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太陽の君と根暗な俺

作者: 雨宮零音

「まるでこのアイスみたいだな。」

長い前髪で瞳を隠した青年は肌を綺麗な焦げ茶に変えた青年に向けて言う。

部活の帰りだろうか。サッカーボールを抱えた青年はとけかけているアイスを口に放り込みながら屈託のない笑顔で尋ねた。

「え?なにが?」

炎天下の中、太陽と競い合うかのように明るく純粋な笑顔を向けられた根暗な青年はメガネを掛け直しながら言った。

「人間だよ」

根暗な青年は暑さを紛らわすためか、はたまたサッカー少年の痛い視線から逃れるためか、受け取ったアイスに食いつく。

ほぼとけていたアイスは口の中で完全に液体となり、根暗な青年を冷やすことなく体の一部となっていく。

「は?なに、また難しいこと?」

明るい笑顔の青年はいつの間に食べ終わっていたのか、アイスの棒をゴミ箱に投げ入れる。投げられた棒は綺麗な円を描いてゴミ箱へ吸い込まれるように入っていった。

「おっ、ナイッシュー!俺!」

まるで根暗な青年の話を聞いていない。大方、「難しい話は嫌いだぜ」とでも思っているんだろう。しかし根暗な青年の読みを裏切って明るい笑顔の青年は問う。

「で?俺たち人間が、なんだって?」

明るい笑顔の青年は、根暗な青年の長い前髪の向こうの瞳をしっかりと見据えながら言う。まるで、全てを見透かすかのように。

根暗な青年は食べ終わったアイスの棒を手で弄びながらボソボソと話す。

「恋愛関係とか、友達関係だとか。人間の情が絡むものは全てドロドロしている。」

肌の黒い青年は根暗な青年のその言葉を聞き、そして笑った。

「お前、さっき俺が買ってやったアイスがドロドロだったから怒ってんの?ごめんなぁ〜」

何が面白いのか、クスクスと笑い続ける青年を他所に、根暗な青年は続ける。

「ドロドロなものは汚い。人間と同じだ。人間は汚い。感情があるから、人やものを傷つけ、我々が住む地球でさえも壊そうとしている。そもそも、我々人間は生まれた瞬間から死をゴール地点として、なんで生きているのかもわからず生きている。その人の生は果たして地球になんらかのいい栄養となったのかと問われれば、家族でさえもいいえと答えるだろう。ほら、さっきのアイスと同じだ。とけたアイスなんて口の中に入ればすぐ体内に取り込まれ、栄養にならなくして出てくる。同じだろう」

根暗な青年は自嘲するかのように鼻で笑うと明るい笑顔の青年と同じくアイスの棒をゴミ箱へ投げた。

投げられた棒は不器用に回転しながらカコンと音を立てながらゴミ箱へ入っていく。

肌の黒い青年は根暗な青年の話を真剣に聞いていたようだが、いまいち伝わなかったようだ。

先ほどと同じ、太陽に負けない笑顔を浮かべ、照れたように言う。

「俺さ、お前みたいに頭良くねぇし読書とか嫌いだからなんとも言えねぇけどよ、お前、さっきのアイス食べてどう思った?」

根暗な青年は目を伏せながら小さく呟く。「うまかった。」

それを聞いた明るい笑顔の青年はわははと笑いながら「だろ?」と言う。

青年はサッカーボールを持ち、リフティングを始めるとまるで興味無さそうに根暗な青年に語りかける。

「お前に何があったのか知らねぇけど、お前が好きな小説だって、映画だって、ドラマだって、書かれているのは醜い人間の感情だ。でも俺らはそれに惹かれてしまう。つまりさ」

青年はそこで言葉を区切るとサッカーボールを根暗な青年にパスし、今日一番の笑顔で言った。


「人間が持つ、感情っていうもの、そのものが美しいからなんじゃねぇの?」


根暗な少年は初めて自分から明るい青年の瞳を見た。

それは青年の言うことが間違っていたからではない。ただ、どんな表情で言っているのか気になったからだ。

しかし肌の黒い青年は普段と何も変わらず愛想のいいいつもの笑顔で言っていた。

「……そうだね」

根暗な青年は立ち上がりながら言う。

明るい青年が間違っていることを言っている訳では無いし、それに妥協したわけでもない。

しかし、この世は自分が思っているような人だけで成り立っているわけではないと知った。

自分の感情のままに人を貶める人達だけの世界ではないと、知った。

根暗な青年はサッカーボールを地面に置いて考える。自分は自分の世界でしか生きていなかったと言うことを。友達が少ないことを言い訳として周りの人の意見を聞かなかったことを。

こうして人の意見を聞くことで自分の世界が広がるのだ。そしてそれは自分を変える1歩となるかもしれない。

自分とまるで正反対の彼と友達になったのもなんらかの運命で、自分はもしかしたら彼のように、太陽となれるのかもしれない。

青年は長く伸びきった前髪をかき分けながら空を見上げる。

イラつくほど暑く世界を照らす太陽であっても、必ずそこには存在している。

「おーい、何してんだよ!蹴るならさっさと蹴ろうぜ!」

イラつくほど明るい太陽もまた。

「俺は、実は隠してたけどお前よりめちゃくちゃすげぇサッカープレイヤーなんだ」

前髪をかき分けた青年は叫びながらサッカーボールを蹴る。

ボールは天を高く舞い、肌の黒い青年の頭上を通り越して奥のバスケットゴールへとシュートが決まる。

唖然とする青年を他所に肌の黒い青年はまるで子犬のようにはしゃいでいた。

「すげぇ!才能開花だな!俺にもやらせてくれよ!」

唖然としていた青年は己を取り戻したかのようにハッとし、自分の周りを飛び回る明るい笑顔の青年を見て大笑いする。

なぜか醜かった世界も少しだけ晴れ渡ったように感じた。

「なぁ、今度またアイス奢ってくれよ」

「はは!今度は溶けてねぇやつをな!」


苦しかった夏が終わる。


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