ここから始まる
椿ちゃんを迎えに俺は聖深学院へと足を進めていた。数分程歩くと聖深学院の校門が見えてきた。校門は精密な彫刻がされた大きく頑丈そうな門構えだった。
門の前には警備員が二人立っており、鋭い目付きで周囲を見張っている。それもそのはず、聖深学院に通う学生の大部分は本物のご令嬢、ご子息ばかりだ。何か事件があってからでは遅い。
俺はある程度距離を置いた位置で立ち止まり、鞄に入れたホワイトデーのプレゼント包装が乱れていないかを確認する。ちなみに、これで5回目の安否確認である。
(リボンに乱れなし。包装にしわなし。汚れなし。コンディション最高っ!)
ふんす、と鼻息を漏らし俺は胸を張った。
椿ちゃんに贈るプレゼントは完璧でなければからない。しかし、胸を張ってから、急に恥ずかしくなり身体を縮める。
危ない危ない。変な行動を取れば、警備員がすっ飛んでくる。そんなことになれば、椿ちゃんにも迷惑がかかる。そればかりは絶対に回避せねば!
数回深呼吸をし、気持ちを落ち着けさせる。とりあえず、極力目立たないように存在感を消そう。
俺は路端の石ころ。むしろ、埃。そう、無機物。心の中でそう言い聞かせ、10分程佇んでると校門の方から聞き慣れた声が聞こえてきた。
声の方向に視線を向ける。
そこには朗らかな表情を浮かべるひとりの少女が目に入った。
たれ目がちな澄んだ瞳は、彼女のおっとりと優しい雰囲気を際立たせている。この清楚可憐なご尊顔、間違いなく椿ちゃんである。
「やっぱ……可愛いよなぁ」
客観的に見ても、椿ちゃんは可愛い。俺は今まで椿ちゃん以上に可愛い女の子を見たことがない。
そんなことを考えていると、風が吹き抜け椿ちゃんの黒曜の長髪がふわりと舞った。
それは、まるで一枚の絵画を見ているかのような光景だった。もし、この光景が絵画として売られていれば、俺は間違いなく言い値で買うだろう。
背筋を伸ばし、ゆっくりと歩く椿ちゃんの姿が眩しい。
姉である髙野宮さんは絶対零度の女王様(しかし、タカには秒で雪解ける)であるに対して、椿ちゃんは癒しの天使だ。つまりは、椿ちゃんしか勝たん。
重々しく頷いた時、俺の脳裏に冷ややかな表情の髙野宮さんが浮かんだ。
(木村さん。貴方、いい加減にしなさい。オブラートに包んで申し上げますが、本当に気持ちが悪いわ。……こほん。それから木村さん、明日私の貴弘さんと遊ぶ約束をしているとお伺い致しましたが、取り止めて下さるかしら? ……というか、今すぐ取り止めなさい。良いですか? 貴弘さんと明日デートするのはこの私よ)
「すぅ……」
俺は瞬時に冷静なる。
気持ち悪いと言われるより、気持ちが悪いと言われた方がダメージが大きい気がするのは何故だろうか。
……そもそも、オブラートに全然包まれてないし、更に言うと明らかに本題は後半のくだりなのでは? と、思わずにはいられなかった。
まぁ、でも、これは俺の頭の中でのやり取りなので、実際髙野宮さんがそう言っている訳ではない。しかし、この想像は当たっていると俺は確信していた。何故なら、このようなやり取りは今に始まったことではない。もう慣れたものだ。
今晩あたり、髙野宮さんから連絡が入るのではないだろうか。その時は、秒でタカを差し出そう。俺は根っからの平和主義なのである。
タカと髙野宮さんの関係は、恋人同士になってからも本質的には変わっていない。
髙野宮さんは、タカのことが昔から好き好き大好きフォーエバー。他人にも自分にも厳しい女王様気質な癖に、タカにだけにはとことん甘い。
俺は彼女がタカに対し、本気で怒ったところを一度だって見たことがない。常にタカと一緒にいたい欲が限界突破しており、結構な頻度で俺とタカの仲を邪魔しようとしてくる。……ライバル宣言もされたし。
タカもそんな髙野宮さんを面倒くさがってはいるが、嫌がってはいない。溜め息を漏らしながらも、一緒にデートに繰り出している。何だこいつらバカップルか畜生め。ここまで来ると、もういっそ清々しい。
そんな非生産的な考えは、もう止めよう。失うものしかない。気持ちを切り替えよう。
ひさしぶりの投稿です。




