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この世界はラノベなんかよりよっぽど面白いっ!  作者: 御堂寺祐司
■プロローグ
1/29

プロローグ

 これは、あくまで例え話なんだが―――



「残念ですが、貴方は死んでしまったのです」



 唐突に、そんな台詞から始まる物語があったとしたら。


 どんなジャンルの作品を想像し、どんなストーリーを思い浮かべるだろうか? 


 愛する人と死に別れた悲恋もの? それとも、サイボーグとなって蘇り悪人とバトルを繰り広げるアクションもの?


 まあ、いまやジャンルもストーリーも多様化の一途を辿り、物語と呼べるものなんて溢れ返っている世の中だ。そんなインパクト重視な書き出しだって探せばいくらでも見つかるだろうし、いっそ古典的ですらあるのかもしれない。



 じゃあ。ここで、もうひとつ。


 次に続く言葉がこんなのだった場合は――?


「でも安心してください。貴方は、もう一度人生をやり直すことが出来るのです」


 そしてその台詞を口にしているのが、直視することがはばかられる程の完璧かつ神々しい美しさを備えた存在、


 いわゆる――女神様――だったら。


「――貴方は、こことは別の世界へと生まれ変わるのです」



 もう言わなくてもなくても分かるよな?


 そう。これは――ライトノベル。通称ラノベってやつだ。



 理不尽極まりない突然死。そこからの異世界転生。

 流行り廃りなんてのは良く分からないが、いまや王道とも呼べるほどになったファンタジーものの定番。

 生前に培った知識や経験を活かし、現実世界では考えられなかったような無双じみた大活躍を新天地で披露する。

 きっとそんなストーリー。


 で、ここからが本題なんだが。


 なんで突然そんなことを話し始めたのかと言うと―――


「――貴方は神に選ばれたのです。岩岡いわおか 祐介ゆうすけさん」


 金糸のような前髪から覗く琥珀色の双眸。その瞳が細められ、口元を優しげな微笑みが彩る。耳に心地よい鈴音のような声が紡いだのは、生まれて十七年間慣れ親しんだ、俺の名前―――つまりは、()()()()こと。


 これは夢でも妄想でも無く、実際に起こっていること。


 まさに今。この瞬間。重篤な中二病患者であれば泣いて喜ぶようなシチュエーションを、俺は体験するハメになっているわけだ。


 ぐるりと周囲を見渡せば、垂直方向にも水平方向にも終わりの無い空間。淡い光だけが満ちる不可思議な世界の中で、身に着けている高校指定の制服だけがかろうじて現実感を残している。


 すでに十分過ぎるほどに常軌を逸している状況だというのに、さらに追い打ちでもかけるかのように、目の前に現れた美女は自らを『女神』だと名乗りやがった。


 なんの事前説明も無くこんな場所に放り出され。

 自称、神様とやらに死を告げられ。

 良識ある一般人であれば、この後に取る行動は大抵の場合、次のどちらかになるだろう。


 「ああ俺は夢を見ているんだな……」と逃避するか、

 「ああ俺は頭がおかしくなったんだな……」と諦観するか。

 まあ、どちらにしろ現実を受け入れないという点では大差は無いのかもしれない。


 ちなみに俺はどっちなのかというと―――残念ながら、そのどちらでもない。


 俺はちゃんと理解している。この状況が紛れも無い現実なのだということを。

 そして、()()()()()()()()()()、俺はこう口にした。



「……はあ。そうですか……」



 ――時間が止まった。


 いや、本当に時間を止めたとかそんなザ・〇ールド的なことじゃなくて、あくまでそんな雰囲気になった、という話だけれど。


 女神様の滑らかな眉間に皺が刻まれ、笑顔が固まる。


 恐らくは俺の反応が想定外だったんだろう。口元の笑みこそ変わらないが、その表情の向こうに『あ、あれえ?』という心の声が透けて見えるようだ。


「……あの、あまり驚かれていないんですね?」


 ぎこちない笑顔を浮かべ小首を傾げる。そんな人知を超えた存在にしては妙に人間くさい仕草に若干の親近感を覚えながら、俺は苦笑交じりに言葉を重ねた。


「え? ああ、まあ……そおっすね……」


 眉間の皺が深くなった。一段と。


 驚いてもいなければ落ち込んでいるわけでもない。そんな俺の様子がやはり腑に落ちないらしく。女神様は困ったように眉尻を下げると、こめかみに人差し指を当てて瞳を閉じ、うんうん唸ること――30秒。

 やがて唐突に目を見開いたかと思うと、「分かりました!」そう言って胸の前でぱちんと手の平を打ち合わせた。


「なるほど。祐介さんは自らの死をまだ受け入れることが出来ていないのですね。なるほどなるほど。そうか。そうですよね。なるほどなるほど……なるほどなー」


 しつこいほどに「なるほど」を連呼しながら、そんな風に勝手に納得してうんうん頷いている。


 深く考え込んでいたわりに導き出された答えはずいぶんと的外れな回答。思わず口を開きかけるが、妙にスッキリとしたその表情を見ていると、わざわざ訂正するのも悪い気がしてしまう。

 そして、向けられるのは憐憫に満ちた眼差し。


「……まあ、そうですよね。無理もありませんよね。いきなりのことでしたもんね……本当にお気の毒だとは思います。

 ……でも、これは既に起きてしまったことで、紛れも無い現実の出来事なんです」


 ああ知ってるよ。よおく知ってる。


「すぐに理解しろとは言いません。しかし理解する努力はすべきです。これから向かう世界でしっかりと生きていくためにも」


 これから向かう、しっかりと生きていく、ねえ。


「それにですね――祐介さんはとても恵まれてもいるんですよ?」

「……はい?」 


 その言葉だけは聞き流すことが出来ず、思わず声が漏れ出てしまう。


 えっと、いま、なんつった?

 ――高校生の若さで死んだのに『恵まれている』?


 それでも初めて俺が見せた明確な反応に、女神の瞳には安堵の色が浮かび、


「だってそうでしょう? 何故なら――」


 ついには確信を持った表情で、コクリと頷いた。



「――貴方たちは一人じゃないのですから」



 そうして同時に笑みを浮かべる、俺と女神。


 しかし、その意味合いは全く逆で。女神の顔に浮かぶのが慈愛に満ちた穏やかな笑みであるのに対して、俺の顔にあるのは頬を引き攣らせまくった絶望のそれだ。


 ――あなた、()()


 その言葉が示していること。その事実。


 ……なあ、俺は異世界転生に関しては初体験なもんで(あたりまえだが)、良ければ教えて欲しいんだが。

 異世界転生は一人で行うものである。そんな決まりがあるのだろうか。

 ルールを守って一人ずつ順番に。そんな作法があるのだろうか。


 聞いておいてなんだが答えを述べさせてもらおう。


 結論――あるわけねえ。


 俺は胡乱な眼つきのまま、隣を見やる。


 視線の先には、俺と同じ高校の制服に身を包んだ少女が一人。


 高校生にしてはやたらと小柄で華奢な体格、色素の薄い栗色のふわふわショートカット。幼くあどけなさの残る表情は、見ようによっては愛らしくも見える。


 その少女は、ここに来てからまだ一言も発しておらず、俺の制服の裾を掴んだまま、身を寄せるように立っている。


 その手は微かに震えていて。唇をぎゅっと引き結んでいて。

 俺が声をかけようとした瞬間、それを遮るように少女の瞳がこちらを向いた。


「……せん、ぱい……」


 絞り出すような声。大きな瞳は涙で滲み、周囲の光を映してユラユラと揺らめいている。


 ああそうか。可哀そうに。突然死んでしまってショックだよな。信じられないよな。悔しいよな哀しいよな泣きたくなるよな未練もあったよな大丈夫言わなくても分かってるさ。


 ……なんて。


 ……()()()()()()どれだけいいか。


 ぷるぷると身体を震わせている一見して()()()()に見える少女は、ついに感情が抑えきれなくなったのか、その口元を大きく歪める―――ニヤリと。


 そして、叫んだ。



「いよっしゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」



 頬を上気させ、瞳を見開いて、ぴょんぴょん飛び跳ねるというハイ過ぎるテンションで。

 反響する壁など無いはずのこの世界に歓喜の雄叫びを響かせている。


 この少女の名前はニコ。


 コイツはこの状況を憂いてなどいない。そんなことは微塵もない。


 瞳が潤んでいたのは深く感動していたから。震えていたのもあまりの歓喜ゆえ。

 長年眠っていた休火山がなんの前触れも無く噴火したかのように。唐突に感情を爆発させた少女の奇行を、女神は今度こそ笑顔を取り繕うことすら忘れ呆然と眺めている。


 この世界に現れた人間二人。


 一人は、自身の死を告げられてなお動揺する様子が無く、

 もう一人は、自身の死を告げられてなお歓喜の雄叫びすらを上げている。


 ……なんだこりゃ。女神様の表情がそう物語っている。全知全能であるはずの神様が、まるで理解が出来ないとばかりに、呆然とした表情を浮かべている。


 まあ、それでも女神としての役割を全うするべく、「えっと、その……ちょ、ちょっと待ってくださいっ」と言い出したと思ったら、またそこからうんうん唸って――約3分。


 さてここからどう立て直すつもりなのか。

 若干興味が湧き出し始めたところで、ようやく女神が―――その口を開いた。


「……残念ですが、貴方は死んでしまったのです」

「まさかの最初からやり直し!?」


 どうやら理解出来ないものは見なかったことにするつもりらしい。

 しかし、その言葉にすらニコが返したのは、


「はいっ!」


 何故か全力全霊の眩しすぎる笑顔で。


「……えっと、で、でも安心してください。貴方は人生をやり直すことが――」


「はいっ!!」


「……いや、あの、その、だから……あ、あたらしい世界に、ですね……」


「はいはいはいはーいっ!!!」


「……ふえええええ」


 神様が泣くなよ。


 どうもこの神様、想定外の事態に弱いタイプらしく。最初の威厳はどこへやら、すっかりと挙動不審になってしまっている。「……あれえ? な、なんで? 対応マニュアルにこんなパターンは書いて……あれええええ?」そんなことを呟きながら、ぐるぐるお目めで頭を抱え出す。


 しかし、興奮MAX状態となったニコにはそんな女神の惨状すらも視界に入っていないらしく。さらに追い打ちをかけるかのように声を張り上げた。


「あの! 女神さま!」


「は、はい!? なななな、なんでしょ――」

 

「取材をさせてくださいっ!!」


「……はい……にょろん?」


 いかん。完全に理解の上限を超えてしまったらしく、とうとう真顔で意味不明の言語を発し出した女神。微妙に焦点の定まっていない瞳がマジでヤバイ。


 それでもニコがずずいっと歩み寄ると、怯えるかのように同じ分だけその身を引く。


「ひいいいっ……えっと……しゅ、ざい……?」


 言葉の意味が分からないのか。それともなんでこの状況でその単語が出てくるのかが分からないのか。おそらくは後者だろうな。


 だけどニコはその言葉を「なんのために?」という意味合いで受け取ったらしく。


「決まっているじゃないですか!」


 と自身満々な笑顔で宣言する。

 キラッキラの瞳を輝かせ、自身の想いを、野望を、熱く高らかに解き放つ。



「最高に! 面白い! ラノベを書くためですよう!!!!」



 それは正真正銘、心からの言葉で。一切の曇りも無く、純粋でまっすぐな強い願望で。


 それこそ……その一心だけで異世界転生をも可能にしてしまうほどの。


 ラノベ。ライト文芸。ライトノベル―――他にも呼び方は数あれど。

 比較的読み易い文章と可愛らしいイラスト。若い世代を対象に、市場と知名度を拡大し続けてきた一大コンテンツ。定義の曖昧さはあるものの、そういったノベルス作品の総称。


 しかし、言い方を変えるのならば―――()()()()()()()()()()、でもある。

 なんでそこまで夢中になれるのか。

 俺には分からない。いや、もっと正確に言うのなら、分かりたくもない。


 何故なら俺は―――


 愛用の手帳とボールペンを取り出し、本当に女神へのインタビューを始めたニコの姿を眺めながら……俺は呟く。


 創作の世界としか思えないようなシチュエーションの中に身を置いてなお。

 眼前で繰り広げられる神秘さの欠片もありはしない人と神のふざけた邂逅を目の当たりにしてなお。

 俺は―――


「ではでは! 次の質問に行きますね☆」

「もう帰ってくださああああああああああああああああああああいっ!!」


 呟いた言葉は掻き消され、誰の耳にも届くことはない。


 漠然とした嫌悪感と共に、この胸の中に存在するだけ。



 ――ライトノベルなんか、大っ嫌いだ………と。



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