天使で小悪魔な女の子
色々考えても仕方がない、俺は椿ちゃんに声をかけようとして――
「つば―――――」
――目を見張った。
視線の先には、椿ちゃんと談笑する男子学生の姿があったからだ。
そいつは、茶髪の清潔感があるイケメンだった。椿ちゃんと並ぶとまさに美男美女。本当にお似合いだ。もしかして、アイツは椿ちゃんの彼氏なのだろうか。頭の中が真っ白になる。
……正直、かなりショックだった。
目を伏せる。
意識して浅く何度か呼吸する。
さっきまでの心踊る気分にはもうなれなかった。思考が深い海の底に沈む。
(……椿ちゃんの邪魔をしない方が良いよな)
自分がとんでもなく場違いな存在に思えてしまった。20過ぎた大学生が高校に来るのもおかしな話だ。
……プレゼントはまた別の日に渡そう。
俺は鞄の中にあるプレゼントを眺めて、踵を返す。とにかく、早くここから去りたかった。
椿ちゃんに彼氏ができて、ここまでショックを受けるなんて、どんだけシスコンなんだ。自分自身に向けて苦笑する。何と言うかハードボイルドな気分だ。酒をしこたま買って帰ろう。そして、今日はやけ酒だ。
とぼとぼと足進める。
「――っ、圭一お兄ちゃんっ!」
後ろから名前を呼ばれた。
椿ちゃんの声だ。どうやら俺の姿に気付いて、走って来てくれたらしい。椿ちゃんの息が微かに乱れていた。
本当は振り向きたくなかったが、椿ちゃんを無視なんてできない。俺は小さく溜め息を吐いて振り向く。
「……椿ちゃん」
「圭一お兄ちゃん、ご機嫌よう。あの、すいません。お兄ちゃんを見付けて、はしたないと思いつつ走って追いかけてきました。もしかして私に会いに来てくださっていたのですか?」
「あ、ああ、うん。まぁ、そうだね」
俺の返答を聞いて、椿ちゃんはむっと眉をひそめた。
「では、私を待たずに何故ひとりで帰ろうとなさったのですか?」
「いや、それは……」
言葉に詰まる。別に隠すことではないのに、何故彼女の返答が怖いと思った。でも、このまま黙っている訳にもいかない。俺は数秒置いてから、口を開いた。
「その、さっきイケメンの男の子と話してただろ? 椿ちゃんの彼氏だったら、邪魔しちゃ悪いと思って」
「――――――何ですって?」
ドスが効いた声。
えっ、何。これ椿ちゃんから発せられてる!?
椿ちゃんはぷるぷると身体を震わせ、俺を睨み付けた。
「中田さんは恋人ではありませんっ! ただのクラスメイトですっ。そんなあり得ない勘違いしないでくださいっ!!!」
「ひぇ……ごめんなさいぃ」
勢いに負け、頭を下げる。とんでもない地雷を踏み抜いてしまったらしい。
「本当にあり得ないですっ。よりにもよって、お兄ちゃんがそんなことを言うなんて信じられませんっ!!」
ひたすら頭を下げ続ける。というか、怖くて頭が上げられない。椿ちゃん怒るとこんな感じなのか。
「うう、ごめんよぉ。いや、でも、ほら。すごいお似合いだったから、そうなのかなって」
「……お兄ちゃん、最低です」
「ええっ!?」
「お兄ちゃんの鈍感」
「えええっ!? 何かごめんね!」
「理由も分からない癖に謝らないでください」
「はい。おっしゃる通りで」
けちょんけちょんに言われてしまった。恐る恐る顔を上げる。椿ちゃんは髙野宮さんに似た冷たい視線を俺に向けていた。ひぇ。まさか椿ちゃんが髙野宮さんと同じ眼差しを向けてくるなんて……。
「……お兄ちゃん」
「はい」
「私、怒っているのですよ?」
「はい」
「それなのに、何故笑っているんですか?」
「えっ、笑ってる?」
頬に手を当てる。確かに口角が上がっていた。驚いた。どうやら俺は本当に笑っているようだった。それに先程と違い心が凪いでいた。
「別に面白いって訳じゃなくて……たぶん、ほっとしたというか」
「ほっと、ですか?」
こてん、と椿ちゃんは頚を傾げた。可愛い仕草。気持ちが更に落ち着いた。
「うん。その、椿ちゃんに彼氏が出来たって思って、ショック受けたから」
「……しょっく」
「うん」
「うけた」
「う、うん」
「しょっく、うけた」
何故、繰り返したんだろう? 壊れたカセットテープかな?
椿ちゃんは何度もそう繰り返し、顔を真っ赤に染めた。
「お、お兄ちゃん、どうして私に恋人が出来たと思ってショックを受けてしまったのですかっ?」
「どうしてって……たぶん、嫌だったんだと思う。面白くなかったんだ。俺の可愛い妹分が取られたと思った、から?」
「何故、そこで疑問系になるのですか……。まぁ、良いでしょう」
椿ちゃんは俺を追い越し、くるりと振り向いた。
「――つまり、お兄ちゃんはヤキモチを焼いてくださったのですね」
「えっ」
ふふっ、と椿ちゃんは本当に綺麗で無邪気な笑みを浮かべた。天使なのに小悪魔めいたその表情に、俺は思わず思考が停止した。
ああ、ええっと。
何だ、んん。
その、まぁ、ぶっちゃけると。
――俺は椿ちゃんに見惚れてしまったのである。




