ライバル宣言
3月14日、ホワイトデー当日。
買い物を終え、俺は帰り道をゆっくりとした歩調で歩いていた。
「椿ちゃん、喜んでくれるかなぁ……」
包装した椿ちゃんに贈るホワイトデーのプレゼントを片手にぼやく。奮発して有名なブランドのハンカチを買ってみたのだが、気に入ってくれるだろうか。
椿ちゃんは相手を気遣う優しい天使のような性格をしている。どんなつまらないプレゼントでも笑って受け取ってくれると思う。しかし、折角渡すのなら喜んで欲しいんだよな。
「さっきから何ひとりでブツブツ何言ってんだよ。気持ち悪りぃな」
隣から気遣いの欠片もない無遠慮なタカの声が聞こえた。そういや、さっき休みで帰省していたタカと髙野宮さんに、ばったり会ったんだった。プレゼントに気を取られすぎて忘れていた。
「誰が気持ち悪いだ!」
「文脈的に、お前しかいないだろうが」
「正論は聞きとうない!」
「はぁ、圭一、お前って時々馬鹿になるよな」
心底呆れたように溜め息をつかれた。タカに言われると地味にダメージを受ける。
「ちくしょう、馬鹿って……タカ、お前にだけは言われたくなかったわ!」
「遠回しに俺が馬鹿って言いたいのか!? 本当に失礼な奴だな!」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿野郎!」
「今度はダイレクトに言いやがったなこんちくしょう!」
言い合いがヒートアップする。それに合わせてどんどん声のボリュームが上がっていく。
「――仲の良いことは大変結構なことですが、ご近所迷惑を考えなさい」
凛と鈴がなるような声が響いた。その冷たい声音を聞き、俺とタカは反射的に口を閉じた。視線を走らすと、鋭い目付きでこちらを睨む髙野宮さんと目が合う。
俺たちは直ぐにビシィと姿勢を正す。猛禽類を前にした小動物のような気分だった。
(タカ、これ以上は止めておこう。休戦だ。ドゥユーコピー?)
(アイコピー)
即座にアイコンタクト。休戦協定が結ばれた瞬間だった。
「懸命な判断ですね。……それと、木村さん」
「は、はぃ!」
「無駄な心配はしないようになさい」
「……えっと、それはどういうことでしょう?」
「ホワイトデーのお返しの件です」
髙野宮さんはそう言って、俺が持っているプレゼントを見詰めた。
「椿は喜ぶに決まっています。だから、悩むこと自体が不毛な行いだわ」
「ええ」
俺の悩みをバッサリ切り捨て、不服そうに眉をひそめる髙野宮さん。不機嫌さを隠さない表情を眺めながら唖然としてしまう。
「まぁ、椿の姉ちゃんがこう言ってんだから間違いないだろ。何だか分からんが頑張れよ、圭一」
「お、おう。そうだな。髙野宮さんがそう言うなら、そうなんだろうな……」
飄々としたタカの言葉に若干イラっとしたが、取りあえず頷いておく。
「大丈夫、安心しろよ。プレゼントはあげること自体に意味があるんだよ。俺もちゃんと忘れずに撫子へプレゼントを渡したぞ」
ほれ、とタカは髙野宮さんを指さした。もっと正確に言うと、髙野宮さんがぎゅっと大事そうに抱えている不細工なウサギのぬいぐるみを指さした。
「うわ、やっぱそれホワイトデーのプレゼントだったんだ……」
「ああ、可愛いだろ?」
「はぁ…………」
タカの可愛いの定義はどうなっているんだ。
冷涼とした美女である髙野宮さんには、全くと言っていいほど似合っていないぬいぐるみ。それを眺め大きな溜め息をひとつ。
そういや、高校の時もこれと似た猫のぬいぐるみを髙野宮さんにプレゼントしていたな。俺は思わず髙野宮さんに同情を孕んだ視線を送ってしまった。
「……木村さんが言いたいことは分かります」
と、髙野宮さんは俺の視線を受けポツリと呟いた。
「しかし、貴弘さんに余計なことを言わないようにしなさい。分かっていますね?」
「は、はい」
氷点下の雰囲気を身に纏った髙野宮さんが、とんでもなく恐ろしい。取りあえず、フォローだけ入れておかねば!
「そうですよね! 好きな男……タカからのプレゼントはどんなものでも嬉しいですよね。こんな彼女がいるなんて、タカも幸せ者だよな。良かったなタカ、二人の仲を応援してるぜ!」
「圭一、その、おう、ありがとな」
俺の言葉に、タカは耳を真っ赤にして恥ずかしげに笑った。俺も笑い返す。
「…………ッ!!」
そんな俺を髙野宮さんはギロリと睨み付けた。何故!?
「木村さんはそうやって、私の大切な人たちを口説き、いとも容易く懐柔するのね。私、やはり貴方が苦手だわっ! 永遠のライバルよっ!!」
「ひぇ」
「ははっ、お前らも昔っから変わんないよな~」
このやり取りを微笑ましげに眺めているタカを後でぶん殴ろうと俺は心に決めたのだった。




