贈り物と惚気
「―――で、髙都に着いたわけですが」
「おい、圭一。何が『で』なんだよ」
不満気に俺を睨み付ける日野貴弘ことタカ。俺はその言葉を華麗にスルーする。何なら、フっと鼻で笑ってやった。
タカは口の端をピクピクと引きつらせて、只でさえ悪い目付きを更に鋭くさせた。うん。敵を前にした若獅子のような雰囲気だな。失礼なやつだ。
「そう睨むなタカよ。俺は好意でこうやってお前をここに連れてきてやったんだぜ?」
「朝から突然家に訪ねてきて、問答無用でここまで引っ張って来た奴が何を言うか。んで……どういうことだよ」
「ふむ。まあ、そう慌てるな貴弘君」
そう言って、俺は目の前にそびえる大型のショッピングセンターを見上げた。このショッピングセンターは髙都で一番の広さを誇る。食料品は勿論、衣類から電化製品、家具や書籍等々ここに来たら何でも揃う。買い物をしたいときは、まずここに来れば間違いない。
「歩きながら、話すよ。取り敢えず行こうぜ」
時間も惜しいので、足早に入り口を目指して足を進める。タカは慌てて俺を追いかけて来た。
ショッピングセンターに入り、入り口直ぐにあるエスカレーターに乗る。3階で降りて、目的のストアへたどり着いた。俺は意を決して内部に突入する。顎に手を当て、沢山の商品を眺める。
「……なぁ、圭一」
居心地悪そうに視線をさ迷わせているタカは、小声で俺に話しかけてくる。俺は視線を向けて、続きを促す。
「ここって、女のアクセを取り扱ってる店だろ」
「そうだな」
目の前には、ネックレスやピアス、髪飾りなどがところ狭しと並べられている。キラキラと眩しいものばかりだが、値段はかなり手頃なものばかりだ。中学生の小遣いでもなんとかなるレベルである。
回りに目を向けても、女性ばかりで確かに場違い感は否めない。意識すると結構恥ずかしい。俺は軽く頭を振って、思考を切り替えた。
「……そろそろ、理由を教えてくれても良いだろ?」
「お前、本当鈍感だよな。ここまで来たら、分かりそうなもんだぞ。頑張って、察しろよ」
むっ、とタカは押し黙った。10秒ほど、眉を寄せて熟考。そして、ため息を吐いて降参とばかりに両手を上げた。
「……分からん。教えてくれ」
「はぁ、タカはそうだよな。よし、じゃあ奮発して大ヒントを出そう。……貴弘君、明日は何日だ?」
「……ん? 3月14日だけど」
それがどうしたんだ、とタカはぱちくりと目を瞬かせた。俺はそれに呆れつつも、言葉を続ける。
「だな。じゃあ、その日最大のイベントは何でしょう?」
「イベント……そんなもんあったか……? 3月……3月14日。14日……あっ」
ピコン。と、タカは頭の上で電球が灯ったような表情を浮かべた。
「……あー、ホワイトデーか?」
「おう、そう言うこった。俺は椿ちゃんからチョコを貰ったから、そのお返しを買いに来た。んで、お前も髙野宮さんにチョコ貰ったろ? だから、ついでに誘ったんだよ。どうせタカのことだから、そこらへんあんまり考えてないだろうと思ってさ。というか、毎年ホワイトデーのこと忘れて、当日になって慌ただしくスーパーへお菓子、というか駄菓子を買いに行くのもどうかと思うんだが」
「……正論すぎて何も言い返せない」
ぐうの音も出ないとはまさにこの事か。へちょりと眉を下げて、情けない声を上げるタカ。毎年、髙野宮さんにチョコを貰うんだから、いい加減学習した方がいいと思う。
ホワイトデーのお返しが駄菓子とか、今時の小学生でもそんなことしないわ。まぁ、髙野宮さんは喜んでたけど。でも、あの人はタカからの贈り物であれば何でも喜ぶから例外だ。決してスタンダードな反応ではない。
「まぁ、話してても進まないし、とりあえずお互い自由に選ぼうぜ」
「……ああ、そうだな」
***
とりあえず、店の商品に目を向ける。
テーブルにところ狭しと並べられた様々なアクセサリー。種類がありすぎるのも逆に困る。どれを選ぼうか迷う。こういうときは、消去法が一番賢いやり方だ。
(椿ちゃんはまだ8歳だから、ピアスは早いな。ネックレスやブレスレットも悪くないけど、物によっては壊れやすいって聞いたことがある)
ここは無難に髪止めかな。髪飾りが置かれたブースに視線を向けようとして、ひとつの指輪が目に入った。
ハートに王冠、そしてそれを支える手のような構成がされた指環だ。独特のモチーフだが、何故か目が離せない。
指輪を手で取って、眺める。
シルバーリング。王冠には赤い宝石……ではなく、値段的にはガラスだろう。それがワンポイントになって、大変可愛らしい雰囲気だ。これなら、小学生の椿ちゃんが付けていても違和感がない。
(椿ちゃんって、赤が似合うよな)
椿ちゃんの姿を脳内に思い浮かべる。
良く赤い着物を着ているし、本人も赤色が好きなのではないだろうか。いや、絶対に好きだ。
店内を一周して他のアクセサリーも見てみたが、やはりこれが一番良いように思う。
「良し。これにするか」
俺は即座にレジに向かい会計を済ませ、包装してもらった。
「圭一、お前もう買えたか?」
「おう、バッチリだ。タカはまだか?」
「ああ、一応これにしようと思うんだが」
そう言って、タカは飾り気のない黒いリボンを見せてくれた。髙野宮さんに贈る物としては、些か華に欠けるような気がする。
「えっと、すごくシンプルだな。本当にこれで良いのか?」
「ん、あいつは変に飾りたてなくても、元が綺麗だからこれくらいで良いんだよ。撫子自体が宝石みたいな女だからな」
……さりげなく、壮絶な惚気を聞かされているような気がして悶絶した。