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絶食の魔女ライラのスープ  作者: 佐原律
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第二話 コモドラゴンのテールステーキその1

「魔女……」

シロはごくりと唾を飲み込んだ。相変わらず無表情なまま小首をかしげるライラを見つめる。

この少女が、魔女。

しかしそれなら納得がいく、とシロは思った。

たった一人でラルファンを倒してしまったのも、シロを担ぎ上げてこのルドルフの森を駆け抜けたのも、彼女が魔女だというのならあり得ない話ではない。

シロは先の大戦を思い出す。人間と魔女は歴史的に長く対立してきた。魔女は強大な力と長い寿命ゆえの知識を持ち、人間の決めるルールや法律とは相いれなかった。

「数が多いだけの劣等種になぜ魔女があわせねばならぬ」とは当時魔女の頂点とされた大魔女《強欲》のフラムの言葉だと語り継がれているが真偽のほどは定かではない。

いい加減に決着をつけようということで勃発した大戦は3年にわたり、人間側にも魔女側にも甚大な被害を出し昨年終戦を迎えた。もともと数の少なかった魔女は戦争によりさらにその数を減らし、人里離れたところに住む者が多いこともあって人間と顔を合わすことはほとんどなくなったはずだったのだが。

「なんだおめえライラが怖いのか」

口の周りをスープでてらてら光らせながらペギーが言った。シロは慌てて首を振る。

「いや、そういうわけじゃ!ただ戦闘魔女って珍しいですし……」

魔女の中でも戦闘魔女と呼ばれる種類の魔女はそもそもの数が少ない。彼女たちは好戦的で先の大戦でも人間を相手にその圧倒的な強さを誇っていた。人間がなんとか終戦条約までこぎつけたのは、ひとえに魔女たちの連携の無さによるものである。魔女たちには国も王もない。あるのは力による序列だけだ。対戦闘魔女用に訓練された特殊部隊も投入されたというが、その存在は公にされていない。

「なにいってんだおめえ、ライラは料理魔女だぞ」

ペギーの返答にシロは目を丸くした。

「え、いやいやいや!料理魔女がラルファンを一人で倒すとかありえないですよ!」

「ま、普通の料理魔女や医薬魔女には無理だな」

ペギーが自慢げに鼻を鳴らす。魔女はその特徴で3種族に大別される。料理魔女の魔力や知識は料理に、医薬魔女のそれは医薬に特化する。専門分野以外には魔法も使えないし超人的な力も持ち合わせてはいない。つまり巨大な怪鳥を料理魔女が倒すなんて普通は無理な話なのだ。シロがライラを戦闘魔女だと思ったのも自然な話である。

「ラルファンは、食材だから」

それまで黙っていたライラが呟く。

「新鮮な食材は、自分で手に入れるしかないって師匠が言ってた。たまに危ないこともあるけど、でも、おいしさには代えられないからな」

ライラの言葉にうんうんと小さな胸をはるペギー。

「危険すぎますよ!!ペギーも!なんてこと吹き込んでるんですか!」

ペギーは面倒くさそうに耳を折りたたむ。

シロは大きく嘆息した。めちゃくちゃだ。こんな料理魔女の話は聞いたことがない。

頭を抱えるシロの隣にライラが立った。そのままシロの顔を覗き込む。

「ち、近いです……ライラさん……」

「おいしかった?」

「え、あ、はい、おいしかったですよ」

じゃあ、とライラがまた一歩シロに近づく。逃げ場のないシロはのけぞった。ライラの細く柔らかい髪が頬に触れる。

「お代、もらおうか」

「あ……」

シロは焦った。硬貨はおろか金目のものなど何一つ持っていない。

「おいおい、魔女の料理食っといてただで帰れると思うなよ」

ペギーがすごむ。シロは目を泳がせた。そうだ、少女のような見た目だが、ライラもれっきとした魔女なのだ。考えが甘かった。幸いスープのおかげでだいぶ回復しているし今なら逃げられるのでは、と出口の方に目をやるもライラの小さな体躯で視界をふさがれてしまう。

「何もないなら、身体で払ってもらう」

薄桃色の唇が小さく動き、赤い舌がちろりとのぞいた。



「ちゃんと覚えたか!黒狼2匹に主の泉の水5リットル、クルミヤシの実500グラムだぞ!!」

ペギーの怒声を背中で聞きつつシロは後ろ手に扉を閉じた。地上から100メートルは離れているだろうか、さすがルドルフの森の大樹である。中腹でこの高さだ。

シロはライラに借りたマントをしっかり体に巻き付け、麻袋の紐を背中に括り付ける。

(身体で払えってこういうことか……)

シロは苦笑した。

借金返済まで食材調達係として使われる、それがライラの出した支払い条件だった。

ライラに助けられなければラルファンに食われ死んでいたと思えば、しばらくここで足止めをくらうことなど大したことではない。

もともと行く当てなどなかったのだし。

改めて周りを見渡す。

森の奥に首都ベルケンが見える。ずいぶん遠くまできたつもりだったけれど。

シロは縄梯子に手をかけようとしてやめた。

使い慣れない道具は使わない方がいい。かえって時間がかかってしまう。それにスープのおかげで体力はすっかり回復していた。ライラが料理魔女だというのはどうやら本当らしい。料理の持つ魔力が身体中の傷まで癒してくれていた。

(やっぱり、これが一番早いよな)

シロは身体を確かめるように軽く動かすと、何の予備動作もなくとん、とデッキを蹴った。

空中に身体が投げ出される。自由落下に身を任せ、シロは地上を目指した。



「あいつ、一人で行かせて大丈夫だったかな」

ペギーはいまさらのように少し不安になっていた。食器類を片付けながらライラが答える。

「森にいたラルファンは、一羽だけだった」

「は?そんなわけねえだろ、ルドルフの森はラルファンの群生地だぜ。害鳥指定されてて、首都から討伐隊が組まれるくらいだ」

ライラがペギーを見下ろす。

「他のラルファンは、皆死んでた」

「は……?」

ペギーが目を見開く。

「それって、まさかあいつが」

「分からない。ただ、ラルファンの死骸を追いかけてたらシロが倒れてた」

ペギーはそれを聞いて盛大にため息をついた。

「面倒なひろいもんしちまったなあ」

「そうだね」

ライラはそう答えるとキッチンへと向かった。

(楽しそうなんだよなあ)

「あーつまんねっ」

ペギーはふんがっと鼻を鳴らすとふて寝を始めるのだった。



「……あとは、黒狼二頭か」

シロは水と木の実ですっかり重くなった麻袋を担ぎ直すと息をついた。

少し遅くなってしまったようだ。辺りは既に日が暮れかかり、うっそうとした木々のせいで薄暗い。

「狼をおびき寄せるにはちょうどいいけどなあ」

シロは苦笑した。

黒狼は基本的に夜行性だ。群れからはぐれたり弱っていたりする獲物を見つけると音もなく忍び寄りそののど元に食らいつく。ルドルフの森を行商人たちが避けて通るのはこのためだった。王都の兵士たちでさえ10人以上の隊列を組んでるときでなければ森には近寄らない。シロは麻袋を下ろすと適当な木の枝を手折った。

「――っ」

尖った枝の先で手の甲を薄く傷つける。みるみる赤い血があふれ出した。

黒狼は鼻がよく、数キロ先の獲物の傷をかぎつける。その特性を逆手に取ったのだ。

「――!」

背後に気配を感じ、シロは瞬時に振り返った。それと同時に手にしていた木の枝をやりの要領で投擲する。枝は空気を震わせびいん!という音を立てながら飛んだ。

「きゃああああああ!!」

甲高い悲鳴が上がり、シロは固まった。

「……あれ?」

シロの顔から血の気が引く。これは、まずいのでは――駆け寄ろうとした草むらが揺れたかと思うと四足歩行の化け物に乗った一人の少女が飛び出してきた。同時に投げつけられた手榴弾をシロはとっさに手刀で跳ね返す。

少女の背後で手榴弾が爆裂する。

「ってなによけてんのよ!!!!当たんなさいよ!!!!」

爆炎の中から現れた少女は頬をぷりぷりとさせて怒っていた。


少女の名はローゼというらしい。馬と首長竜を足して二で割ったようなバケモノ、コモドラゴンにまたがり、森を横断するにはとうていふさわしくないようなゴシック調のミニドレスをまとっている。年は12歳頃だろうか。雪のように白い頬はまだあどけない。くるくるにカールした黒髪が肩のあたりで揺れている。片手でコモドラゴンの頭を押さえ、もう片手にはドレスと友布の同じくフリルたっぷりのパラソルをさしている。

「ええと、その、すみませんでした……」

深々と頭を下げるシロをローゼはコモドラゴンの背中からにらみつけた。

「こんな可愛いレディーを黒狼なんかと間違えるなんて、あんた目腐ってんじゃないの?」

酷い言われようである。シロは、はははと頬を掻いた。

「そもそも、黒狼をおびきだしてどうするつもりだったわけ?自殺行為よ?」

「えっと、おつかいで……?」

「あんた、本当にばかなの?」

ローゼの目つきが剣呑なものから哀れみへと変わる。なにか勘違いされてる気がする。

「ローゼさんこそ、こんな森におひとりですか?」

シロが尋ねるとローゼはふんと鼻を鳴らした。片手できれいな巻き毛をかき上げる。

「仕事よ、仕事。あなたみたいに暇じゃないのよ私」

だいぶ根に持たれているようだ。しかし、コモドラゴンにまたがった手榴弾常備の少女の仕事とはいったいなんなのだろう。シロは首をかしげた。

「とにかく、あんたも死にたくなかったら馬鹿なことしてないでさっさと家に帰りなさい」

ローゼは口の端を持ち上げた。少女らしいあどけなさが消え、氷のような笑みが浮かぶ。シロの背中を悪寒が走った。

「この森には魔女が出るのよ」

「え――」

ぎいいいいい!

そのとき、ローゼの脚の下でコモドラゴンがいなないた。

「ひゃ、ちょ、何よ急に!」

体勢を崩したローゼが脚をばたばたさせる。

「遅いから、どうしたのかと思ったんだけど……」

上空から声が降ってきたと思うと、古からの習わしのように箒に横座りに腰かけたライラがローゼとシロの間に降り立った。

「客か? シロ」

ライラが尋ねるのと同時に、ちゃきん、と音を立てどこから取り出したのかキャノン砲を構えたローゼが咆哮した。

「消し飛べ魔女野郎!!!」

ライラの顔面0距離でキャノン砲が爆裂した。


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