優しい贈り物
――季節は冬。
ほう、と息を吐く。
空気に白い呼気が広がり、消えた。それを何度も繰り返す。単調な作業だがそれはそれで楽しい。こんなことで楽しめる俺は何とも安い、いやエコな男である。
「お兄ちゃん。寒い、ですね……」
椿ちゃんの声に応えるよう視線を落とす。
背中まで伸びた艶のある黒髪が冷たい風に吹かれて揺れている。
「確かに、今日は一段と寒いな」
「はい。……っくしゅ」
可愛らしいくしゃみ。和んで緩みそうになる頬を気合いで押し留める。椿ちゃんに向き直り、その姿を改めて見詰めた。幼いながらも整った顔立ちは、まるで人形のように愛らしい。
「圭一お兄ちゃん?」
俺の視線に気が付いた椿ちゃんは、小さく首を傾げた。その動作に思わず苦笑する。俺が浮かべた笑みは椿ちゃんに向けたものではなく、彼女の可愛いさをことあるごとに再認する自分自身に向けてたものである。
ああ、畜生。
椿ちゃんのふとした仕草に、こんなにも幸せを感じるのだから俺って奴は何とも始末におえない。言い逃れできないほどシスコンなのだ。うん。シスコン……上等じゃないか。その称号は誉め言葉だ。それを冠する自分を誇りに思う。
「えっと、お兄ちゃん。大丈夫ですか?」
困ったように俺を見上げる椿ちゃん。いかん。思考が飛んでしまった。
大丈夫だよ、と片手を上げる。それから、ぽすんと優しく手を頭の上に置いた。髪を乱さないよう気を付けて撫でる。
「あ、あう、お、お兄ちゃん……」
寒さのためか椿ちゃんの頬が桃色に染まった。黒いワンピースの上からウールコートを羽織ってはいるが、この寒さの中では少しばかり心許ないようだ。妹に風邪を引かせるなど兄の名折れというもの。
「椿ちゃん、とりあえずこれ使って」
俺は自分のマフラーを取って、椿ちゃんの首に巻く。椿ちゃんは微かに目を見開いて俺を見返し、恐る恐るマフラーに埋めた。
「お、お兄ちゃん」
「ん?」
「あ、あの、その。……ありがとう、ございます」
「ああ、良いってことよ。これで少しは暖かくなっただろ?」
「……はい、お兄ちゃん。とても、とても暖かいです」
先程よりも更に赤くなった頬で、暖を取るように椿ちゃんは頬に両手を添えた。
「うん、良かった。じゃあ、行こうか。もう少しで、ショッピングセンターに着くよ」
椿ちゃんの手を取って、再び歩き出す。
俺たちは今、髙野宮さんの誕生日プレゼントを買いに髙都にあるショッピングセンターへ向かっているのだ。
正直、俺の意見は参考にならないと思うが、椿ちゃんたってのお願いだ。断ることはできるはずもない。妹のお願いを叶えてやるもの兄貴の勤めだ。そう思うと、俺は何だってできる気さえした。
***
数分、椿ちゃんの手を引いて足を進めると、お目当てのショッピングセンターに到着した。大きな入り口を通過し、レディース専用のフロアをガイドで確認してから、エスカレーターに乗る。
「……にしても、髙野宮さんの誕生日プレゼントか。中々難題だな。ちなみに椿ちゃんは毎年どんな物をプレゼントしてるんだ?」
「……手鏡やハンカチなどといった小物類でしょうか」
「なるほど。どれも実用的な物だな」
「はい。撫子姉様は実益を重んじる方ですから、コンパクトで邪魔にならず、更に利便性を兼ね備えたものを贈っています」
椿ちゃんの回答に感心する。それはあまりにも大人びた思考だった。髙野宮さんのことを忖度し、最適解を導き出す。小学生とは思えない立派な発言だ。
「椿ちゃんはえらいな。タカはそんなことを考えてすらいないぞ。去年なんて、何のキャラか分からない不細工な猫のぬいぐるみを髙野宮さんにあげてたし」
椿ちゃんは苦笑して、緩く頭を振った。
「貴弘兄様は例外ですよ。姉様にとって貴弘兄様から頂いたものは、唯一実利を伴わなくても良いのです。それは理屈ではなくて、女性としての本能と言えばいいのでしょうか」
「……簡単に言うと?」
「好きな人からの贈り物は、どんなものでも嬉しいということです」
なるほどな、と頷く。そうなのです、と頷き返された。答えは思いの外単純明快だった。
とりあえず、タカには「リア充爆発しろ」と念じておくことにした。
「私がどんなプレゼントを贈っても、貴弘兄様には敵いません。だからせめて少しでも姉様へ役に立つプレゼントを贈りたいのです」
――ああ、まったく。椿ちゃんはどうしてこうも健気なんだ。
椿ちゃんの言葉に思わず涙がでそうになった。何としても力になってあげたい。
「うん、そっか。分かった。なら、髙野宮さんに喜んでもらえるプレゼントを頑張って一緒に考えよう」
「はい、圭一お兄ちゃん。ありがとうございますっ!」
ふにゃりと、椿ちゃんは日だまりのように微笑んだ。それはいつもの大人びた表情ではなく、俺だけに見せてくれる年相応の笑顔だった。
めちゃ更新遅れてすいません。