第4話 婚約者はご褒美を所望する
「今回も私の勝ちですね。華京院君」
「今回も葵君に負けてますね。杜若君」
学校に登校した私が掲示板に貼り出された定期試験の結果を見ていると勉強面でやたら私と葵君に張り合ってくる杜若皐月が隣にやって来た。
黒縁眼鏡のブリッジを人差し指で上げただけだが、その仕草が異様にかっこよく見えるのは攻略対象だからですか。普通の人がやってもそんな風には見えない。
攻略対象クオリティーだ。ちょっと狡くてムカついたから嫌味を嫌味で返してやった。
彼はいつも葵君に首位を取られているから万年2位君なのだ。彼の名前が1位の下に書かれることは多分一生ないと思う。
葵君は人外だから。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能でおまけに料理上手。何をやらせても完璧にこなすハイスペック。家柄も良いし、表向きはまさに女子が好きそうなタイプだ。
私の中ではヤンデレというデメリットが大幅に彼の株を下げているが。
歪んだ愛を惜しみなく向けてくるからほんと何とかならないものか。
まず本人がヤンデレであることに気付いてないのがいけない。だから私はヤンデレ男との恋愛を描いたライトノベルを葵君に読ませて自覚させようと試みた。しかしそれは失敗に終わった。
「エリカはこういう男が好きなんだね。俺、頑張るから」
何を勘違いしたのか、読み終わった葵君は意気揚々に言ってきた。彼はこれ以上何を頑張るつもりなのか。
ほんと私がやることなすこと全て裏目に出てる。
有言実行とばかりに今まで以上にベタベタと始終引っついて来るようになった。正直なところ鬱陶しい。
大体葵君のせいでこの万年二位君に目の敵にされてるのだ。とんだとばっちりである。
彼は葵君に勝てない腹いせに3位である私にこうして嫌味を言ってくるようになった。私は別に貴方と競ってない。
私の嫌味返しに彼は悔しそうに顔を顰めている。ざまぁ。
「くっ…… 次は蘇芳君に私が勝ってみせますから見てなさい」
「はいはい頑張って下さいませー」
「なっ! その言い方は信じてないですね? 待ちなさい華京院君!」
後ろで喚いているけど付き合ってられない。既に登校して教室にいるであろう葵君がやって来てしまう。
私が教室にいないと直ぐ探しに来るのだ。
学校にいる間は少し離れただけで機嫌が悪くなる。視界に私が入らないと不安なのか、その時間に比例してどす黒いオーラを拡散させるのでその場に居合わせた生徒達は顔を青くして私に助けを求めてくる。
だから周りに迷惑をかけない為にも私は出来る限り葵君と一緒にいるのだ。
不本意だけど。本当に不本意だけど。
一人くらい親友と呼べる女友達が欲しい。切実に。
何処かに葵君に屈しない強い精神を持った女の子はいないだろうか……。
「おはよう、エリカ。今日は少し遅かったね。どうかしたの?」
「おはよう、葵君。この前の定期試験の結果が貼り出されてたから見てたの。凄いね、葵君。また1位だったよ」
「ありがとう。そうだ、じゃあご褒美頂戴」
「へっ?」
これは……新しい。今までにない傾向だ。そして多分良くない傾向。
ずっと1位だったのに何故今になってご褒美を強請るのか。
誰の入れ知恵だ。私のお父様か? お母様か? それともどっかの親衛隊か?
……駄目だ。葵君の味方が多過ぎて的を絞れない。
「えーと…… 葵君は何が欲しいのかな」
「エリカ」
教室内が葵君のその一言によってシーンと静まった。
……今彼は何と言った?
聞き間違えでなければ私の名前を言ったような……。
否、聞き間違いだ。うん、聞き間違いだ。
「……聞き間違いかな? もう一回お願いしてもいい?」
「俺はエリカが欲しい」
アウトだ。早くも私の貞操の危機である。クラスにいた女子は黄色い声を上げているが、黄色い声を上げるところではない。引くところだから。
私の顔は多分私がこの教室に来る前の皆と同じ顔をしているに違いない。顔面蒼白だ。
「それは…… ちょっと無理かな」
「うん、冗談だよ。9割本気だったけど。まだ俺達には早いね。大丈夫。我慢出来るから。俺、気は長い方だと思うし」
逆にどこをどう見て気が長いと自負しているのか私達クラスメイトは貴方に問いたい。全然大丈夫じゃない。こっちは私の発言で貴方の機嫌を損ねてしまうかもと冷や冷やしていたのに。
心臓に悪い冗談は言わないで欲しい。いや、9割本気は既に冗談の範囲ではないのだけれど。
「じゃあ今週の日曜日にデートしよう」
「え、嫌―― じゃないです! わぁーい葵君とのデート楽しみだなぁー」
断ろうとしたらあの目を向けられた。
しかも腕を潰す勢いで握ってきているから逃げられない。私の逃げ道がない。
──逃走ルート何処へ……。
片言で喜んだのに葵君は凄く嬉しそうだ。
これで今週は機嫌が良いと思う。クラスの皆も安泰だと喜んでいる。葵君の機嫌によって平和に過ごせるか左右されるクラスだからホッと息をつきたくなるのだ。
私は日曜日が憂鬱過ぎてそれどころじゃないが。
──いや、デートと貞操を天秤にかけたらデートなんて軽いよ。うん、そう思わないとやってけない。1回くらい我慢だ我慢
この後、味を占めた葵君が何かで1位を取る度にご褒美を強請って来る事を私はまだ知らなかった。