11話 強制イベント 2
森林地帯を、村に向かって歩いている3人。数分ほど歩いたところで、先頭を歩いていたリディが、突然立ち止まった。素早く後ろを振り返ると、立ち止まった兼次と麻衣の不思議そうな顔が見えた。リディは彼らにかまうことなく、頭を若干上向きにすると、大きく深呼吸を始めた。
「リディちゃん、どうしたの?」
リディは、麻衣の問いかけに答えることなく、遠くを見ていた。
「まずい。そこの木陰に移動して、体勢を低くしてくれ。こっちだ!」
リディは近くにある、背の低い草木の陰に向かって素早く移動した。腰を落とし、中腰姿勢になると、兼次達の方を向き手招きを始めた。
「こっちだ、早く来い!」
「なに、なに、ヤバい感じ?」
兼次の麻衣は、リディの要る場所まで移動すると、彼女の側で中腰姿勢をとった。
「つけられている」
「さすが犬種だな、臭いで気付いたか。ちなみに俺も、気づいてたけどな」
「さすがね、リディちゃん」
兼次はスマホ取り出すと、リディが向いている視線の先に向けた。スマホの画面には、生命反応サーチの画面が表示された。
「273m先にいるな、しかも結構大型だな」
兼次はスマホ画面をタップし、生命反応の詳細を表示させる。画面には、その生命の輪郭が表示された。
「手が短く、2足歩行… 頭の高さが2.8m全長6.3mか… このシルエットだと、小型のティラノサウルスってとこか。体温が高いから爬虫類ではないな」
「ティラノサウルス?」
「大型凶暴の肉食恐竜だな」
リディは、兼次と麻衣のやり取り気になり、彼らの後方に回り込む。そして兼次のスマホの画面を覗き始めた。リディは、その輪郭に見覚えがあった。
「やはり、フーチンか・・・」
兼次は振り返り、背後のリディに話しかけた。
「フーチン?」
「ああ、かなり凶暴な動物だ。今までに10人ほどやられている」
「ええぇー、10人も!」
兼次の持っているスマホ画面を見ていた麻衣は、10人と聞いて驚きの表情で振り返りリディを見た。
「リディちゃん、どうするの? 狩るの?」
「無理だな、狩れた事など一度もない。去ってくれるのを待つしか、最悪は・・・」
「なるほど、最悪は麻衣をエサにして、満足してもらう。と言う訳だな」
「ちょ! エサじゃない!」
「程よい脂身と筋肉のバランス、たぶん一番旨そうに見えるぞ?」
「っな! ふぐぅぅ・・・」
兼次は、麻衣の背後に回り込む。大声で文句を言おうとしている、麻衣の口を手で塞いだ。麻衣は兼次の手を掴むと、その手を外そうと力を入れ始め「ふー、ふー」と塞がれた手から、声が漏れていた。
「騒ぐな麻衣、静かにしてろ。リディ、どうするんだ?」
「このまま村に帰るわけにはいかない、村に被害が出る。巻くしかない… 上手くいけばいいが…」
「ちなみに美味いのか、あれ?」
「食べたことは無いな」
「まぁ、肉食動物はマズい確率が高い ・・・・イテェ」
麻衣は、口を塞いでいる兼次の手を噛んだ。兼次は痛みで、その手を離した。
「ふっ、私の出番がきたようね!」
麻衣は立ち上がると、右手を前に出した。人差し指を出すと、その先が光り始めた。
「外すなよ? 絶対に外すなよ?」
「だから、そう言うフリやめてば!」
立ち上がった麻衣をリディは、不思議そうに見ていた。その光る指先を
「なにをする?」
「大丈夫だリディ、逃げる必要はない。外れたら、俺が何とかするから」
兼次はリディの肩に手を置き、彼女を落ち着かせる。そして麻衣を見た。
「もう一回言うが、外すなよ?」
「だから、外す、外すって言わないでよね!」
麻衣は左手を右手首に添え、銃を構える様に右手を前方に繰り出した。
「もうすぐ見えるぞ、外すなよ?」
「わかってるってばぁ!」
麻衣は深呼吸すると、前方を凝視し集中し始めた。
3人は前方の木々を見ていると、その隙間から長い茶色の毛を生やした、2足歩行のフーチンと呼ばれる動物が姿を現した。口が前にせりだし、少し開いた口から三角の歯が見えた。眼は黒く、首は馬程度の長さ。手は短く、足の太ももは異常に発達し、いかにも素早く動きそうな、分厚い筋肉をしていた。
「毛の生えたティラノサウルスか? よし、やれ麻衣!」
麻衣は大きく息を吸うと、大声で叫んだ。
「ドーーーーーン!!!」
その掛け声とともに、麻衣の指先から光線が放たれた。その光線は、真っすぐ前方のフーチンめがけて一直線に進んでいった。しかし、麻衣の大声で驚いたのか、フーチンは太い脚で大地をけると、素早く3人に向かって走り始めた。そして、光線はフーチンをかすて、森の奥へと進んでいった。
「予想通りだった… 大声出して、気づかれ、そして外れる」
「なによ! その、やっぱりって顔つきは?」
兼次は立ち上がると麻衣の肩に手を置き、長い溜息をした。
「ハァー・・・ とりあえず、下がってな。始末するから」
「やっぱり、ど〇ん波のがよかったかしら?」
「叫んでいる時点で、ダメだな」
兼次は10cmほど浮き上がると、高速で前方のフーチンめがけて進んでいった。フーチンも、大きな足音を立てながら、兼次に向かて進んでいく。そして、フーチンの目の前1mの所で止まった。しかしフーチンは止まることなく、口を大きく開け兼次に襲い掛かった。兼次は右ひざを上げると、フーチンのアゴめがけて飛び上がる。鈍い音と共にフーチンの頭が上がる、さらに飛び上がった兼次は、フーチンの頭めがけて上空から蹴りを入れる。そして、そのまま頭を踏みつけて着地した。
フーチンは、下からの蹴り上げと、上からの蹴りで脳が激しく揺れる。フーチンは、ぐったりと地面に倒れた。
「っな… しとめた? あんなに、簡単に…」
「まぁ兼次ちゃんは、変な人だけど一応は、宇宙最強種族だからね」
「宇宙?」
「ああ、気にしないで! 説明すると長くなるから、気にしないで!」
リディと麻衣は、フーチンと兼次のやり取りを後方で見ていた。特にリディは、いとも簡単にフーチンを仕留めたことに、驚いていた。
2人は暫らく兼次を見ていると、彼はスマホを取り出し、電話をかけ始めたのが見えた。
「なあ、あいつは何をしているんだ? 電話だったか?」
「そうね、電話だね。たぶん、ララちゃんと話してると思う」
兼次は電話を終えると、スマホをポケットに入れ麻衣達を見た。そして、その場から消えた。
「き、消えたぞ?」
「テレポーテーションね、フーチンをどこかに置いてくるんじゃないかな?」
「仕留めてないのか?」
「さあ? どうするんだろうね?」
リディは消えた兼次の場所を眺めていると、自身の尻尾に違和感を感じた。先程麻衣に触られた時と、同じ感覚だった。リディは素早く隣にいる麻衣を見た。
「触るな!」
「え? なに?」
麻衣は両手を上げ、自身は何もしていないとアピールする。
「終わったぞ。帰ろーぜ、リディ」
2人の後方から、兼次の声が聞こえた。2人は頭だけ振り返ると、リディの尻尾を手で掴んでいる兼次の姿が見えた。リディは、その手を振り払うと、兼次から距離を取った。
「兼次ちゃん、どこに持っていったの?」
「まだ生きていたし、瑠偉のデートコースに置いてきた。今日は綺麗な滝の見える場所で、ピクニックらしいぞ。そこで、強制イベント『フーチンに襲われました』が始まる」
「えー… 瑠偉ちゃん大丈夫かなぁ??」
「ララも居るし問題ない。今日の夜には、腰を抜かし小便を漏らした瑠偉の姿が拝めるぞ」
「さすがに、それは可愛そう… でも、ちょっと見たい気がするし、うーん…」
兼次はリディに近づくと、彼女の腰に手を回そうとした。しかしリディは、それを察知し回避する。リディは、2人から離れると村に向かって歩き始めた。
「もういいだろ? 村に戻ろう」
リディは首だけで振り返り、兼次と麻衣に向かって言った。兼次の麻衣も、リディの後ろを歩き村に向かって歩いていった。