君に届け
結構久しぶりの投稿。皆、忘れてるんじゃない? 正直、すまんかった。
――月日はあっと言う間に過ぎ去っていく。
***
こういうとき、どういう反応をしたら良いのだろうか。まいったな。本当にまいった。そんなことを考えるのさえ億劫だった。ぎりっ、と歯軋りをしている自分に気付き、意識して顎の力を緩めた。
「……圭一、お兄ちゃん」
俺を呼んだくせに、視線を合わせず俯いだままの椿ちゃんを見て浅くため息を吐いた。俺のため息が聞こえたのか、椿ちゃんは静かに肩を震わせた。
「なぁ、椿ちゃん。どうしてこんなことをしたんだ?」
低い声が出る。
唸るような声音だった。自分でもこんな声が出るのかと驚いた。だが、勘違いしないで欲しい。決して、怒っている訳ではない。ただ、戸惑っているだけなのだ。
「あ、うっ……」
「椿ちゃん?」
椿ちゃんは言葉にならないうめきを上げた。心が痛い。一思に自分の心を殺してやりたいと思ったのはこれが初めてだ。しかし、心を鬼にして、きちんと釘を刺さないといけない。
「――俺、何でいきなり押し倒されたわけ?」
そうなのである。
椿ちゃんたっての希望で、彼女の16歳の誕生日会を俺の部屋で開いた。正確に言うと、開こうとしていた。
主役である椿ちゃんが、俺の部屋を訪れたまでは良かったのだ。しかし、誰が予測できただろうか。俺が彼女を部屋に招き入れた瞬間、タックルをくらい押し倒されたことを。
完全な不意打ちだった。
俺は抵抗さえできず、背中を床に強く叩きつけた。かふっ、と衝撃で息が詰まり、肺が軋む。何なら今でも、呼吸が苦しい。大丈夫か、俺。不安になるが、正直それどころではない。
「なぁ、椿ちゃん。黙ってたら分からないよ。というか、そろそろ俺の上から降りて欲しいんだが……」
おっぱい、げふん、いや、椿ちゃんの胸が押し付られて。大変なことになってるよ。柔らかい椿ちゃんの身体が気になってしようがない。それに、滅茶苦茶良い香りがする。どうしよう。それを意識をすると、ドキドキしてきた。
椿ちゃんは、高校2年生になった。
もう既に女性として十分成熟している。女の子は成長が早い。胸の感触から察するに、Eカップいや下手したらFカップはあるんじゃないか? これ程、発育するとは全く思ってもいなかった。
そこまで考えて、猛烈な自己嫌悪を覚える。
俺は妹分に対して、なんて不埒なことを考えているんだ。最低だ。最低なグズだ。誰か俺の後頭部を思いっきり蹴っ飛ばしてはくれないだろうか。
「お兄ちゃんのせいです。全部、お兄ちゃんが悪いのですっ!」
「ええ、何? えっ、俺何かやらかしたの? 身に覚えがないんだけど。本当にないんだけどっ!?」
「うっ、うう、ひどい。ひどいですっ」
「えええ」
「ふぐっ、うぇ、お兄ちゃんが、おにぃちゃんがぁっ!」
ぽたり。
頬に雫が落ちる。次から次へと。
ぽたり。ぽたり。ぽたり。
「つ、ばき、ちゃん?」
泣いている。
椿ちゃんが泣いている。
それを目の当たりにして、俺は固まった。息も止まった。
「ひっぐ、ふ、あう……うえええぇ」
「何で泣くの!? ど、どうしよう。おおお、落ち着いて。椿ちゃん。泣かないで。ほんと、泣かないで!」
訳が分からない。これ、どういう状況なんだ。困った。心底困った。何を言ったら正解なんだ。
――落ち着け。誰よりもまず俺が落ち着け。
息を吸って、吐いて。吸って、吐いて。ひっひっふー。
いや、違う。これラマーズ法!!
馬鹿が!!!
自分で自分にツッコミを入れる。情けなさすぎて、泣きそう。でも、泣く彼女をこのまま放って置けない。
「あー、椿ちゃん。よしよし、ごめんね。俺、何か椿ちゃんにやっちゃったんだよね」
彼女が泣く理由は分からない。でも、俺が泣かせてしまったことは変わらない。こういうとき、大抵男が悪いのだ。ソースはタカ。
取り敢えず、泣く椿ちゃんの背中を擦って慰めてみる。ついでに、優しく頭を撫でる。
暫くすると、椿ちゃんは泣き止んでくれた。ほっと、一安心。俺は腹に力を入れ、椿ちゃんを抱きしめながら起き上がる。
「あの、椿ちゃん、落ち着いた?」
こくり。椿ちゃんは頷いた。
「その、えっと、俺、何やっちゃたのか教えてもらって良いかな?」
「…………お兄ちゃんがマッチングアプリを始めたって」
ボソボソ、と予想外の答えが返ってきた。
「すぅ―――」
浅く息を吸う。気まずい。
俺がマッチングアプリを始めたことを何故椿ちゃんが知っているんだ。どうして良いか分からず、眼を明後日の方向に泳がせた。
「……そう、貴弘兄様に聞きました」
タカあああぁ、お前が原因かっ!!
マジで、許さんのだがっ!?
きっと、清楚な椿ちゃんからすれば、出会い系のマッチングアプリは不純の塊なのだ。俺がそれを始めたと聞いて、ショックを受けたのだろう。お兄ちゃん不潔です!みたいな?
「えっと、それはだな。何というか。違うんだ。な、俺も22歳でそろそろ彼女が欲しいなって。決して不純な目的ではなくて、純粋な思いなんだ!」
この前タカが結婚したから、まだ彼女がいない俺は焦りを感じているのだ。でも、女の子との出会いがなくて、アプリに頼った次第。
「お兄ちゃんのバカっ!」
「ば、バカって、何で?」
「私の気も知らないで、マッチングアプリを始めるなんて! バカバカ圭一お兄ちゃんのおたんこなすっ!」
罵倒の語彙力が小学生なんだがっ!?
いや、気にするところはそこではない。
決まりが悪くて、頭をかく。
「その、別に、そんなに怒らなくても良いんじゃないか?」
俺の言葉を聞いて、椿ちゃんは顔を伏せた。
バカ、と弱々しく椿ちゃんは呟く。
「……お兄ちゃんには、私がいるじゃないですか」
「へっ?」
俺の間抜けな声が部屋に響いて、消えた。




