1
古びた階段を降りると、けして広くもなくよくある地下室のようだった。
人が歩けるだけの空間があり、これと言って荷物はおかれていない。
暗がりの中で、壁においたろうそくに火を灯すとぼんやりと室内の様子が浮かび上がってくる。
もともとは小さな地下食糧庫として使われていたが、今は老朽化が進み壁も床もほとんどが剥がれ落ちていた。
そのためどこを向いても土がむきだしになっていた。
土壁は湿り気を帯びていて、あたりの空気までしっとりと冷えていた。地下水の影響なのか、ところどころに水たまりもできている。
壁に手を触れるとボトボトっと土がおちてくる。この空間の異様なところはこれだ。
これほどまでに柔らかく崩れやすいにもかかわらず、地下空間としていつまでも存在しているのだ。
そして土の壁一面が大きなスポンジのように、無数の穴が空いている。穴の大きさは大人の握りこぶし程度。その穴あたり一面にあるのだから、気味が悪いとしか言いようがない。
穴の一つに少年が手を差し込み、消え入るような小さな声でつぶやく。
「君たち、ほんっと可愛いよね。」
くねくね・・・・・ぴた。
「僕、君たちのおかげで幸せだなっておもうよ。」
その声に反応するかのように、壁の土が不規則にぼこぼこと動き出した。
一匹、また一匹とほそながい形の生き物が姿をあらわした。
ニメートル程の長さがあり、大きなヘビのように体をくねらせて動く。
皮膚はミミズそのもので柔らかく冷たく弾力がある。
なぜかトカゲのように短い前足が二つついている。
後ろ脚は退化してなくなったのだろうか。
これは、ヘビというよりも巨大なミミズといったほうがよっぽど近い。
とても大きなミミズトカゲだ。
一匹だけでも異彩で独特の雰囲気を放つ生き物だが、なんとこれがわしゃわしゃとかべに穴をあけながらでてきた。
少年がミミズトカゲの頭まわりにそぉーっと手をかざすと、からだをよせ手から腕へ、腕から肩へとまきつくように上ってくる。
瞬く間に少年の体はミミズトカゲにうもれていく。
「こらこら、そんなにしたら僕うごけなくなっちゃうよ。ちょっとだけ離れてくれないかな。」
困ったようにみえて、めちゃくちゃ嬉しかった。
だって僕を求めてくれる。
必要としてくれる。
こんなにも喜んでくれる。
そんな存在がたくさんいるのだから。
「降りてくれてありがとう。
今日もね、みんなが喜んでくれるといいなーと思ってプレゼントを持ってきたよ。」
そう言って片手で抱えていた木箱をみせる。
ふたを開けると、箱いっぱいにはいったミミズが動き出した。
少年は思わず、箱のミミズの中に手を突っ込んでいた。
小さなミミズが何匹も身をくねらせ、冷えた身を懸命に動かし逃げ出そうとする。
そのその肌を伝う感触を堪能し、、、
おっと、いけない。もう十分楽しませてもらたんだった。
そう思い直し、片手でつかめるだけのミミズをつかみ、投げた。
つかんでは投げ、つかんでは投げた。
少年のまわりにいたミミズトカゲたちは、ミミズが投げられると
近づいていき・・・・
口を開けて細かなたくさんの牙をみせつけると・・
ミミズにかぶりついた。
もちろん逃げることなどかなわず、
ミミズは生きたままに咀嚼されていく。
むしゃむしゃとかみちぎり、のみ込んでいくと
ミミズは短くなっていき、あっという間にミミズトカゲの腹の中におさまっていく。
みんなが食べ終わるのを待って少年は声をかける。
「おいしかった?僕、君たちのために頑張ってあつめたんだよ。」
穏やかに微笑み、ミミズトカゲに触れる。
指の腹を使い、優しくなでると
反応するようにわずかに皮膚を動かす。
ミミズトカゲと戯れ、至福の時間をすごしているが、少年はあることに気が付きミミズトカゲの群れの中のある一点に目をとめた。
「あれ~~~こんなところにいたんだ。
エリー、きがつかなくてごめんね。」
エリーと呼ばれたのは、他のミミズトカゲよりもひと回り小さな子供のミミズトカゲだ。
僕とここのミミズトカゲとの関係は、このエリーとの出会いから始まった。
人見知りで臆病な僕をここまで連れてきてくれて、仲間として迎え入れてくれたのだ。