夏だ!~スパザブ編④
「お兄ちゃん、ロコモコは美味しいですか?」
ロコモコを口一杯に頬張る俺に向けて、椿ちゃんは嬉しそうに言葉を紡いだ。ああ、椿ちゃんの柔らかな雰囲気に癒される。その居心地の良さに、この時間がずっと続けば良いのにとさえ思った。
「ああ、美味しいよ。……椿ちゃんのパンケーキも美味しいそうだね」
椿ちゃんが食べているパンケーキに視線を向ける。トロピカルなフルーツとアイスが添えられ、ベリー系のソースとメープルシロップが傍らに置かれている。
ハワイではパンケーキが有名だそうで、この南国カフェにも様々な種類のパンケーキが売られているのだ。椿ちゃんが食べているパンケーキは、スフレパンケーキというものらしい。
「はい。ふわふわしていて、とても美味しいです」
「そっか。それは良かった。でも、椿ちゃんそれで足りるのか? そのパンケーキ結構小さめだし、スフレだからあんまり腹にたまらないだろ?」
「大丈夫です。私は元々少食ですし、今はお兄ちゃんといるだけで胸が一杯なのです。だから、私にはこれだけで十分です」
お腹じゃなくて、胸が一杯……?
思わず、椿ちゃんの胸部を見る。草原のように平らな胸。残念ながら、膨らむ余地すら残されていない。
いや、これがきっと年相応な大きさなのだろう……たぶん。心の中で椿ちゃんをフォローしておく。
一拍おいて、そんな自身の思考に愕然としてしまった。えっ、マジなに考えているんだ。俺って、変態かよ。
「……圭一お兄ちゃん、どこを見ているのですか」
「え゛っ」
名前を呼ばれて、心臓が飛び上がる。カフェ内はクーラーが良く効いていて暑くないはずなのに、汗止まらない。
「いや、別にどこも見てないぞ。……ほんとだよ?」
取りあえず誤魔化してみる。
にこやかな笑顔を浮かべて、椿ちゃんの言葉を受け流す。
「お、お兄ちゃん」
伏せ目がちに俺の顔を見詰める椿ちゃん。目が合うと、頬を桃色に染めて視線をさ迷わせた。
――あっ、これ誤魔化せてないやつだ。
「……えっと、その……お、女の子のお胸を凝視するのはいけない、と思います」
「ごめんなさい」
即座に謝る。
胸を凝視してしまったのは間違いないし、言い逃れもできない。
それでもこれだけは言わせて欲しい。俺にはイヤらしい思いはなかったんだ。ただ、椿ちゃんの発言が気になっただけで。妹をそんな目で見るはずない。これに関しては断言できる。だから、嫌うのだけは勘弁してくださいお願いします。
「――お兄ちゃんは、大きい方が好きなのですか?」
「え゛っ!?」
思いもしなかった言葉に頭が真っ白になる。大きいというのは、身長のことかな? そうだよね。そうであって欲しい。そうであってくれ。
身長ならある程度あった方が良いと思う。身長が小さいと電車のつり革持つのも大変だし、服のサイズを探すのも難しい。……ならば、答えはこれで合っているはずだ。
「ええっと、健康的だしやっぱり大きい方がいいかな」
椿ちゃんは俺の言葉を聞いて、しゅんと項垂れた。それから、自身の胸に手を当てて、溜め息をついた。
「……お兄ちゃんは大きいお胸の方が好きなのですね」
「え゛えっ!?」
やっぱり、身長じゃありませんでした。
大破どころか、撃沈。
救助隊はまだか。
白目を剥きそうになるが、ぐっと堪える。自分の軽蔑な言葉に落ち込んでいる椿ちゃんを放ってはおけない。俺は声を振り絞り、椿ちゃんに話し掛ける。
「だ、大丈夫だ。椿ちゃんはこれから成長期があるじゃないか。それに、ほらお姉さんの髙野宮さんも胸がかなり大きいし、将来に希望を持っていこうよ!」
「お兄ちゃん……そうですよね。はい、私頑張りますっ! 見ていてくださいねっ!」
……一体、何を頑張るのだろう。
そこまで考えて、俺はそれ以上考えることを止めた。藪は突っつくものではない。そっとしておくものなのだ。息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。
頭を冷やそうと瞳を瞑ると、髙野宮さんの汚物を見るような眼差を幻視してしまった。仕方なかったとはいえ、引き合いに出して誠に申し訳ありませんでした。
「圭一お兄ちゃん。私、一生懸命努力しますので、どうか期待していてくださいっ!」
「……うん、ほどほどにね」
椿ちゃんの眩しい笑顔が何より心に刺さる。
タカ、悪かったよ。
気づけば、俺も地雷の上でコサックダンスかましてたわ。男ってやつは、こうやって女に踊らされていくのが世の常なのかもしれない。願わくば、これが俺のラストダンスにならぬことを。
俺はロコモコの最後の一口を口内に突っ込んで、色んな感情と一緒に呑み込んだ。……呑み込めていたら、良いなと思った。
夏だからしょうがない。