夢と現実
「圭一、お前進路は決まってんのか?」
放課後、共に帰路につくタカは思い出したようにそう言った。
「進路?」
「そうだ。行きたい高校とかあるのか?」
「あー。まぁ、衣笠高校かな。偏差値も真ん中ぐらいで、何より近いし」
「うんうん。そうだよな」
何度も頷くタカ。
そんな姿を見て、不思議に思う。俺たちはもう中二だから、受験を意識することは別におかしいことじゃない。でも、突然どうしたんだろう?
「タカこそもう決まってるのか?」
「あー、それがな。俺もお前と一緒で衣笠高校に受験しようと思ってたんだよ。でも、今迷っててさ」
タカは眉を下げてため息を吐く。その哀愁漂う雰囲気に戸惑う。本当に大丈夫か? こんなタカははじめて見たかもしれない。
「タカ、あんまり思い詰めるのも良くないぞ」
「ああ、分かってはいるんだがどうもな」
「そっか。で、ちなみにどこの高校と迷ってるんだ?」
「……聖深学院」
「聖深学院って……」
聖深学院と言えば、明治に入ってイギリスのパブリックスクールをモデルに創設された歴史あるキリスト教系の超名門高校だ。
元々は上流階級の子女を育成する女学院であったが、時代に即し、今は共学となったと聞く。更に、ここに通う生徒の殆どは本物のお嬢様とお坊ちゃんであるらしい。一般市民には縁遠い場所といって良い。
「……かなり偏差値高いだろ。大丈夫なのか?」
「まぁ、それは何とか。どっちかというと学費だな。滅茶苦茶高い」
「そりゃ、私立だからな。でも、奨学金借りるとか、授業料はない免除、もしくは減免の制度とか方法はあるんじゃないか?」
「そうか、そうだよな! ありがと、調べてみるよ」
タカは頷いて、笑った。その笑顔を見てホッとする。やっとタカらしくなった。
「……なあ、タカ」
「おう、なんだ?」
お前、何で聖深学院に行きたいと思ったんだ?
そう聞こうとして、止めた。
聖深学院は、髙野宮さんと椿ちゃんが通っている学院だ。間違いなく髙野宮さん案件だろう。まぁ、詳しいことは気が向いた時に聞くか。
「いや、何でもない。それより、腹へったな。どっかに食いに行かないか?」
「おっ、良いねぇ。で、何食うよ?」
「じゃあ、寺地屋のクリームソーダー」
即答する。
寺地屋というのは、俺たちが良く行く昔ながらの喫茶店だ。そこのクリームソーダーはまさに絶品。毎日通いたいくらい。
「圭一、お前ほんとそれ好きだよな」
「まあな。クリームソーダーならいくらでも食える。勿論、寺地屋限定だ。タカだって嫌いじゃないだろう?」
「違いない」
俺たちは笑って、軽くお互いの拳をぶつけあった。
***
部屋のベットに寝ころがりながら考える。
(進路。将来何したい、か……)
今はまだ特に考えていない。
というか、想像がつかない。
高校だって、そこに行きたいから志望している訳ではない。俺の成績でも合格でき、何より利便性が良いというだけだ。流れに流されるまま自分の確固たる意見を持てない。
10年後の自分はどうなっているのだろうか。中堅企業のサラリーマンになって、働いて、結婚して、家族ができて、きっと可も不可もない人生を送っている、そんな気がする。
(……いや、そもそも結婚できるかも微妙だな)
今、日本は晩婚化が進んでいる。
そこには女性の社会進出が背景にあるように思う。
昔は、男が働きお金を稼いで家計を保っており、女性は公的な存在として認められていなかった。更に、彼女たちには十分な教育が与えられず、ただ男性に仕えることが美徳とされた。男に頼らずに女性は暮らしていけない。そんな世の中だったのだ。
でも、今はそうじゃない。女性も社会に出て働き、結婚せずにひとりでも十分生きていける。男性が女性を選ぶのではなく、女性か男性を選ぶ時代へと突入しているのである。
最終的に俺が何を言いたいかというと―――
「将来何したいかは分からんが、彼女は欲しいなぁ」
そう。
まどろっこしいことを言ったが、結局はここに行き着く。
特にあの二人のことを見れば見るほど羨ましくなる。あんな風に通じ会える彼女が欲しい。
「都合良く、俺なんかが良いって言ってくれる女の子がいないかなー」
そんなあり得ない、夢想をして深くため息をつく。
なんだか、余計寂しくなってきた。俺は誤魔化すようにそっと目を閉じた。