今と夢と
つなぎが書けない。
そのあと、二人でぼーっとテレビを眺めていた。
そこで気付いた。
そう言えば、明日市役所に行くことを雪に伝えてないと。
「そうだ、そう言えば明日出かけようと思うんだけど…」
雪はきょとんとした顔をしている。
「…いや、別に行きたくないなら良いんだけど、服とか…食べ物とか?もらいに行こうかなって思って。…来てくれる?」
ああ、この訊き方まずかったか?少し顔をゆがめる。
と言うよりそもそも、今日初めて会ったばっかの人間をそんなに信用してついてくるなど到底かんが…
「…うん」
…私は、思ったより懐かれているようだ。
「…そっか、じゃあ行こうか」
表情が一切変わってないのは許して欲しい。
自分だって、こんなことになるなんて思っていなかったんだから。
横目で時計を見るともうすぐ10時を回る。
もうそろそろ寝るか。やっと表情も戻ったし。
ああ、それと雪の部屋どうしようか。
一応空き部屋はあるが、掃除してい無いせいで大分ホコリが積もってるだろう。
仕方がない、私の部屋貸すか。
「雪、ちょっとついてきて」
そう言って立ち上がる。
雪はこくりと頷くと私の後をついてくる。
…何て言うか、親鳥の気分。
よく分からない気分を味わいながら、階段へ向かう。
家は二階建てで、二階に二部屋、一階に繋がっているリビングとキッチン含め四部屋ある。
二階の一部屋が私の部屋で、もう一部屋は…昔両親が使っていた部屋だ。
扉を開き、電気をつけると、私は見慣れた部屋が見える。
必要な物以外おいておらず、とても簡素だが使いやすい部屋だ。
だが、この部屋も使うのが久しぶりなので少しホコリが積もっていた。
「ああー、ごめんちょっと待ってて」
さすがにこの部屋で寝かせるわけには行けない。
一階からモップとバケツ、部屋にあったフローリングワイパー用のシートを使い、簡易的に床掃除と埃掃除をする。
今日はなんだか掃除が多いな。
「ごめん、お待たせ。入って」
相も変わらず雪は待っててくれた。
行き当たりばったりで行動するせいで、何かと待たせてしまって申し訳ないな。
「あそこにあるベット使って寝て」
雪に言うと、少し間があった後こくりと頷く。
…ほんとに分かったのかなあ。
「…わかんなかったら聞いてね」
雪は今度はしっかりこくりと頷くと、てくてくとベットに近づいていく。
そしてベットに登り、…座ったまま目を閉じた。
あー、あー、なるほどね。
何でベットにそんなに不思議そうな反応してたのかがよく分かったわ。
いつも座って寝てたんだね。そりゃ座るんならベットいらないもんね。
まあ、この街では正しい反応だろうけど…寝にくくないのかなあ。
「ねえ、寝にくくない?」
「?」
雪はまたきょとんとした顔をした。
「あー、一回寝転んでみてよ。それで慣れなかったら座って寝れば良いし…」
雪の表情が変わらない。
「ねころぶ?」
ああ、そこからね。
ベットに近づきながらどう教えようか考える。
「えっとね、とりあえず、ええー、その、とりあえずここに背中つけて寝てみて?」
日常で無意識にやってる動作の説明って難しいな。
雪は少し訝しげにしながらも言う通りにしてくれた。
「どう?さっきも言ったけど、合わなかったら別に良いけど…」
「んん。だいじょうぶ」
…多分これはこっちで良いの大丈夫だよね?
「そう、ならいいや」
上から布団を掛けると、またもやきょとんとしていた。
大丈夫。布団の魔力はすごいから。
冬場は特に半端じゃないよ。
軽く笑いながら心の中で教える。
「電気切って…あー、真っ暗でも大丈夫?」
「うん」
「ん、分かった」
タンスの中の毛布を取り出し、ドアへ向かう。
「お休み」
「?おや、すみ?」
出て行くときについでに電気を消していく。
一階に降り、ソファアに寝転ぶ。
今考えれば一人にするのはまずかったか?
まあ、あの子も今まで夜のこの街で生き残れたくらいだからきっと大丈夫だろう。
極限までそうならないように気を付けるが。
振り返ると、今日はとても疲れたな。
雪があんなに懐いてくれるとは思わなかったけど。
こうやって関わると普通の子供と変わらないんだけど…
ふっと、さっき会ったときの雪の目を思い出す。
ズキッと胸が痛むような感じと嫌悪感と恐怖心が同時にわき上がる。
あの子自身に対しては問題ないし、むしろ好意的な感情があるが、あの目だけはどうしても苦手だ。
純粋で、綺麗で、それがとても恐ろしい。
考えまいと別のことを考えるのに集中する。
今日はきちんと寝れるだろうか。
寝られないと困るのだが、まあ、そのときはしょうが無い。
明日の予定はどうしようか。
そんな風に考えているうちに、思考がまどろみの中に落ちて行く。
そして、ふっと意識が消えた。
…眼を開けると、大通りに立っていた。
今日は家で寝てたはずだけど…
突然、後ろから腕を捕まれた。
力任せに振り払いつつ、ばっと後ろを振り向く。
「…っ」
そこにいたのは、昼間に雪により殺された男だった。
「お前が殺した」
そう、はっきり言った。
しかし、声が昼間と全く違う。
「あ、ああ、あ…」
男の体がどんどん変化し、見慣れた、もう見たくない顔になった。
「お前が殺した」
「あ、あああ」
ドスッと尻餅をつく。
足に力が入らない。
目を見開き、目線はその男から動かせない。
「本当にお前は使えんな」
「ごめ、なさ…お…とう、さ」
声が震え、言葉が途切れる。
「人殺し」
また別の声が響く。
「あ…ああ、おか…さ」
ぞろぞろと人が現れる。
それは今までこの街で殺してきた人たちだった。
そして、全員が何度も私に向かって言う。
「お前が殺した。人殺しめ」
何度も、何度も、繰り返される。
「ごめ…さい。ごめんな…さい。ごめんなさい、ごめんなさい、私が悪かったです許して下さいお願いしますごめんなさい許して下さいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
私はひたすら謝り続ける。
何度も何度も、繰り返す。
周りの声をかき消すように、どんどん声は大きくなる。
謝って声を上げているのは自分のはずなのに、遠くから見て居るような感覚がする。
頬を生暖かい液体が伝う。これは血だろうか涙だろうか。
頭が痛い。昔負った傷の部分だ。
声がかすれてくる。喉が痛い。
舌が鉄の味を感じる。自分の内側から生臭い匂いがする。
ああ、ああ、ああ!何なんだこれは?
私は…ただ…
不意に喉に激痛が走る。
「……っつ゛」
声が出ない。
周りの声が耳に響く。
痛い、痛い、痛い、痛い
「…………ぁぁぁぁあああ」
ふっと目が覚める。
「っは、っは、っは、っは」
呼吸が荒い。
体が動かない。
喉や頭の痛みはなく、声も聞こえない。
汗をかいていたようで前髪や皮膚の表面が少し湿っている。
…ああ、夢か。
呼吸を整えながら、体に指を動かすよう指示をする。
強張った体がゆっくりとほどけていく。
その後は、少し体がしびれたような感覚が残った。
(時間…)
リモコンで電気をつけ、時計に手を伸ばす。
(四時五十…六分)
ふう、と息をつき、起き上がる。
「…最っ悪の目覚めね」
独り言を言いながら、風呂場へ向かう。
どうせ二度寝してもろくに寝れないだろうし、それなら起きていた方が良い。
洗面所に行くと、必然的に鏡に映った自分の顔が見える。
疲れ切ったような目をした私がこちらをじっと見ている。
瞳は濁りきっており一片の光も見えない。
連日の寝不足でできた隈がより疲れを際立たせる。
最後まともに眠れたのはいつだっただろうか。
軽く乱れた黒鳶色の髪に混ざる白髪が、この現状を物語っているようだ。
考えるほど体がつらくなってきたので、頭を振り思考を逃がす。
顔を洗うだけのつもりだったのだが、シャワーをあびることにする。
気持ちも切り替えたいし、そもそも汗で結構気持ち悪かったからちょうど良かった。
シャワーをあびてる最中に思い出した。
そう言えば雪のこと忘れてたなあと。
ちょっと病んでる女の子が好きという作者の趣味がもろにばれる回でしたね。
書いてる方は楽しいです。