桜と天使
ひらひら。
抜けるような青空を背に桜の花弁が舞っていた。
青と桃のコントラストが春の温かみを感じさせる。
下を向けば、豪華な桜の絨毯ができていた。その絨毯へ足を踏み出すと、微かに沈む感触が伝わる。地面はふんわりとした桃色の優しさに包まれていた。
「圭一お兄ちゃんっ!」
名前を呼ばれて顔を上げる。元気に手を振る小さな女の子がいた。椿ちゃんだ。俺は足を早める。
「こんにちは、椿ちゃん」
「お兄ちゃん、こんにちは!」
にぱー、と年相応の満面の笑み。花見に合わせたうす桃色の着物が可愛い。ハーフアップした綺麗な黒髪に桜柄の簪がさされている。うわ、天使かよ。後で絶対写真撮ろ。
「やあ、良く来てくれたね、圭一君」
「おじさん、こんにちは。今日はよろしくお願いします」
椿ちゃんの隣には着物姿の男性、髙野宮和彦さんが立っていた。彼は髙野宮さんと椿ちゃんのお父さんで、髙野宮グループの会長でもある。とてもすごい人なのだが、驚くほど穏やかな人柄で俺にも優しく接してくれる。これこそ真のダンディなおじ様というやつである。
「そう固くならずに、楽しく行こう」
「はいっ!」
俺は軽く頭を下げ、頷いた。それを見て、おじさんは柔く微笑む。
「じゃあ、どうぞ上がって上がって」
「……では、失礼して」
靴を脱いで、如何にも高級なそうな緋毛氈へ上がる。側には野立傘が設置され、野点籠やお重、和菓子等が並んでいる。うん、豪勢だ。俺の知ってる花見じゃない。
「おう、圭一。待ってたぞ」
声の方に視線を向ける。
そこにはベージュの着物と鉄紺色の羽織を着たタカが気だるげに胡座をかいていた。あまり行儀が良いとは言えないが、タカらしい。
でも、少し様子がおかしい気がする。いつもの鋭い眼光は身を潜めているし、なんだかとても疲れているように見えた。
「……よう、タカ。どうしたんだよ、そんな辛気くさい顔して」
「この格好を見ろ」
組んでいた手を広げ着物を見せつけるタカを俺は取り敢えず凝視してみる。
「……和服だな。で、それがどうかしたのか?」
「俺がわざわざ和服姿で、花見に来るような男に見えるか?」
「全く思わん」
食い気味で答えてしまった。それを気にも止めずにタカは、だろ? っと頷く。
「撫子に朝早く叩き起こされて、ここに引っ張って来られたまでは、まぁ、良しとしてだな。それから、ずっと今の今まで着物をとっかえひっかえ着せ替えさせられ続けたんだぞ、こんちくしょうかが! 俺は着せ替え人形か! 花見が始まる前から、スゲー疲れたわ!」
「お、おう。そうか、大変だったな……」
勢いに負け、取り敢えず労りの声をかける。そして、俺はタカの隣に正座している髙野宮さんに目を向けた。
「……貴弘さん、落ち着いてください」
髙野宮さんはしれっとした顔で、タカを諌める。つ、強い。流石、髙野宮さん。火に油を注いでいくスタイル。
「撫子、お前な!」
「確かに少し……本当に少しやり過ぎたと反省しております。でも、その着物貴弘さんにとても良く似合っているわ。選んだ甲斐がありました。本当に素敵よ」
「ぐっ……そうか」
ふわりと、微笑む髙野宮さんを見て、出鼻を挫かれたタカは決まり悪そうに頭をかいた。
俺は一体何を見せられているんだろう。これで付き合ってないってどういうことなんだ。本当に早く付き合っちまえよ、主に俺の心の平安のために。
毎度のツッコミを心の中で入れる。決して、髙野宮さんが怖いという訳ではない。ないったらない。
「お兄ちゃん、隣失礼しますね。……そんなお顔をして、どうかなさいました?」
横にちょこんと座った椿ちゃんが、俺の顔を見上げて軽く首を傾げる。尊い。全てどうでも良くなる。究極の癒しキャラとは椿ちゃんで間違いない。ナンバーワンにして、オンリーワン。流石俺の妹分だ。
「いや、何でもないよ」
「そうですか? 何かあればおっしゃって下さいね」
「うん。ありがとう。椿ちゃんは本当に優しくて良い子だなぁ」
「えへへ、そうでしょうか? お兄ちゃんに褒めて貰えて嬉しいです」
天使。
圧倒的に天使。
どうしようもなく天使。
取り敢えず、崇め奉り拝んでおこう。
「……お、お兄ちゃん? いきなり拝み出してどうなさったんですか?」
椿ちゃんは心配そうに、俺の手を握った。利発で大人びて見える椿ちゃんの珍しく狼狽えた姿。心のアルバムに保存しました。ありがとうございます。
ぞわっと、冷たい覇気に鳥肌がたった。髙野宮さんが無表情で俺を見詰めていた。それは路端の石ころを見るような目だった。
「木村さん、私の妹にそれ以上妙なことをしないで頂けますか? 目に余ります。常識を弁えなさい」
……タカを着せ替え人形扱いした髙野宮さんだけには心底言われたくないと思った。
更新が遅れ誠に申し訳ございませぬ。許されよ。