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甘く囁いて

 



 ピィーンポ~ン、と呼び鈴が室内に響いた。まだ冬から抜け出せない2月という季節。底冷えのする空気に思わずため息がもれた。


 ピン~ポォーン。


 電池が切れかけ、間延びした呼び鈴の音にイラつきを感じる。止めろ。俺はまだコタツから出たくない。


 ピンッーポン~。


 微妙に音を変えてくるのは止めて欲しい。無機物に文句を言っても仕方がないのは分かっている。呼び鈴の気の抜ける音が嫌なら早く電池を入れ換えろよ、とタカにも言われた。寒いし明日電池を買いに行くと言ってもう半月、時間の流れは残酷である。


 そんなことより、今は呼び鈴を鳴らした主だ。荷物を頼んだ覚えもないし、タカなら鳴らす前に勝手に入ってくる。宗教系なら即効お帰り頂こう。


「はぁ、かったりーな。……出ます、出ますよっと。ううっ、さむさむっ!」


 しぶしぶコタツから抜け出し、足早に玄関へ向かう。ドアノブを握り、その冷たさに一瞬固まる。ふぅ、と息を浅く吸って覚悟を決めてからドアを開けた。



 ――そこには可憐な少女が立っていた。



「こんにちは、圭一お兄ちゃん」


 少女……椿ちゃんは満面の笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げた。それに合わせて、背中まで伸びた黒髪が靡く。髪は赤いリボンで編み込みハーフアップにしている。シックな黒い聖深学園中等部の制服は椿ちゃんの清楚な雰囲気をこれでもかと際立たせていた。簡単に言うと、超絶可愛い。もう、天使では? 天使なのでは?


「……圭一お兄ちゃん、どうかされました? もしかしてお加減が優れないのですか? お兄ちゃん、大丈夫ですか?」


 言葉を重ねるごとに、涙目になっていく椿ちゃん。滅茶苦茶心配してくれてる。俺は慌てて否定の言葉を伝える。


「大丈夫、椿ちゃん。俺は元気、超元気だからっ! 元気すぎてもうこんなにもピョンピョンしてるよ!」


 跳び跳ねて元気さをアピールする。マサイの戦士のように高く高く。客観的に見なくても変なやつだってのは分かってる。それよりも椿ちゃんを安心させるのが第一だ。


「ああ、お兄ちゃん。本当良かった」


 椿ちゃんは突飛な俺の行動を笑うでも呆れるでもなく、心底安心したように頬を緩めた。


「お兄ちゃんが元気なら私も嬉しいです。でも、圭一お兄ちゃん。寒い日が続いております故、ご体調にはくれぐれもお気をつけください。何かあれば、私におっしゃってくださいね。すぐ飛んで参ります」


 ……天使かよ。


 高鳴る鼓動を押さえるように、胸に手を当て息を吐く。口から出た息は冷えた空気に晒され、白く靄になって消えた。


「うん、ありがとう椿ちゃん。それより、外は寒いだろ。汚いところだけど入ってくれ。中にコタツもあるし、ここよりずっと暖かいよ」

「お兄ちゃん、良いのですか?」

「当たり前だろ。椿ちゃんならいつでも歓迎だ。遠慮なんてしないで、自分の家だと思ってくつろいでくれよ」

「はいっ! ありがとうございます、圭一お兄ちゃん。では、おじゃまいたします」


 椿ちゃんは、深々と頭を下げて玄関に入る。脱いだ靴をきちんと揃えるところに育ちの良さが伺える。タカも見習った方が良いと思う。アイツは靴を脱ぎ散らかして、いつも髙野宮さんに怒られているからな。


「そういや、椿ちゃん。今日はどうしたの? 俺に何か用事でもあった?」


 椿ちゃんは、何故かかっと頬を染めた。もじもじと身体を揺すりながら、俺を上目遣いで見詰めてくる。ひどく緊張した面持ちだった。


「えっと……その、お兄ちゃん」

「うん」

「ううっ、きょ、今日は何の日かご存知、ですか?」

「……何の日? えーと、確か今日は2月14日だよな」

「はい、そうです」


 恥ずかしそうに眉を下げる姿は、どこから見ても可愛かった。そんな感想を抱くのは本日、2回目である。きっと3回目もあるだろう。


「け、圭一お兄ちゃん、2月14日はバレンタインデーです」

「ああ、そう言えば」


 今日は大学の授業がなかったので、すっかりその存在を忘れていた。ぽん、と手を叩く。


 椿ちゃんは鞄から紙袋を取り出し、勢いよく差し出してきた。身体が小刻みに震えている。


「あの、ば、バレンタインデーのチョコケーキを作って参りました。つつ、つきましては、お兄ちゃんに、このケーキを召し上がって頂きたきゅッ!」


 噛んだ。

 壮絶に噛んだ。


「あうぅ……噛んでしまいました」


 羞恥心から顔を真っ赤にさせ悶える椿ちゃんが、どうしようもなく愛おしく感じる。


「椿ちゃん、いつもありがとう。嬉しいよ」


 差し出された手を解きほぐすようにし、紙袋を受け取った。自然と笑顔になる。椿ちゃんは、俺の顔をぼーっと眺め、こくりこくりと何度も頷いた。それから、えへへと年相応の笑みを浮かべた。可愛い。


「ねぇ、圭一お兄ちゃん。また、来年も再来年も、私のチョコを受け取って頂けますか?」

「もちろんだよ。椿ちゃんがチョコをくれなくなるその時までね」


 いつか。いつか、椿ちゃんにも彼氏ができる。そして、チョコをそいつだけに渡すときが来る。椿ちゃんの兄ちゃんとして応援はしても、それを止める資格なんて俺にはない。ないのに――



「――でしたら、ずっとお渡し致します。ずっと」



 ――甘く囁くようなその声に、何故かほっとする自分がいた。




バレンタインデーに投稿するつもりでしたが、無念なり。まあ、1日遅れは誤差の範囲だよねっ!と思っております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 椿ちゃんもしれっとえげつないこと言ってるのに気づかないふりしてごまかしてるチキンなやつに殺意がわきます。 [一言] 投稿に4日も気が付かなかったバカがここにいました。
[良い点] 待ってました!!
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