第5話 原作突入
定期試験のご褒美事件はクラスメイト達により『お前が欲しい事件』と命名され、嶺帝学園内で広く語り継がれた。
幼稚舎から大学院にまで知られてるってどんだけ……。
この言葉は暫く幼稚舎のおままごとで流行ったらしい。中等部ではその年の流行語大賞に選ばれた。
その他のノミネート語も殆ど葵君と私が発言したものが大半を占めていた。
その時の私の心境だと?
……聞いてくれるな。数日間胃薬が手放せなかった。
しかも葵君はことある事にご褒美を強請って来るようになった。
杜若君に心の中で万年2位君と言ったことを謝るから早く1位をもぎ取って頂きたい。結局人外葵君に杜若君が中等部在学中に定期試験で勝てることはなかったのだが。
畜生。こちとら何回デートしたと思ってるんだ。
デートを重ねて行く毎にエスカレートしていくスキンシップ。
大丈夫だ。まだファーストキスと貞操は守ってます。
それにもう守りきったと言ってもいい。そうです。原作が始まるのだ。
いやはや長かった。よく耐えた私。
今日は嶺帝学園高等部の入学式だ。
ついにヒロインが外部受験に受かってここに入学して来る。
「嬉しそうだね、エリカ。そんなに俺と一緒のクラスなのが嬉しいのかな」
「それはない」
「そうか、俺も嬉しいよ」
いや、話を聞こうよ。その耳はお飾りか。
いつの間にか自分に都合の悪い言葉は聞こえないスルースキルを身に付けた葵君は早速それを発動させた。
無言の圧力掛けられるよりはよっぽどこっちのがいいけれど。腕も握り潰される心配もないし。
クラスに関して言えば葵君と違うクラスになったことなんてない。
嶺帝学園は大学院以外は家柄の階級分けによってクラスが決まる。幼稚舎は学部なるものがまだないので、上流階級がSクラス。中流階級がAクラス。下流階級がBクラスと計3つのクラスがあり、私と葵君は1番位の高いSクラスだった。
初等部からは早くも普通学科と特別進学学科という学部に分かれて進級することになる。
そしてここでもまた階級制度が設けられるのだ。
S級特別進学学科、A級特別進学学科、B級特別進学学科は通称S特、A特、B特と呼ばれ、それぞれの階級で1クラスしか設けていない。
これは中等部や高等部でも同じで1クラスだけだ。
普通学科に関しては小中高でクラスの数が違う。
嶺帝学園を外部受験する者が増える高等部はS級が2クラス、A級が5クラス、B級が10クラス。
ほんとマンモス校だ。両学科合わせて一学年20クラスって……。
B級のクラスが多いのは下流階級生徒が多いのも一つの理由であるが、それに加えて庶民枠もそこに含まれているからだろう。
私と葵君は初等部と中等部はお互いS特クラスなので必然的にずっと同じクラスだった。
そして高等部に上がる前の進路希望調査でも私が志望したのは嶺帝学園高等部の特別進学学科だ。
高等部に上がると家を継いだり、留学を考えている生徒も中にはいる為、中等部で特別進学学科だった生徒が高等部では普通学科を志望するケースも多い。
私は特にこれと言って普通学科に移る理由もないから特別進学学科を志望した。葵君も勿論特別進学学科志望だ。
この時点で同じクラスに決まったも同然なのである。
特別進学学科は普通学科より進級試験が難しいけれど、定期試験で1位と3位の私達は問題なく例年通りS特に進級した。
ちなみに万年2位こと杜若皐月も特別進学学科志望だが、こちらも例年通りA特に進級した。
彼の父親はそれなりに大手の大学病院で医院長をしているが、S級枠には残念ながら入れなかったので同じクラスになったことは一度もない。
授業自体は特別進学学科同士合同の科目もあるから一緒に受けることはあるけれど。
何はともあれ無事高等部に上がれた。
さあ、さあ、葵君。今日は記念すべきヒロインとの出会いの日である。
ほら、あそこにヒロインらしき人物が。ミディアムヘアの桃色の髪をサラサラと靡かせて歩いてる。
小柄で可愛らしい。小動物みたいだ。おめめくりくりしてるし、顔は小さいし、腕や腰、足も細い。
ヒロインクオリティだ。
……胸はないが。そこは愛嬌でカバーだ。
いかにも愛されそうな顔立ち。性格も良かった。私も男だったら間違いなく彼女を狙っていただろう。
「葵君、葵君、見て見て。あの桃色の髪の小柄な子。凄く可愛くない? 美少女だよ。美少女。可愛いなぁ〜。ねぇ、葵君もそう思うでしょ」
「ああ、凄く可愛いて美少女だよ。エリカは」
「……話聞いてた?」
「今日も俺のエリカは可愛い。愛してるよ」
駄目だ。話が通じない。
私はあの桃色の髪のヒロインを見てと言ったのに。このヤンデレくそ野郎は何で私を見ながら頬を赤く染めているのか。
私が可愛いとか眼科に行くことをお薦めする。
確かにこれでも悪役令嬢なだけあってプロポーションは良いと思う。顔は可愛いというよりは美人系だ。
折角素晴らしいプロポーションを手に入れたからにはと頑張って維持している。
そして原作での彼女の髪型は悪役令嬢で定番の縦巻きロールだったが、私にはそんな髪型出来ない。誰が好き好んでクロワッサンヘアにするものか。
セミロングの髪を毛先だけふわっと巻くくらいである。尤も最近は茅が私のヘアアレンジに凝っているから全て任せてしまっているが。
編み込みがとても上手なのだ。
髪色も人工的な金髪にせず、地毛のまま。ツヤ感と透け感が際立つ、暗いけど真っ黒ではないアッシュがかったダークヘア。
こんな綺麗な髪を元から持っていたのに何故エリカさんは金髪に染めたのか理解出来ない。私はこの髪色が気に入っているから殆ど何も手を加えていない。
髪型や髪色はどうにでもなるが、生まれ持った顔のパーツはどうしようもない。顔立ちがはっきりし過ぎている。
アーモンド形のパッチリしたつり目は気が強そうに見えるから悩みどころだ。
ヒロインはあんなに丸々して可愛い目なのに……。ヒロイン羨ましい。
無駄に成長した胸と身長を分け与えるから目をトレードして下さい。
こんなつり目できつい印象を与える見た目の私が可愛いとか葵君おかしいよ。
いや、それよりもおかしいのは葵君が私の隣にいることだ。
嶺帝学園高等部の入学式と言えば『恋乱』のプロローグである。
ヒロインが普通は有り得ないだろと思うくらいイケメン攻略対象達と次々エンカウントするのだ。彼女が最初にエンカウントするのは蘇芳葵だった筈。
広すぎる学園の敷地内で迷っていたヒロインに声を掛けて入学式を行うホールに向かうのだけれど……。
葵君は何でここにいるのか?
私を恍惚とした目で見てる場合じゃない。攻略対象としての責務を果たしてこい。私も人の事は言えないけれど。