夏だ!~スパザブ編②
チリチリと肌を焼くような日差し。微かに漂う塩素の臭い。水飛沫の音に、雑踏に紛れ聞こえる笑い声。キラキラと輝く水面。
「夏だ、プールだ、スパザブだっ!」
「おう、やって来たな!」
タカの掛け声に、俺は元気良く答える。若干投げやり感は否めない。だって、このスパザブのチケットは、あの髙野宮さんがタカに譲ったものなのだ。おそらく……いや、間違いなくタカと二人でここに来るために彼女はチケットを用意したんだろう。
タカと髙野宮さんの間でどのようなやり取りがあったのかは分からないが、結果的に俺が一緒にスパザブに行くことになった。
(……俺、この夏、髙野宮さんにぬっころされるかもしんねぇ)
圧倒的なまでのトラブルが降りかかるどころか、ぶち当たる予感がする。それだけではすまない。衝撃で宙を舞いながら、ダイナミックに3回転……からの、地面に顔から激突。
視界は真っ暗。
頭はクラクラ。
限界は越えるもの。
がむしゃらに走れ。
お前に良し。
俺に良し。
すべて良し。
打った!
取った!
バッターアウト!
悔し涙はもう見せない。
どこまでも駆けて夕日に叫ぶ。
負けません勝つまではっ!
―――ああ、駄目だ。
あまりにも理不尽な未来を想像して軽くトリップしてしまった。そして、俺の脳内で昨夜見た映画の内容が地味に反映されていて笑う。まさに現実逃避。脳がオーバーヒートしているのが分かる。
(……大丈夫だ。俺は合衆国の海兵隊でもないし、彼女はM14じゃない。というか、そもそもいない。悲しい。いや、落ち着け。無。無だ。何も考えなければ、強くなれる)
息を吸って吐く。
ひっひっふー、ひっひっふー。
……って、アホか、これラマーズ法じゃねぇか!
動揺を紛らわそうとして、更に動揺するという悪循環。そして、それに対してひとりツッコミをする自分。思わず俺は頭を抱えた。そんな俺をタカは怪訝そうに見つめていた。
「おーい。圭一、何やってんだ? 早くストレッチしようぜ」
「……はぁ、そうだな」
タカとふたり簡単なストレッチをする。きっちりしないと足を吊ったりするからな。関節、アキレス腱などを重点的に伸ばす。
何とはなしに、タカのしなやかで引き締まった身体を見る。見事にシックスパックに割れた腹が眩しい。俺もある程度筋肉は付いているが、タカには叶わない。肩幅も広いし、同じ男として純粋に羨ましいかぎりだ。こいつなら、バイオでハザードな世界でも生き残れるんじゃね?
俺? あー、俺は人がゾンビに噛まれると、同じく奴らになってしまうことを主人公たちに身をもって教えるモブキャラ枠だな。つまり、開始当初に死ぬ。
「相変わらず、すげー筋肉だな」
「まあ、それなりに鍛えてるからな。じっとしてると身体が鈍る」
中学の頃、剣道部に所属していたタカ。剣道を止めた今でもずっと筋トレや走り込みなどの鍛練を行っている。ものぐさな性格のくせに、そういうところはマメなのだ。タカの筋肉はたゆまぬ努力の証なのである。尊敬の意を込めて褒め称えておくことにしよう。
「すごいぞ、タカ! 高身長、筋肉質、そしてその目付きの悪さが相まって、まるで堅気じゃない男に見えるな!」
「……お前、それ褒めてるつもりか?」
「どう考えても褒めてるだろ」
「即答かよ」
タカはげんなりと眉をひそめた。
***
さて、とタカは気持ちを切り替えるように軽く手を叩く。
「先ずは、ウォータースライダーを攻略するぞ」
「えっ、早くない? まだ来たばっかだぞ」
「だからだよ。俺は好物を先に食べるタイプなんだ」
「いや、そんなこと自信満々に言われてもな。まぁ、行くけども」
「よし、決まりだな!」
満足げにタカは頷いて胸をポンと叩いた。
そんなこんなで、俺たちはスパザブの目玉と言って良いウォータースライダー、その名も「アウトオブマイリーグ」の前にやって来た。
「さすがに、結構並んでるな」
「……そう、だな」
目の前には長蛇の列。
うわ、今からこれに並ぶのか。心が瞬時に萎えた。そんな俺を気遣うように、タカは背中を優しく擦る。
「圭一。まあ、元気出せ。ほら、水着の女の子を眺めていたら、すぐ時間なんてすぎちまうって」
タカに促されて、辺りを見渡す。
セクシーな黒のタンキニのお姉さん。溌剌としたショートパンツ女子。可愛らしいフリルビキニな女の子。視界にキラキラとエフェクトがかかる。
「……お前、天才かよ」
「それほどでもない。ちなみに圭一はどの娘が好みだ」
「あのタンキニのお姉さんだな。純粋にエロい。黒とか最高」
「純粋に不純な言葉を吐くなよ」
「そう言うタカはどうなんだよ?」
「俺は、断然あのフリルビキニの娘だな。茶髪のボブカットで小動物みたいで優しそうな雰囲気だし、ふわふわしてて柔らかそう」
「お前の女の子趣味は昔から変わらないよな」
「……ん、そうか?」
タカは首を微かに傾けた。
そう、実はタカの女の趣味って髙野宮さんとは正反対なんだよな。髙野宮さんは、清楚だけど女王様気質。可愛いと言うよりも綺麗。髪は黒いロングストレートだし、クールなイメージ。俺の身の安全のために早くくっついて欲しいが、道程は中々遠い。
「そうだよ。あー、タカ、ちなみに胸のサイズなら、どの娘が良い?」
「うむ、そうだな。俺の好みはDカップぐらいだから、あの娘とか……」
「―――あら、何のことをおっしゃっているのかしら? 私にも教えて頂けますか、ねぇ貴弘さん?」
すぐ後ろから聞こえたその涼やかな声。
タカと俺はぶるりと身体を震わした。
―――この時、俺たちは夏の暑さを忘れた。
お待たせしました。スパザブ編その②です! 夏ですねっ!