11話 猫耳男子は愛想がない
街の出入り口で、俺達は馬車から降りた。ララは熟睡している瑠偉を背負っている。周りを見渡すと、街の周囲は壁ではなく、幅5mほどの水路で囲われていた。日本で言うところの、堀と言うところだろう。その水路は街にも、流れていて生活用水としての機能があるようだ。ざっと見渡した限り、井戸が無いようだから、そうなのだろう。
堀より外側は、畑が広がっていて野菜らしきものが栽培されている。その畑の近くに、木造平屋の家も所々に点在している。俺達の立っている道は、街に入ると整備されていて小石や雑草等が取り除かれ、平らな土の道が街の奥まで伸びていた。
道の両脇には木造平屋の家が立ち並んでいた。所々に2階家もあるが、多くは平屋だ。
「では私達は、これで失礼いたします。宿屋は、こちらの道を行った左側にあります」
そう言うとオーグは馬車の中に入り、そのまま馬車は街の中心部に向かって行った。相変わらず、馬車の三角屋根には盗賊達がまたがっている。所々で道を歩いている人達は、その姿を珍しそうに見ていた。
「俺達も宿屋に行って、一泊するぞ。そして早急に国境の街へ向かう」
「えっ、観光は?」
「我々の滞在時間は限られている、長居は無用だ。色街も無いしな・・・」
不満顔の麻衣と共に、オーグに教えてもらった宿屋に向けて移動を開始した。人通りの少ない道だが、数人とすれ違った。日ごろから、旅人の出入りが激しいのだろうか。彼らは俺達の見ても、何事もなかったように、通り過ぎて行った。数分歩くと、左側にひときわ目立つ建物があった。
「ここかな?」
周辺の平屋の民家に比べ、大きい2階建ての石壁の建物があった。入り口は開いており、その上には大きな看板がある。看板を見上げ、文字を読むと何となく読めた。どうやら、文字データも脳に書き込まれているようだな。脳に記憶を直接書き込む科学技術、これは便利である。が、一歩間違えたら洗脳と言う危険な技術になりえるな。右後ろにチラッと見るが、ララは定番の無表情だ。ロボットだから当然だが・・・
「ファルキア亭か・・・ん?」
「ご主人様。おそらく、オーグさんの宿屋かと思われます」
これだから商人は・・・しっかりと自分の宿屋を紹介しやがったな。
辺りを見渡すが、周りに宿屋らしき建物は無い。空に輝いていた、この惑星の恒星は地平線に近い。時間的に他の宿屋を、探すわけにもいかないようだ。
しかたない、ここで一泊するか。
開けっ放しの扉をくぐると「いらしゃいませー、宿泊ですか? お食事ですか?」と音程のない、棒読みの挨拶が耳に入ってきた。右側を見ると、開けた空間に丸テーブルと椅子が4脚。そのセットがたくさん並べられている、おそらくこれが食堂だろう。今は時間的に早いのか、人はいないようだ。
そして目の前にあるカウンターに、店主と思われる人がいる。頭に三角の耳を載せて・・
既にそれを発見した麻衣が、カウンターに両肘をおろし店主に顔を寄せている。
「ねぇねぇ、お名前は? 耳触らせてー? 尻尾もいいかな? 頬とかスリスリさせてぇー」
「あ・・・あの、なんですか? ち…近いです」
その店主は麻衣を避ける様に、一歩下がり背を逸らした。すると麻衣は「ふふふ」と怪しい声を吐きながら、さらに店主に近づく。店主も近づいてきた麻衣を避けさらに下がるが、背中が後ろの壁に付いてしまった。
俺はそんな麻衣の上着の首部分をつかみ、後ろに下げた。
「いきなり、発情してんじゃねー落ち着け!」
「あ~…耳を…耳をー!」と、麻衣は手を店主に向けバタバタさせている。
「悪かったな、連れの者が迷惑をかけた」
「はぁ・・・」
麻衣を横に押しのけ、店主の正面に立つ。身長は麻衣と俺の中間ぐらいだから、170程だろう。頭を囲っている茶色のボサ髪から、ピンクの三角耳が頭部から突き出している。髪質は、かなり細い。顔の輪郭は、若干の丸みがある。目は人間に比べ、横が短く丸目に近く、その上に眉毛が右下がり気味で付いている。
上から体を順番に見ると、首は細く喉の膨らみが無い。これは女なのか? いや、胸が平坦なので男という可能性もある。服は帯どめの和服の様な簡素な上着に、ズボンをはいている。そして、上着とズボンの間から、細く長い茶毛の尻尾が出ている。この尻尾は猫系の様だな。
性別は確認するしかないな。いきなり聞くのは、変な人間だと思わるるかも知れないので、言葉で釣ってみるか。
「お嬢さん、店番のお手伝いか? 偉いな・・・とりあえず、店主を呼んでくれ」
「俺が店主です。それに俺は男子ですし、成人しています!」
「それは、悪かったな。ところでここは、オーグの店なのか?」
「そうですが・・・知合いですか? だったとしても値引きはありませんよ」
よかった、男だったか。トッヤキ族の女がこれだったら、発狂レベルだったぞ・・・
しかし、オーグの奴は自分の店を紹介しておきながら、値引きなしとか舐めてるのか? 次回会った時は、その辺をきっちり言っておこう。
そして、隣にいる麻衣から「猫もいいな、ふふふふ」と口を手で押さえながら小声が漏れていた。
「あのー、宿泊ですか? 食事ですか?」と店主はイラついているのか、眉間にしわを寄せている。さらに、猫耳を小刻みに動かしている。
「宿泊だ、2人部屋を2つ頼む」
「1泊で銅20で合計銅40になります」
「前払いか?」
「はい」
目の前の店主とやり取りをしているが、この店主は愛想が無い。もしや、これがトッヤキ族男子の標準なのか? それともこの店主だけの問題なのか? こんな対応では、リピーターも来ないだろうな・・・
俺はオーグから貰った革袋から、豆銀を1個を出し目の前の机に置いた。
「一部屋は1泊、もう一部屋は4泊する」
店主は机に置いてあるお金を引き取ると、机の中から紙を出した。そして、なにやら記入し始め、机の中からカギを2個取り出し机に置いた。
「合計銀1です、確かに頂きました。では1番部屋が4泊で2番部屋が1泊になります。これがカギです。食事は1日2回です、私にカギを見せてください。部屋はこちらの階段を上がった、一番奥の部屋になります」と店主は、右後ろにある上り階段を指しながら言った。
「悪いが、食事を先に頼む。2人分な」
「わかりました。あちらで座って待っててください」
俺はララに、1番部屋のカギを渡す「ララ、1番部屋に瑠偉を置いて下に来てくれ。あの話を聞きたい」
「かしこまりました。しばしお待ちを」
瑠偉を背負ったララは、階段を上がり2階の部屋に向かって行った。
では俺達は、食堂で待つとしよう。そして食事をしながら、あの危険な団体について詳しく聞くとしよう。