桜のお誘い
春。
俺とタカは、桜並木を歩いていた。
風が桜の花びらを拐い、俺たちの頭上に降り注ぐ。温かな日差しが俺たちを包んでいる。
「……にしても、お前本当に思いきったな」
「何がだよ」
タカは胡乱げに首を傾げ俺を見た。その正直な表情に苦笑する。
「聖深学院に入学したことだよ。お前から聞いてはいたけど、本当に入学しちまうなんて思ってなかった」
「……ああ、まあ色々あってな」
「へぇ、色々ね」
気まずそうに胸元のエンブレムが特徴的なブレザーを撫でてタカは眉をひそめた。タカが着ている制服は、お嬢様校と名高い聖深学院のものである(まぁ、今は男女共学になったので元お嬢様が正しいが)。
悔しいことに、背の高いタカが着るとかなりスタイリッシュに見える。致命的に目付きが悪いが、ちゃんと見ると顔の造りは整っているし、何だかんだでポテンシャルが高い奴だ。
「……お前これから大変だぞ。聖深学院って偏差値が高いし、授業についていけるのか?」
「あー、頑張る」
今にも死にそうな顔。
この世の不幸を全て背負いこんだとばかりの雰囲気だった。慌ててフォローする。
「まあ、そんなに重く考えなくてもいいんじゃないか? ほら、タカには髙野宮さんがいるから、勉強教えて貰えよ。絶対喜んで教えてくれるぞ。全財産賭けても良い」
「はぁ、そんなことに全財産を賭けるなよ」
「……確かに、賭けるまでもなかったな」
「うるさい。なんとかなる。たぶん」
「――あら、本当かしら?」
投げやりに紡がれた言葉を拾う涼やかな声が後ろから聞こえた。俺たちは声につられて振り向く。
桜吹雪に靡く濡羽色の長髪。黒いワンピース型のシックな制服を着た髙野宮さんは微笑みをたたえ、俺たちに向けて優雅に一礼した。
「ご機嫌よう。貴弘さん、木村さん」
「……うわ、撫子かよ」
「こんにちは、髙野宮さん」
げんなりとした顔をするタカを尻目に、髙野宮さんは楽しそうに笑った。
「ふふっ、いけずな人ね。そんな顔をしないで下さい。それに、勉強ならいつでも教えて差し上げますよ。元より、私には貴弘さんへ閉ざす門などないのですから」
「あー、その、悪い。……助かる」
「はい、素直でよろしい」
タカに近付いて頭を撫でる。最初こそ彼女の手で振り払おうとしたタカだが、髙野宮さんに根気負けして抵抗を放棄した。
俺いきなりラブコメに巻き込まれているんだけど。ふたりとも俺のこと忘れてない? 砂糖吐き散らかすぞこの野郎!
「そんなことより、貴弘さん。私を置いて行くなんて酷いわ。私、とても寂しかったのよ? ……全く、何のために一緒の学校に通っていると思っているのかしら」
「少なくとも勉強するためだと思う」
「……本当に貴弘さんは乙女心が分からない殿方ですね。そんなことでは駄目よ。もっとしっかりしていただかないと」
口では文句を言いつつ、穏やかな表情の髙野宮さん。タカはそれを見て、決まり悪げに頭をかいた。
「なぁ、圭一。何で俺、撫子に怒られてんの?」
「知ってるけど、知るか!」
「ええ、どっちなんだよ!?」
情けなく叫ぶタカへ向けて、肩をすくめる。気分はハードボイルド小説の主人公だ。クソッタレ。
深い溜め息をはいてから、立ち止まっていた足を動かす。桜の花びらの絨毯が、俺の足音を上手く消してくれた。
待てよ、っとタカが早足で俺の隣に並んだ。そんなタカの三歩後ろを髙野宮さんが歩いている。タカが先を歩き、それに髙野原宮さんが必ずついていく。これが昔からふたりの距離感なのだ。これで付き合ってないとか、何なんなの?
「そう言えば、私お伝えしたいことがあったのです」
「あっ? なんだよ」
「今週の日曜日、私の家で花見をするのですが、是非ご招待させて頂きたいのです」
「ああ、毎年のやつか。別に予定もないし、俺は良いぜ」
タカは心得たとばかり頷く。
髙野宮さんは満足げに目を細めると、俺に視線を向けた。
「木村さんもどうかしら?」
「……えっ、俺も?」
思わず、どういう風の吹き回しだと言いそうになり口を紡ぐ。
もしかしてタカと同じ高校に通えるようになったから、俺に対して優しくなったのだろうか。ならば、タカを巡るよく分からん三角関係も解消されたということか。最高かよ。
「そんな珍獣を見るような目で見ないで頂けますか? 率直に言って、不快だわ」
……全くそんなことはなかったぜ。
「木村さんをお誘いしているのは、妹が喜ぶからです。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「椿ちゃんが……!」
「ええ。それで、どうされますか?」
「行く! 行きます! 行かせて下さい! 行かせろ!」
びしぃ! と、手を上げる。
高らかに、天まで届け! そんな心持ちである。
「……はぁ、妙な三段活用を使わないで下さい。日曜日、時間は午後の13時です。お待ちしております」
「はい、楽しみにしています!」
「ええ、よしなに」
髙野宮さんはそう言って、小さく笑った。
なんとか今週中に更新という目標を達成できました。あと、1時間で今週が終わるけどセーフはセーフだもの。