我が身可愛さ
投稿するする詐欺をして、早や2週間以上。正直スマンかった。
光陰矢の如し。
気づけば高校を卒業し、2年の月日がたっていた。
大学に2回生の夏。
俺はお気に入りの喫茶店「寺地屋」で午後のひとときをすごしていた。とても優雅な気分だ。
メロンソーダのアイスを溶かさないように気を付けながら、専用の長いスプーンを使いかき混ぜる。からん、と氷がグラスに当たり音を立てた。
夏はやっぱり寺地屋のメロンソーダに限る。毎日食べても飽きない自信が俺にはある。というか、毎日食べたい。
「おい、圭一聞いてんのか?」
視線を上げて、目の前に座る男を見る。優雅な気分が台無しだった。黒い短髪に日焼けした肌、何より目立つ鋭い眼光。こいつはタカ、日野貴弘。俺の幼馴染みだ。
タカは故郷を離れ、髙野宮さんと一緒に東京の大学へ進学した。今は夏休みを利用して地元に帰省してるという訳だ。
「……ちゃんと聞いてるよ。で、髙野宮さんが何て言ったんだ?」
「おう、『……ねぇ、貴弘さん。考えてみてください。私が毎日貴弘さんの下宿先へお伺いするなんて、とても非効率だと思わないかしら?』って言うんだ。俺はそんなことないと思うんだけどなぁ。お互い近くに住めば、そこまで気にしなくても良いじゃんか」
タカの言葉は、相変わらず的外れだった。後、髙野宮さんの声真似が微妙に似てて腹が立つ。
まぁ、最初から正しい答えなど期待していない。期待するだけ無駄だと思ってさえいた。俺は頭を軽く振り、わざらとらしく溜め息をついてみせる。
「はぁ、馬鹿だな。まったく、タカは察し悪すぎだ。お前はそっち方面に関して鈍感にも程がある。つまるところ、髙野宮さんはタカに同棲したいって言ってんだよ。髙野宮さんの乙女心を察しろ」
「……無茶言うなよ。それに、ど、どうせいって、あの同棲か?」
「おう、それ以外に何があるんだよ」
「あー、んん、えっと……俺的に同棲はまだ早いと思うんだが」
「別に早くはないと思うぞ。髙野宮さんと付き合ってもう少しで3年ぐらいだろ?」
「あ、ああ、そうだが」
「それも結婚前提の付き合いだよな」
「……まぁ、一様」
「じゃあ、別に良いじゃん」
「ぐっ、でもさ……」
一拍おいて、恥ずかしいじゃねぇか、とタカは呟いた。
「へたれ」
「うるせーな」
「タカ、幼馴染みのよしみで言っとくが、男のツンデレほど見苦しいもんはないぞ」
「俺はツンデレ何かじゃねぇっ!」
「……そういうとこだぞ」
くそっ、とタカは悪態を漏らし、机に肘をついて目を背けた。子どもじみたその行動に思わず笑みがこぼれる。
こいつは誰よりも不器用だ。自分から素直に好意を語らない。タカがそれを語るとすれば、自分のパーソナルスペースに入ることを、許したごく一部の人間。つまるところ、身内や俺、後は髙野宮さんぐらい。物怖じしないが、人付き合いは苦手という甚だ面倒臭い男なのである。
「大学生になって成人しても、タカは変わらないな」
「……うっせ、言ってろ」
ピコン、とスマホの音が鳴った。この音、俺のスマホじゃないな。視線を送ると、タカは溜め息を吐いてポケットからスマホを取り出した。
「げっ……」
「ん、タカどうしたんだ?」
「あー、撫子からだ」
「髙野宮さんは何て?」
「会いたいから、今すぐ帰って来いって」
「相変わらずお前にべったりだな」
「まあな、もう慣れた。……でも、アイツ俺の都合を全く考えてないな。今、圭一と遊んでるから嫌だって返事しとく」
その言葉を聞いて、俺は直ぐにタカの手を掴んだ。身体が震える。店内は冷房のお陰で涼しいのに、汗が顔を伝って落ちた。
「お前は俺を殺す気かっ!」
「……何でそうなる」
「髙野宮さんはただでさえ俺をライバル視してるんだ。また、ややこしいことになるだろうがっ! 頼むから俺を妙な三角関係に巻き込むなっ!」
ほんと止めてください死んでしまいます。
「わ、分かった。分かったから、手を離せよ」
タカは俺の勢いに顔をひきつらせた。ほんとに頼むぞ、と俺は念を押してから手を離した。
「俺のことは良いから、髙野宮さんのところに直ぐ行ってやれ。いや、行ってくださいお願いします」
「……おう、分かった」
こめかみ押さえながら、タカは小さく頷いた。それから、机に千円札を置き、去って行く。その後ろ姿は哀愁にまみれていた。
(悪いタカ。これも俺の安全の為だ)
誰だって自分が一番可愛いのである。




