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マザョウ  作者: ぼっち屋
3/4

 跳ね回る足の生えた静物はいたるところで跳ね返り

昨日みた夢明日の水たまり

 さては今日とて沈黙の吐息、涙堂にたむろする悪童たち

わざと君と手を繋いで行った孤島の大鳥居

赤く染まった観覧車から見上げる街の色模様

 金糸銀糸で縫い合わされた赤トンボはついには体が重くって錦絵になったと聞く




 授業はやってきます。

 保健室の外からやってくる斜めの光線で唐紅(からくれない)に染まった二匹の老ねこがいます。保健室の外からやってくる斜めの光線で唐紅(からくれない)に染まった僕がいます。授業もまた唐紅(からくれない)に染まっています。唐紅(からくれない)の光線は人をゆっくりにします。

 僕は保健室にゆきます。保健室には二匹の老ねこがいます。保健室には二匹の老ねこと僕がいます。授業の喧噪は保健室には届くことはありません。僕は保健室に住み着く虫です。

 草むらから聞こえる、ジー、だの、リー、だの鳴く虫は、声だけしか存在していません。その姿は見ません。声だけが草むらの中に存在しています。僕が草むらに近づくと、声の塊はたちまち霧散してしまいます。すると影も形も存在しません。しかし少し離れるとやっぱり声は草むらにいて、ジー、だの、リー、と、鳴きます。その姿は見ません。

「中庸でいたければ白と黒とを知れ」

「人間よ愛を知りたくば人間を愛するべし」

 二匹の老ねこが人間の言葉で喋ります。僕は、ニャア、と返事をします。秋の日です。

 秋になると空気が透明に近くなってゆきます。空気が透明になるには暑すぎても寒すぎてもいかれません。ちょうどよく温度で、ちょうどよく透明になります。秋はだいたい赤く染まります。

 秋の赤は情熱を持っていません。秋の赤は嫉妬と嘲笑を持っています。だので木々は嫉妬の赤や嘲笑の黄になります。僕は嫉妬と嘲笑を持っていません。僕は秋の日に赤や黄に染まることはありません。ねこは嫉妬と嘲笑を持っていません。ねこは秋の日に赤や黄に染まることはありません。秋の日に木々は赤や黄に染まります。

 嫉妬と嘲笑しかその身体に残らないのは木々の魂が結実して抜け殻になってしまうからです。畢竟、大事なものは実を結びます。二匹の老ねこの教えです。授業ではこうした真実を解き明かすことをしません。授業では真実のさわりの部分を教えるだけです。僕は授業についてゆかれません。しかしねこによって世の中の理を知っています。理だけを知っていても、結局はそこに辿り着く道筋を発見することはできません。ねこは理を教えますが、道筋を教えることはしません。人間は道筋を教えますが、理を教えることはしません。授業についてゆかれない僕は、人間になることの出来ない虫です。

 二匹の老ねこはこう言います。

「別れは盛大に悲しめばこそ、別れが成就する」

「人間よ逃れられぬ別れを寂しく思うべからず」

 秋の日は冬を予感させます。

 多く、人間は秋になると冬を忘れたふりをして空元気で秋を楽しみます。本当は皆、冬の訪れを敏感に感じ取ります。秋の日は広く深い冬の上に張った薄氷です。どこからともなく冬はやってきます。底冷えした心が、寒毛を震えさせます。人間はまた、毛、を着ます。

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