第7話 完敗
「それでエリカ、話って何?」
「えっと、ですね……。高等部に入ったし、そろそろ葵君は好きな子とか出来たんじゃないかなぁーって」
「俺が好きなのは永遠にエリカだよ?」
「いや、でもほら…… 可愛い子とか美人さんとかいっぱい外部から来たし、私以外でもちょっと気になる女の子とかいるでしょう?」
「俺はエリカしか眼中にないけど。エリカさえいればいい」
華京院エリカ、絶賛婚約者を説得中です。
前回あれだけ婚約破棄を意気込んだからにはと早速春原さんを呼び出したその日の放課後に我が家へ葵君を招いた。
茅には予め葵君と2人で話がしたいと言った為、私と葵君に紅茶と私の大好物のシフォンケーキを用意した後に退出してもらった。
去り際、私には丁寧なお辞儀をしたのに葵君には凄い睨みを利かせていた。
取り敢えずお茶を飲んで一息ついてから説得に入ったのだが……。
難航しております。
葵君はもっと私以外にも興味持ったほうがいい。私が私の取り巻きの美人さんやヒロインである春原さん等、男子生徒から人気のある女子生徒の名前を挙げても私の新しい下僕なのかと返されて終わりだ。
「つまり、エリカはその下僕達が俺よりも好きなんだね。…… 邪魔だな。消そうか」
「ちょっ。さ、殺人は駄目だよ? 殺人犯になったら私と会えなくなるからね?」
「それは困るな。エリカも俺に会えなくなるのは嫌?」
「嫌だよ! ……はっ! いや、えっと」
咄嗟に嫌だと言ってしまった。
違うんだ。私は自分の身近な人物が殺人犯になるのが嫌だという意味の嫌だなのに……。
葵君は私の言葉に勘違いしている。とっても嬉しそう。
それにしても危うく人気のある女子生徒が大量殺害されるところであった。目が笑っていなかったからあれは本気で消そうと考えていたに違いない。
「あのね、葵君! 葵君が私に向けてる好きの種類は私が幼い頃からずっと一緒にいたから家族愛的な好きだと思うの」
「……へぇ。それで?」
「っ! あ、葵君はそれを恋愛の方の好きと勘違いしてるんじゃないかなっ? 本当に心から愛したいと思える様な人を見つける為にも子供の時にした婚約なんて破棄した方が──…… ひっ!」
私が葵君との婚約を破棄する為に、短い時間で精一杯考えた抜いた言い訳。ビクビクと怯えながらも頑張って最後まで言おうした。
それをあろう事か葵君は聞き終える前にフォークを投げ飛ばして来て、私の頬ギリギリを横切った。
一瞬心臓が止まった。危なっ。
少しでもあの時横に動いていたら頬をフォークが掠めていた。
私は恐る恐るブリキのロボットのようにギギギとぎこちない動作で後ろを振り向く。
……刺さってる。
先程までシフォンケーキを刺していたフォークが壁に刺さってる。
一応ここは蘇芳のお屋敷ではなく、華京院のお屋敷だ。勝手に傷をつけないで頂きたい。しかも応接間に。
「……ねぇ、エリカ。俺の聞き間違いでなければ婚約破棄って言葉が聞こえたんだけど」
「き、聞き間違いじゃないよ! ちゃんとそう言ったもん!」
今日はいつもの私と違う。ここで屈したら駄目だ。
ヒロインに葵君を押し付けるという私の長年の作戦が失敗した今、私は何としても自力でこのヤンデレ男との婚約を破棄しなければならない。
それしか私が生き残れる道はないのだ。
頭では葵君に挑もうとしている。しかし椅子から立ち上がって私の方に近付いて来ようとする葵君に気付いた私は葵君同様立ち上がり、彼から逃れようと足が勝手に後退してしまう。
「どうすればエリカは俺がエリカを1人の女性として心から愛してるって信じてくれるの? 俺、結構態度で示してると思ったんだけどな。まだ足りない?」
「た、足りなくないです……。間に合ってます! ちょ……ちょっと近くないかな? 一旦離れよう? 落ち着こう!」
「俺は至って落ち着いてるよ。落ち着いてないのはエリカだ」
壁ドンは女子の憧れのシチュエーションとか言ってたやつ、今すぐ出てこい。
現在そのシチュエーションなのに恐怖でしかないのは相手がヤンデレ男だからなのか。
私の顔を挟み込む様な形で両手で壁ドンをされているのだが。……彼の左手の近くには先程のフォークが未だに刺さっていて余計怖い。
そして耳元にやたらいい声で囁くの禁止。私、耳弱いので。
「ひゃう!」
「エリカって耳弱いよね。涙目で怯えるエリカも可愛い。そんな俺の加虐心を煽る様な顔をしないで。もっと虐めたくなる」
葵君が私の耳を舐めて噛んで来たから変な奇声を上げてしまった。
君の加虐心スイッチなんて私は知らないから。
早く私を壁ドンから解放して下さい。
これ以上は駄目だ。身の危険を感じる。
葵君の肩をぐいぐい押して突き放そうとするがびくともしない。そんな細い身体の何処に力があるというんだ。
これが男女の力の差か。
私は穏便に婚約破棄をしたかったのにフォークが飛んでくるし、壁ドンされるし……。
「……婚約は破棄しないからね。それに、婚約破棄したらきっとエリカのご両親も困ると思うけど」
「どう…… いうこと」
「あれ? もしかしてエリカ聞いてないの? 俺、華京院に婿養子として呼ばれてるんだ」
成程。だからお父様は世継ぎの事は問題ないとあの時言っていたのか。最初から葵君に華京院を継がせる気で私と婚約させたんだ。
葵君にとっても今となれば実に良い婚約内容である。彼の蘇芳での立ち位置を考えれば。
私が葵君との婚約を破棄をしてしまったらお父様やお母様にも迷惑をかけることになるというわけだ。
「俺から逃げられると思わないでね。エリカを幸せに出来るのは俺だけだから」
至極満面の笑みでそう言われた私はどうすればいいのだ。婚約破棄も出来そうにないし本当に逃げられない。
婚約破棄しないと殺されるのに、婚約破棄しようしても死亡フラグ立ってるとかどんな無理ゲー。いや、クソゲーだ。
神様は私にもう一回死ねと仰っているのだろうか。
……完敗だ。
私の完敗だよ葵君。
私は葵君が帰った後、直ぐに茅に泣きつきました。ヤンデレ怖いです。死にたくないです。