色に染めやがった。
「せんぱい、その……」
モジモジと身を揺らし、潤んだ瞳と、どこか恥ずかし気な表情で。
クラス中の視線がニコへと注がれる中、コイツが発したのは。
「……すごく、良かったです……また、一緒にイキましょうね」
空気が凍りついた―――
そんな表現が実は比喩でもなんでもないことを俺は初めて知る。
そして。
「ゆ、ゆうすけえええええええええええええええええ!!」
「誤解だああああああああああああああああああああ!!」
悲痛な叫び声が、冷たく静まり返った教室内に虚しく木霊したのだった。
ああ、そうとも。これが、今の俺の繰り返される日常。
平凡な日常がどれほど尊く価値のあるものなのか。みんな知らない。
だけれど、仕方が無いのだ、とも思う。
きっとそれを知るのは、それを失った者だけなのだから……。
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