夏だ!~スパザブ編①
季節は移ろい、なんだかんだでもう夏。
学生が渇望する夏休みが始まって半月がたとうとしていた。しかし、夏休みを楽しむ余裕なんて今の俺にはない。
「あちぃ……駄目だ、死ぬ」
うだるような暑さとはまさにこれのことか。顔から滴り落ちる汗は拭いてもきりがない。畳に寝っ転がり、団扇で仰ぐ。しかし、その微々たる風では気休めにもならなかった。
空気を読まず壊れたクーラーを恨めしげに睨む。業者に電話をしたが、直しに来れるのは週明け以降とのこと。夏真っ盛りの今が繁忙期なのだろう。
「あー、もう。ついてない。くそあつい。ほんと、マジで。ちくしょう、あほんだら、んでもって、さのばびっち」
怒りも恨めしさもこの暑さの中では長く続かない。頭の悪い罵倒だけが口からこぼれ落ちる。
「然もの俺もドン引きする程のだらけっぷりだな、圭一」
汗でぼやける視界を瞬きすることでクリアする。漫然とした動作で起き上がって、不法侵入者である声の主に抗議する。
「うるせー、タカこの野郎。何勝手に入ってきてくれやがるんですか」
「まてまて、ちゃんとスマホに連絡入れただろ」
そう言われて、傍らにあるスマホを確認する。確かに通知は来ている。来てはいるが……。
「……おい。これ送信時間が、1分前じゃねぇか」
「連絡は入れたのは間違いないだろ? 細かいところは気にするな」
「全然細かくないですよねっ!?」
暑すぎて通知に気が付かなかったんだ。
それより、玄関前にスタンバって「今からお前ん家に入るわ」って、何なんだよ。そもそも、行くじゃなくて、「入る」というところがおかしいんだよ。それは連絡じゃなくて報告って言うんだ。
タカは基本仲良いやつには、飾らないし全く遠慮しない。言うなれば、ナチュラル俺様系男子。良くも悪くもストレートな生き方をしている。
「まぁ、落ち着け圭一。とりあえず遊ぶぞ!」
「こんな暑いのにタカは無駄に元気だよな……」
「夏だからなっ!」
「意味わかんねぇ」
「考えるな感じろ!」
タカはぷんすと鼻を鳴らして胸を張った。日焼けした顔が輝かんばかりだ。
―――何こいつ夏をエンジョイしすぎじゃね?
タカは昔から夏という季節が大好きだ。
夏の強い日差しも、出歩くことすら忌諱する暑さも全て含めて、というのだから始末に終えない。タカ曰く、1年の中で夏が最もわくわくする出来事が起こる率が高い……らしい。
あー、そういやタカが髙野宮さんと出会ったのも夏だったよな。あれもわくわくの内に入るのだろうか。
駄目だ。考えるのもアホらしくなってきた。
「あっはっは、そんな顔をするなよ。8月の真っ只中に、クーラーがぶっ壊れたある意味強運の圭一君のために、こんなものを用意してやったぞ。泣いて跪き俺を崇め奉れ」
爽やかな笑顔で、悪どいことを口にするタカの手には2枚の紙切れが握られている。
「髙都スパリゾート・ザ・ブーンの入場チケット……?」
通称、スパザブ。
髙都にある大きな娯楽施設で、館内プールや野外温泉プールは勿論のこと、大浴場も露天風呂も完備しているため幅広い年齢層に人気。最新のウォータースライダーや南国のダンスショーなどもあり、1日を通して楽しめる夏にはもってこいの場所だ。
そんなところなので、入場料も結構な金額で貧乏学生の懐には大変厳しくもある。それが無料、だとっ!?
さっと立ち上がって、タカの肩を叩く。
「おお、心の友よ! お前は本当に最高だぞっ!」
「……切り替え早すぎで、違う意味でドン引きなんだが」
タカはうって変わって、げんなりとした顔をした。そんなタカを尻目にタンスを漁って、水着を取り出す。タオルとゴーグルをビーチバックに詰め込んで準備中完了。
「さあ、スパザブにタカ繰り出そうではないか!」
「急にテンション高くなったな。まぁ、おもしろいから良いけどよ。じゃあ、行くか!」
鞄を背負い直し、にかっと笑顔を浮かべるタカ。
「おうともさ! ……ところで、タカ。スパザブのチケットなんてどっから手に入れたんだ?」
「……ん、ああ、これか? 撫子に貰った、というか押し付けられた」
「え゛っ」
思わずフリーズする。
そういや、スパザブって髙野宮グループが経営している施設の一つじゃん。
頭を抱える。髙野宮さんって、タカに対してだけ不器用さを発揮するんだよな。
(……あっ、これ完全にオチが見えたわ)
テンションが急降下したどころか墜落した。
プールに入りたい季節になって来ましたね。ただ今のご時世中々難しいかもしれません。気持ちだけでも、夏をエンジョイしたい。そんなこんなで、更新しました。