12歳の夏
月日が巡り、12歳の夏の日。
「圭一、今から遊びに行こうぜ!」
放課後、タカから声をかけられた。ランドセルを背負って、振り返る。タカはにかっと、笑った。頭をかいて、首を傾げる。
「いいけど、何するんだ?」
「そーだな。俺の家でゲームしようぜ。んでもって、今度こそレースでお前に勝つ」
多人数で楽しめる有名なレースゲームがあるのだが、タカは俺に一度もそれで勝ったことがない。
ヘタと言うより、タカは駆け引きができないのだ。
レースには、妨害するためのアイテムや近道等々があるのだが、タカはそれらを一切使わない。そう、あえて使わないのだ。
真っ向から勝負するから、いつも負けてしまう。良い意味でも、悪い意味でも、裏表がない。江戸っ子気質というのだろうか。なんにせよ、負けん気が強い。
そう、タカはいつだって真剣で、何より頑固なのである。
「……お前もほんと負けず嫌いだな」
「勝つことを諦めるのは、負けることと同じだ。例え試合に負けても勝負に勝つ! それが重要だ!」
「いや、普通に試合にも勝たなきゃなんねーだろ」
ため息をつく。
そんな俺を見て、タカは笑った。
***
「だあっーーー!」
「ほれ、見んことか」
コントローラー投げ捨てて、後ろにひっくり返えるタカ。悔しそうに歯ぎしり。
「……ご感想をどうぞ」
「ぐむむっ、次は必ず勝つ!」
「毎回言ってるよな、それ」
「あー、うん、よし、気を入れ直して再戦だ!」
「って、聞けよ」
そんなやり取りをしていると、トントンとドアを叩く音かした。ドアが開き、タカのお母さんが顔を出す。
「貴弘、あんたに電話きてるわよ」
「えー、これから良いとこなのに」
「そんなこと言ってないで、早く出なさい」
「へいへい。で、誰から電話なんだ?」
タカはしぶしぶと立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。
「撫子ちゃんからよ」
「やっぱ居ないって言っといて」
食いぎみで言うタカ。タカのお母さんはそれを聞いて、眉をつり上げた。
「バカ言ってんじゃないわよ。早く出なさい!」
「へーい」
げんなりとした表情を浮かべたタカは、酸素が抜けたコーラのような返事をした。
「圭一、ちょっと電話出てくるわ」
「おお、行ってら」
悪いな、とタカは頭をかいて慌ただしく出ていった。
10分程して、タカが部屋に戻ってきた。
「で、髙野宮さんから何の電話だったんだ?」
「あー、要約するとだな。家に遊びにこいってさ。あいつ俺の都合とか一切考えないんだよな。『抗弁は却下致します』って言われたし」
「なるほど。じゃあ、ここで解散だな」
「いや、お前も行くんだよ」
「だが断る」
即答する。
何で俺まで行かないといけないんだ。また髙野宮さんに睨まれるだろうが。
「……撫子の家には、お前の可愛い椿もいるぞ」
「よし、何もたもたしてるんだ。行くぞこんちくしょうめ!」
「お前、切り替えだけは早いのな」
呆れた口調で呟くタカ。
仕方ないだろ。俺の癒しはそこしかないんだ。心の中でそう吐き捨てる。俺は顔を背けて、立ち上がった。
***
「貴弘さん、お待ち致しておりました! ああ……それに木村さんも」
髙野宮邸の玄関に入って早々、髙野宮さんから熱烈な歓迎を受けた。主にタカが。相変わらずすぎて、思わず苦笑する。今日も髙野宮さんは通常運転だった。
「撫子、お前な。いきなり呼び出すのは止めろって毎回言ってんだろ。俺にだって、予定があるんだぞ。そこんとこ分かってんのか?」
「……でも、貴弘さんは必ず来てくださるでしょう?」
悠然と微笑む。最初から分かっている答えを改めてなぞるような口調だった。タカは何かを言おうと口を開いたが、結局何も言えなかった。髙野宮さんもそれ以上何も言わなかった。
(……タカは文句を言いつつも、髙野宮さんには甘いんだよな。まぁ、髙野宮さんはそれ以上タカに甘いんだが)
ふたりの関係性は、一言で言い表せない。単純なようで、複雑。向ける想いのベクトルは違えど、何故かバランスが取れている。
(ほんと、ご馳走さまです)
溜め息をひとつ吐いてから、俺はそんなふたりを置いて、家に上がらせて貰う。一応、お邪魔しますと断りをいれたが、まぁあの様子なら聞こえてはいないだろう。
どうせ髙野宮さんの部屋に行くことになるので、俺は先に部屋の前まで行くことにした。