雌獅子と子狼
「くそ、何で毎回俺がドベなんだよっ!」
「……だから、お前顔に感情が出すぎなんだってば」
トランプをぶちまけて、苛立ち頭をかきむしるタカに苦笑しながら答える。嗜めるように、意識して柔らかい声を出す。
「ババ抜きはポーカーフェイスで、相手を出し抜く遊びだろ」
「むっ、それは分かってはいるけどよ」
「……まぁ、何事も直球ってのはお前の良いとこだけどな」
「それ、褒めてんのか?」
無言で微笑む。
……沈黙こそ最大の答えだ。
それを見て、タカは疲れたように肩を落とした。仕事帰りのサラリーマンみたいな表情。いつもはあっけらかんとしてるのに、妙なとこで落ち込むんだな。
そんなことを考えていると、タカを庇うようにして髙野宮さんが前に出てきた。何か彼女の背中から、ものすごい覇気を感じる。
あの……髙野宮さん、ここは世紀末じゃないんだけど。
心の中でそう思う。
ギンッ、と睨み付けられた。いや、俺今の口に出して無かったよねっ! この人、心が読めるんだろうか。あり得そうで怖いわ。
背中で語って目で殺す。
そんな気概さえ感じる。
―――ア、アカン、気を抜いた瞬間、ヤられる。
汗が頬を伝った。
「木村さん、あまり私の貴弘さんをイジメないで頂きますか?」
「うえっ!? えっと、いや、イジメてはいないと思う……思いますけど」
「そう……でも、本当に貴弘さんをイジメようものなら、私も黙っていません。周知徹底の程よろしくお願いしますね」
そう言って、髙野宮さんは優雅に微笑んだ。穏やかな表情とは裏腹に、その瞳は手負いの仲間を守る肉食獣のそれ。一言で言うと、とんでもなく怖い。というか、さりげなくタカのこと「私の」って言っちゃってるよこの人。
「撫子姉様、どうかお怒りを納め下さい。お兄ちゃんが怯えています。それに、圭一お兄ちゃんがそのようなお方でないことは、お姉様も十分ご存知でしょう?」
「……椿ちゃん」
椿ちゃんは、俺の手をぎゅっと握ってくれた。そして、髙野宮さんに対峙するように、一歩前に踏み出す。
えっ、俺を守ってくれようとしているのか!?
なんて良い娘、いや、良い妹なんだ!
「……あら、椿も言うようになりましたね」
「はい。お兄ちゃんのためですから」
「ふふっ、それでこそ髙野宮の女よ。いいわ……私は貴女の姉ですもの。身の程、というものを教えてあげるのも年長者の勤めよ」
「望むところです」
二人の背中に、雌獅子と子狼が見える。
子狼って、駄目じゃん。椿ちゃんが危ない!
「お、おい、ヤバいって。タカ、早く髙野宮さんを止めろ!」
「お、おう、分かった!」
タカは俺の言葉に頷いて、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。ゴソゴソと何かを探している。数秒して、お目当てのものを探し当てたらしく素早く髙野宮さんに近付く。
「撫子っ、これやるから取り敢えず落ち着け!」
髙野宮さんの手を強引に掴んで、その掌に飴を落とした。彼女はぱちくりと、目を瞬させる。
「俺が一番好きなレモン味だ。舐めたら幸せな気分になるぞ!」
こいつアホなのだろうか。
そんなもんで髙野宮さんが止まるわけないだろ!
「……嬉しい。ありがとうございます。貴弘さんは、レモン味が好きなのですね。覚えておきます」
「ああ、別に覚えなくても良いけど……もう怒ってないか?」
「私は最初から怒ってなんていないわ。ふふっ、この飴ずっと宝物にしますね」
「……いや、食べろよ」
げんなりとした表情のタカとは対照的に、くすくすと笑う髙野宮さん。先程までの覇気がまるで嘘のよう。何にせよ機嫌が戻って良かった。
そんな髙野宮さんを尻目に、タカは俺の耳に口を寄せ小声で呟く。
「……なぁ、撫子ってマジで怖いだろ」
「ああ、それは身に染みた。……って、殆どお前のせいだろ!」
「はぁっ!? 何でだよ!」
「彼女の手綱ぐらいちゃんと握っとけよ!」
「か、彼女じゃねぇし!」
ばっ、とタカは勢い良く俺から離れ、顔を真っ赤に染めた。俺は微かに呆れを含んだ苦笑を浮かべ見送った。
タカは毎回これだからなぁ。
いや、本当にいい加減にして欲しい。
お前が髙野宮さんをちゃんと押さえてくれないと、こっちに火花が飛んでくるんだ。いいか、その先に待っているのは大火事だけだ。親友を炎上させたくないなら、大人しくその身を髙野宮さんに差し出せ。それが世界を救うただ一つの方法だ。頼むぞ、生け贄!
「……お前、今ろくなこと考えてないだろ」
「馬鹿言え。俺はいつだって世界の平和を祈っている」
「嘘つけ」
タカは暫くいじけた。